進路内戦

田中慎二

放課後の決意

 静寂と肌寒さを感じながら深呼吸した.もう何度来たか分からない.無機質な進路指導室の扉が体温を奪っていく.あと何回,そう考えると,どうしようもない焦り,怒り,不安が込み上げてくる.

 時間だ.

 「失礼します」

 「横山,進路は変えてきたよな?夢だけで食べていける世界なんてもうないんだよ」私の煮え切らない態度に苦笑いをした.

 「絵なんて趣味でかけばいい.画家なんかになるより大学に行った方がいいに決まってるだろ?」

 あと何回同じことを聞けばいいのだろうか?今,この間にもライバルたちは夢を追っている.趣味でいい?そんなふうに割り切れるなら私は悩んでいない.

 「これはお前のためを思って言ってやっているんだ!」

 お前のため?言ってやっている?怒りが喉を暴れる.そんな上から指図されて私のためだと思えるはずがあるだろうか?あいつはいつも高圧的で,人に寄り添わない.進路希望用しも何日も悩んでようやく提出した.

 一度きりの人生,この進路一つで他の可能性をいくつも潰す.このまま進めば当然就職は厳しいし,親友の結婚式の出席,同窓会の参加さえもできなくなるかもしれない.それでも,どうしても私は画家になりたかった.私の生活には絵が必要だった.幾度となく決意を固め,そして潰されてきた.

 「お前は何がしたい?」

 ため息まじりのその一言に,齋藤の決意のようなものを感じる.

 「…」

 自分の意見を聞きもせず否定され続ける毎日,教師も両親も賛成しない終わりのない論争.そんな毎日にもう疲れた.

 「少し,考えさせてください」

 終わりの一言は今日も出ない.

 

 廊下の空気は夏服には肌寒く,私はジャージを身に纏った.

 

 去っていく彼女の後ろ姿は,軍服を纏った戦士のようで,声をかけそうになる.

 「頑張れ」と.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

進路内戦 田中慎二 @Motit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ