田舎教師と都会委員長

エセ物書きのノエル

第1話 教師、出身は北海道

1969年5月、東京のとある下町。

夕方、生沢徹子いくざわてつこは自宅の木造アパートの窓を開け放った。赤く染まった夕日、遠くに見える東京タワー、「ぴいぷう」と外から聞こえてくる豆腐屋のラッパの音、家路を急ぐ子供たちの笑い声、窓から優しく吹き込んでくる春の温かい風、伝わってくるすべてのものが心地よい。

「私もすっかりこの町に慣れたわね、三代住めば江戸っ子なんて言うけど一代でももう私は江戸っ子かしら」

ふふっと笑みをこぼすと「ジリリリーン」というやかましい音が聞こえてきた。黒電話だ。受話器を取ると徹子の聞き慣れたあの声が聞こえてきた。母のエツ子の声だ。

「生沢でしたです、どうもおばんでしたこんばんは

あーやんお母さんおばんですこんばんは

内地本州にはもう慣れたべか?」

「もう慣れたよ」

「仕事ばゆるくないべかきつくないか?」

ゆるくないきついよ、でもはっちゃきこいて頑張ってやってるさ」

「夜はじょっぴんかっとくん鍵をかけておきなさいよ、内地はろくてねぇろくでもないの多いから」

「わかってるよ、したっけねさよなら

「したっけね」

通話が切れ、徹子は受話器を置いた。

「あーやん、なまらとても心配しすぎだべ」

徹子は呆れながら再び窓の外に目線を移す。

「まだまだ私も東京都民には程遠いのかなぁ」

ため息をつきながら缶ビールを開ける。銘柄はサッポロビールである。


「ふーっ、今日も疲れたなぁ」

翌日、スーツ姿の徹子は職場である都邑とゆう高校の廊下にいた。

「先生さようなら」

時間は放課後、職員室へ向かう徹子にセーラー服姿の女子生徒が徹子に声をかける。

「うん、さようなら」

にこやかに挨拶を返す。

「先生したっけねー」

二人の男子生徒と女子生徒が声をかける。男子生徒のほうは学ランだ。

「はい、したっけねー」

にこやかに挨拶を返した次の瞬間、ハッとしたような表情で生徒に叫ぶ。

「こらー、田舎者扱いするなー」

顔を真っ赤にしながら男子生徒に詰め寄る。

「まぁいいじゃないか、照れている先生もかわいいよ」

片方の男子生徒、福澤幸雄ふくざわゆきおが悪戯っぽく笑う。

「ところでボーイフレンドはもうできたの?」

女子生徒、川合稔かわいみのりが徹子をからかう。

「まだできていないってば!!」

徹子が顔を真っ赤にして答える。

「幸雄クン、ボーイフレンドになってあげれば?」

稔がこれまたからかうように幸雄に語りかける。

「いーかげんにやめれー!」

徹子が叫ぶと二人が笑いながら廊下を走って逃げる。


ところで先程の電話での難解な会話は北海道弁である。読みにくいことこの上ないのでルビを振らせていただいた。さて、この物語の主人公生沢徹子は北海道出身の女教師である。なぜ彼女が東京の都邑高校で教師をすることになっただろうか。まずは彼女の生い立ちを見てみるところからはじめよう。

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