第17話 すれ違い(前半)
戸松がフェス参加に向けての準備にかかりきりのうちに、MV撮影、CD発売、リリースイベントはあっという間に過ぎ去っていった。
「ふぅ……。ようやく落ち着いたと思ったら、今度はフェスかー。人気が出るのはうれしいけど、少しはのんびりしたいよね」
フェスでの段取り確認のため集まった会議室で、種田が冗談まじりにこぼす。
「たしかにな。いくら今が売り時とはいえ、君たちを酷使し過ぎているきらいはあるよな」
KYUTEデビュー決定以降ずっと繁忙を極めている田中が、種田の言葉に対しジェスチャーを交えて大仰に賛同する。
「とりあえず、フェスが終わったら少し休暇をとれるよう上へ掛け合ってみるからもう少し耐えてくれ。さすがに俺もここまで忙しくさせるのは心苦しく思ってるんだ」
すっかり疲労困憊した口調の田中の言葉に、KYUTE一同ほっとした表情を浮かべる。
30分ほど説明を行ったところで、各員の疲れを察知したのか、田中が休憩の指示を出す。
KYUTEの面々も流石に個人の時間をつくりたいのか、めいめい部屋を出ていく。
「ふぅ……」
疲れたようなため息を、それでも周りのスタッフを心配させまいとひっそりとつきながら香坂が退室する。
(……このタイミングはどうかと思うけど、今はチャンスかもしれない)
先日の北山の言葉を思い返しつつ、周りから不自然に見えないよう気を配りながら香坂の後を追う。
「……あ」
香坂からすればあからさまに見えたのか、廊下での歩みを止め戸松へと振り返る。
「あの、しずく……。あのさ」
周りに誰もいないことを確認しつつ、どのような言葉をかければいいかまとまらないまま勢いで言葉を紡ぐ。
香坂は口を真一文字に結び、瞳を揺らめかせている。
「ごめん。ちょっと今話す余裕ないかも」
戸松による決死の呼びかけに対し、香坂がにべもなく断りの文言を発して化粧室へと滑りこむ。
戸松は一瞬呆気にとられるも、女子トイレの前で待ちぼうけするわけにもいかないため、やむをえず会議室へと踵を返す。
『さっきは切羽詰まった状態のところにごめん。今日の夜電話してもいいかな』
会議室に戻った戸松は、若干心が折れそうになりながら香坂へメッセージを送信する。
しかしながら、何の反応もないまま打ち合わせが再開され、終了後も返信が来ない。
『ほんとごめん、なかなか返信できなくて。いま色々とバタついているからゆっくり話をできる余裕がないかも。落ち着いたらこっちから連絡するから待っててくれるとうれしいかな』
戸松がとうに帰宅してから漸く届いた返信は、自分から連絡することへの牽制ともとれる内容。
「俺はどうすればいいんだ……。しずく……」
やるべき仕事が全然片付いていないにもかかわらず、作業に一切身が入らず天井を仰ぐ。
5分ほど同じ姿勢を維持したところで首が痛くなり、再びPCの画面と向き合うも、やはり作業を再開する気力は沸かない。
『~~♪』
気を紛らわすべく、動画サイトのKYUTE公式チャンネルにリリースと同日にアップロードされた2ndシングルのMVを再生し、画面上の香坂を無意識に視線で追いかける。
「……なーに今更追っかけしてるんだか。さんざん現実でもしずくちゃんのことは見てるだろうに」
「うわ!姉ちゃん来てたの?」
背後から俄かに聞こえる姉の声に、驚きのあまり椅子の上で飛び跳ねる。
「いや、別にそういうのじゃないから。今度出るフェスに向けての準備で観てただけだよ」
狼狽しながら取り繕う戸松を、紗枝はニヤニヤと見つめる。
「まぁ、なんでもいいけどね。私も一緒にみよーっと。もう一回頭から再生してよ」
身内とはいえ守秘義務違反をしたことを知ってか知らでかスルーし、戸松のそばへ椅子を寄せる。
「なぁ、姉ちゃん。今のは完全に口が滑っちゃったわけだけどさ。今度YOYOGI Music FesにKYUTEが出ることになったんだ。姉ちゃんも来ない?頼めば招待枠一人分ぐらい貰えるかもしれないし」
MVを眺めながら、ごくごく自然な体で紗枝に提案を投げかける。
「え、いいの?珍しいじゃん。あんたが身内を仕事関係の現場に呼ぶなんて」
「別に、たまにはいいかなって思っただけだよ。勿論うち単体のライブじゃないからOKが出るかは聞いてみないとわからないけどね」
「分かった。とりあえず予定空けとくね」
俄然気分が高揚した紗枝が、鼻歌交じりにカレンダーアプリに予定を登録する。
「……」
「ん?どうしたの?何か私が出しゃばった方がいいことでもあるの?」
言いあぐねている戸松の様子に、紗枝がフォローを入れる。
こうもあっさり察してくるのは、姉弟だからなのか、はたまた紗枝本人の資質なのか、あるいは自分が分かりやすいタイプなのか……。
3番目でないことを願いつつ、打診の口火を切る。
「実はさ、今日思いっきりしずくに避けられちゃってさ。メッセも送ったんだけど、しばらく放っておいてと突っぱねられちゃって」
「ふーん、そうなんだ。なんか心当たりはあるの?」
「それが、あんまり思い当たる節がないんだよね」
「最近のしずくちゃんとの絡みは?」
「ん……。最近はずっとバタついていたからなぁ……。最後にまともに話をしたのは、惟子さんとしずくの二人でこの曲の作詞をしに、ここへ来た時ぐらいかな」
「え、ゆいっちとここに来たんだ。それでそれで」
話の続きを促され、初日は作詞で二人が随分とヒートアップしたこと、その後飲み会をしたこと。翌日のカップリング曲作詞はすんなりと完成まで漕ぎつけたことを説明する。
「なるほどね。今のトモの話だけでは、私も何が原因か分からないな。で、結局のところ、フェスの機に乗じて私としずくちゃんを引き合わせて、何かしらの糸口を見つけてほしいってことね。はー、我ながら狡い弟を持ったものだ。ま、確かに私相手だったら、しずくちゃんも逃げるなんて選択肢は選べないもんね」
「そこまで察してくれているのに、余計な一言を言わないっていう気を利かせられないから、弟の尊敬を得られないんだよ」
「ほうほう、こんな重責をしれっと押し付けてこようとしている弟様よ。気を利かせるって言葉の意味を私にもよく分かるように教えてくれない?」
「うっ……」
「ま、しずくちゃんも、姉すらも使ってくるなんて……って思うことはあれど、こうして意識している相手にちょっかいかけられて悪い気はしないんじゃない」
紗枝の適当な言葉に戸松の胸にモヤモヤとしたものが残る。
「あのさ、姉ちゃん……」
逡巡したのち、意を決して姉に向かって切り出した。
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