修了

「これでさよならか……アンナ、アナタ本当にすごいわね。中身はアレだけど、家名だけならこの国でも十指に入る程と言われているシュライバー・ライヒックやブロード・ドナエの勧誘を蹴っただけじゃなく、近衛騎士団からの入隊要請さえも断るなんて……爵位も出世も興味無しか……。クロやアナタの強さもそうだけど、そういう意味でも何から何まで刺激的で好きだったわ」


「あ、あはは……こ、こちらこそ、色々とありがとうございました、アリカナージさん。色々と助けて頂いて」


「いいのよ。私も楽しかった。私もあと一年で卒業だけど、その後は領地に戻るつもりなの。良かったら遊びに来てね。歓迎するから。その時には、手加減ナシで手合わせしましょう。模擬試合の時みたいに手を抜いたら承知しないからね」


「はい、その時には是非」


 アンナがアリカナージと別れを惜しむ横で、自分もラカスと顔を合わせていた。


「(クロサン、本当に行っちゃうんスか? まだまだ遊びたかったっス)」


「(うん。これから行かないといけないところもあるし、仲間のこともあるから)」


「(そッスか……今度は……今度は本気のクロサンと戦いたいッス。そんで、そんで一緒に美味い物たくさん食べたいッス)」


「(僕も飛竜で友達になれたのはラカスが初めてだから、また会いたい。次に会う時は、この広い世界で会おう)」


「(……! ハイッス! それまで古竜にだって引けを取らないくらい腕を磨いておくッスよ! 俺っちも御主人も!)」


 友達という言葉を聞いた途端、ラカスは目を輝かせる。

 命を賭して戦う敵か、命を賭して守る同胞か、そんな野生に於いて〝友〟というのは不自然な存在なのかもしれないが、それでもラカスは喜んでくれた。

 自分もそれが単純に嬉しかった。


 あれから更に数日して、期日の日がやってきた。

 予定通り15日で必要なことは学び終えた。

 アンナはまだまだ知りたいことがあったようだが、これ以上時間は掛けられない。


 学院の門の前まで見送りに来てくれたのはアリカナージとラカスだけだった。

 アラミルドとは既に教官室で別れを終えているし、ダナとも話を済ませた。

 ダナには僅かな期間だったが幼竜たちに世界の広さを教えてくれたことについて感謝された。

 自分にはそんなつもりはなかったのだが、周囲への影響は大きかったようだ。


 それ以外でもアンナが言葉を交わした人間はいたが、アリカナージ以外は教室での別れで十分だったようだ。

 寮でも同室となり、終始アンナと行動を共にしてくれるくらい仲良くなったアリカナージが、代表で見送りに来てくれたというわけだ。


「じゃあね。また」


「はい。用事が済んだら会いに行きます」


 お互いに再開を約束し、笑顔で手を振ったアンナ。

 そんなアンナを背に乗せ、学院の門を潜った。


「(さて。じゃあ一回ヴェルウォード邸に戻ろうか。メリエとエシリース、スティカも待ってるだろうし)」


「(はい。必要な物も買ってありますし、昼前には出発できそうですね)」


 空気も澄み、風もどこか冷たく清涼感がある。

 まだ朝と呼べる時間帯だ。

 今日中に出立するとしても、シラル達に別れを言う時間も十分ある。

 予定通りなら昼頃に城門でカガミ達が待っている手筈になっている。


「(ふあーぁ。夜遅くまでドタバタと荷物をまとめていたせいで眠いな。出発したらクロの背中で暫く寝るか)」


「(あ、すみません。短かったとはいえ、服とか日用品があったので)」


「(そりゃそうだよ。それに加えて学院で支給された本だって結構な量だったんでしょ? いらないのはアリカナージが処分してくれるって言ってたけど、魔法関係とか法律関係は持ってった方がいいだろうし。それに暫くは人間の姿で行くから乗せられないよ)」


「(仕方が無いな。まあ、同じ女として、身だしなみに気を遣うのはわからんでもない。別に怒っているわけでもないから気にしなくていいぞ。

 ああ、クロ。出る前に腹を満たしておきたいから、また肉買ってくれよ)」


 眠そうにアンナの腕の中に納まるライカも平常運転だった。

 ライカはライカでアンナのために学院で余計な虫を払うなど、自分と離れている間の護衛役をやってくれていた。

 肉くらいならお礼に丁度いい。


 アンナに懐いた精霊も相変わらず頭の上に鎮座し、丸々と空気を含んだ紺碧の羽毛に風を受けながらアンナを見下ろしている。

 ライカとの一件以来、精霊も色々と意思を示すことが増え始めた。

 アンナが羽ペンを落とすとツイッと飛んで拾いに行き、「どうぞ」というように手元に運んだり、アンナが撫でてやると「ピピ」と鳴いて歓びを表し、擦り寄ったりするようになった。


 まだまだ不器用ではあるが、精霊なりにアンナとのコミュニケーションを増やそうと努力しているようだった。

 何れは精霊魔法のようにアンナに力を貸してくれるようにもなるのかもしれない。


 ちなみにまだ名前は決まっておらず、アンナは結構と悩んでいる様子だった。

 ペットには、その特徴にちなんだ名前を付ける人が多いらしいが、アンナもそれと同じようだ。

 しかしまだどういった精霊なのかもわからない上に、特徴といった特徴を掴み切れていないので決めあぐねているらしい。

 とりあえずスティカ達と相談してみるとは言っていたが、この様子だとまだ暫く悩んでいそうだ。


「(じゃあヴェルウォード邸に行く前に買っていこう。ついでに今日の晩御飯用に食材も。暫く保存食になっちゃうだろうし、日持ちするくらいは買いだめておかないとね)」


 目立ちすぎるので商業区に入る前に人目のない場所を探し、古竜の姿から人型に変身しておく。

 変身を済ませると食べ物屋に寄りつつ、貴族の邸宅の立ち並ぶ区画までやってくる。


 慣れた道を進みヴェルウォード邸が見えてくると、これまたもう慣れて顔なじみとなった門兵に軽く会釈をして通してもらう。

 玄関口の前にはどこかで見た走車が停まっていた。


「お帰りなさいませ」


「あ、イーリアスさん!?」


 出迎えてくれたのは王女付きの近衛騎士、イーリアスだった。

 ということはこのどこかで見た走車は……。


「セリス殿下がクロさんに挨拶をと」


「成程」


 やはりセリスが来ているようだ。

 間もなく出ることは伝えてあったが、わざわざ会いに来るとは思わなかった。

 それ程今のセリスは多忙だった。


 イーリアスに促されてヴェルウォード邸の会議室までやってくる。

 中にはいつもの面々が待っていた。


「あ! お帰りなさい! クロさん!」


「ただいま、スイ。レアも」


 飛びつかんばかりの勢いで反応したのはシラルの娘のスイとレア。

 それに遅れて雑談していたらしいシラルとセリス、そしてシェリアがこちらに気付く。


「クロさん、お疲れさまでした。短い期間とはいえ、お手間を取らせて申し訳ありません」


 セリスが頭を下げる。


「いえ、楽しかったですよ。友達もできましたし」


「そうですか。それは良かったです」


「それより、渡したアーティファクトの調子はどうですか?」


「ええ。恐ろしすぎる程です。間諜が必要なくなりそうですね」


 セリスが見返りとして望んだアーティファクトは【伝想】の星術を込めたものと、容量を拡張した道具袋だった。

 ある程度の知能があれば動物や魔物とさえも意思疎通を行うことが出来るようになる【伝想】は、国家運営をする立場としては喉から手が出るほど欲しいものだったらしい。

 第三者にバレることなく、あらゆる動物から情報を集めることが出来るのだ。

 確かに情報収集という観点からすれば恐るべきもの。


 そして応用できれば物流革命さえ引き起こせるかもしれない内部容量を拡張する星術が込められた袋は、人間の魔法でも代替できないか研究させてもらいたいと要望された。

 こちらは重さの問題はあれど、国を豊かにするために助かるものというのは容易に想像できる。

 人間の技術で再現できるかはまた別の問題となるが……。


「それは良かった。約束通り、僕の情報を漏らさないようにお願いします」


「ええ、勿論。というより、個人的に秘匿したいものです。色々と娯楽が乏しいものですから」


 ……間諜にと言っていたが、自分用として楽しんでいる部分も多いようだ。

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