〝魔〟なる法

「(アンナ、まだ怒ってるの……?)」


「(……別に怒ってませんから。クロさんが節操ナシとか思っていません)」


「(……ちゃんとあの飛竜たちには言ってあるから、もう僕のところには来ないよ。だから機嫌直してよ)」


「(怒ってま・せ・ん! それより話が聞けないからちょっと静かにしてて下さい)」


 アンナにしては珍しく眉間に皺を寄せ、口調にもトゲがある。

 昨日のことをまだ気にしているようだ。

 まぁ竜とはいえ、女性にしてみれば会って間もない異性をあんな風に侍らせていれば嫌悪も湧くか……。


 ノークに新しい星術をお見舞いした翌日、アンナの初講義についてきた。

 前半は飛竜で国内を飛ぶための法律に関する講義で、教室棟の中だったために聞くことができなかった。

 自分も知っておいた方がいい内容だろうし、あとでどんな内容だったのかアンナに聞くことにする。

 そして今の講義は魔法基礎学というもので、実演があるため外に設けられた東屋のような建物で講義を受けている。

 そのため巨体の自分も建物のすぐ横でアンナと一緒に講義を聴くことが出来た。


 ただ講義と言っても、講師の老人以外に人は二人だけだった。

 一人はアンナ、もう一人は昨日の訓練で話しかけてくれた女生徒で、名はアリカナージというらしい。

 アリカナージは勉強のためではなく、アンナのサポートで来てくれているそうだ。

 昨日案内の時にナルディーンが言った通り、アンナも自分も文字はまだ満足に読めない。

 教本に書かれていることや黒板に板書されたものも読めないので、学習するにあたり補助が必要になる。

 それを見越したナルディーンが手配してくれたのが彼女だった。

 ナルディーンによればもちかけたところ、快諾してくれたとか。

 飛行訓練の時の彼女の嘘が本当になってしまった。


 それ以外に人がいないのは単純な理由。

 既にこの講義は全員が受け終わっているため、アンナ以外は受ける必要が無い。

 つまりアンナのためにわざわざ魔法基礎の講義をしてくれているということらしい。


「(寮でもこの女が色々と教えてくれていたぞ。食事の場所とか時間とかな。それに寝床は一人部屋だったから私も快適だった。偽る必要もないから伸び伸びできる)」


 アンナの足元で座り込んだライカが、自分が見ることのできない寮でのことを教えてくれた。

 さすがに寮まではついていけないので、そこでのことはアンナ自身とライカに任せている。

 今のところライカの出番となるような問題も起こっていない。


「……アナタの飛竜、随分と勉強熱心なのね」


「え?」


「長い時間こんなに大人しく講義に付き合う飛竜は珍しいわよ。一応、飛竜は人語を理解していると言われているけど、飛竜にとっては人間の魔法なんて関係ないものだから、すぐに飽きちゃうのよ」


「そ、そうなんですか」


「なのにあなたの飛竜は半日近くもじっと座ってる。余程講義に興味があるのか、それともアナタの傍を離れたくないか、なのかしらね」


「……」


 アリカナージのつぶやきに、バツが悪そうに眼を逸らした。

 この娘は何というか、こちらの正体を見抜いてきそうな、そんな直観力があるように感じる。

 シェリアの嘘を見抜くスキルとかではなく、単純に勘が鋭いというか、こちらをよく見ているというか、ともかくボロを出すとそこから入り込んできてしまうような錯覚を覚える程、〝竜〟というものをよく理解しているように感じた。


「……オッホン。話を進めて、宜しいか?」


「あ、は、はい……すみません」


「……ここに来て間もないという話、浮かれるのも分かるがね、本分を弁えねばならぬよ」


「ごめんなさい……」


 禿げ上がった頭に僅かに白髪の残る老人がアンナの意識が他所に行っていることを窘める。

 こうしたやりとりを見ると学校という実感が湧いてくるのは、やはり学生時代に同じような覚えがあるからだろう。

 集中が戻ったと判断した老人は、話の続きを語り出した。


「では、我々が魔法と呼び、日々使うものの正体とは何か、御存じかな?」


「……正体、ですか?」


「左様。才ある者達が当たり前のように使っている魔法、その正体を理解しているかね?」


 魔法とは何か。

 自分もかなり興味があるところだ。

 魔法の本質を知れば、今後の戦いで使われても対策が立てやすくなるかもしれない。


「……いえ、わかりません」


「正解だ」


「え?」


「魔法の正体、真理、それを理解している者など、今の世には居るまいよ」


 それを聞いたアンナはきょとんとする。

 自分も少なからず驚いた。

 技術として確立されているからこそ、発展していると思っていたからだ。


「魔法の発動機序は概ね知られている。己が体に宿る魔力を、いくつかの手段を用いて外界に、世界に影響を与える形で発露させる。それが我々が通称で言うところの、魔法。

 しかし、それ以外に魔法は多くの謎を秘めている。例を挙げるなら、その最たるものが魔法の源となる、魔力と呼ばれる力だ」


 講師の老人はそう言いながら黒板に白墨で文字を書いていく。

 それをアリカナージがポソポソと読み上げてくれた。

 書いているのは魔法に関する謎のいくつかのようだ。


「魔力が個の生命に宿っていることはわかっているし、それを調べる方法もある。しかし魔力が何なのかは、未だはっきりとはわかってはいないのだ。なぜ生命に宿るのか、なぜ大小があるのか、なぜ魔力を持たない者がいるのか、なぜ魔法の源に成り得るのか。

 それらを、いや、それらのみならず、魔法の本質を解明しようとしている場所の一つがここ、王立研究院アカデミアなのだよ」


 アリカナージの読み上げる内容を聞きながら、アンナが頷く。それを見た老人は続けた。


「旧世界……所謂、大厄災と言われる天変地異以前の世界ではそうした研究が進んでいたと言われておる。今は失逸した技術、例えばアーティファクトの製造方法や汽精石の製法、禁術をはじめとする古代エンシェント魔法、それらが今現在よりもより身近だった時代には、魔法の本質も、或いは解明されていたのかもしれない」


「アーティファクトもそうだけど、今使われている技術のいくつかも原理を失逸しているものだったりするのよ」


「へぇー知らなかったです」


 所謂オーパーツ的なものなのか。

 原理は知らなくても便利に使っている物、現代地球には溢れているなと独り言ちる。


「新たなものを開発研究することも確かに大切だが、我々は過去にも目を向け、かつてこの世界を生きた者達が築き上げてきた技術を追い求めることも必要だということだな。魔法もその一つというわけだ」


 成程と言った感じでアンナが頷く。

 アンナも魔法を覚えたいと言っていたし、関心は強いようだ。


「うむ。さて、謎多い魔法だが、その来歴はわかっている。最古の魔法は人間種が編み出したものではない。今、我々が魔物と呼ぶ者達、人間と敵対関係にある魔の者達が使っていた技術、それを模したものが魔法なのだ。それ故、〝魔の法〟と呼ぶわけじゃな」


 成程。

 地球で魔法、魔術、呪術、妖術と言えば、神秘的な作用を介して不思議のわざを為す技術、或いは方法を指して呼ぶことが多い。

 主に民俗学、文化学、神秘学、宗教学に端を発し、時代によって扱いは様々だが、よく言われるのは科学の前段階的なものだった気がする。

 地球の言語背景とは違い、この世界の魔法の由来は魔物に起因するためにそう呼ばれているようだ。

 地球と違うのはそもそも当然。

 この世界の魔法は文字通り目に見えて効果が表れるのだから。


「これを掘り下げればキリがない程の学問に枝分かれしていく。興味があるのならば専門分野の講義を希望すると良いだろう。ここではこの程度で留めよう。

 さて、一口に魔法と言うが、魔法にも体系的に分類がある。それが魔法四大体系と呼ばれるものだ」


 確かエシリースやスティカがそんなことを教えてくれたっけ。

 そういえば二人はどうしてるだろう。

 文献の解読を頼んで数日経つし、一度顔を見せに行こうか。


「まず我々が最も利用し、浸透しているのが〝四象ししょう魔法〟。地水火風を基本とした四象を操る魔術。規格化が進んでおり、一般的に普及していて扱いやすいもので、人間種の固有魔法と言っても過言ではないものだな。アリカナージ君、一つ手本を見せてあげたまえ」


「はい先生。……火よ」


 老人に言われたアリカナージが人差し指を出すと、静かにつぶやく。

 するとその声に合わせ、指の先に蝋燭のような火が灯る。


「うむ。鍵言を用い、魔力を魔法として昇華する。

 我々の思考は極めて流動的であり、思考のみで魔力に意味を持たせることは至難の業だ。考えてみればわかることだが、我々は頭の中に思い浮かべることにも、言葉を使っている。『これは火だ』と頭の中で思うにも、言葉無しには難しいようにな。

 それを鍵言、すなわち言葉によってはっきりとした意味を持たせ、魔法に変換する手法、四象魔法はそれを基本として開発されたものだな。

 アリカナージ君、ありがとう」


「いえ」


 指先の火を吹き消したアリカナージを、アンナが尊敬の眼差しで見詰める。

 自分もアンナと同じ心境だった。


「さて、これについては実技で更に詳しく学ぶことになるだろうから、この場ではこの程度で留めよう。

 二つ目の魔法体系が〝結晶魔法〟だ。特定の周期性を持った魔力伝播によって編まれる魔法であり、特殊な魔力を宿した鉱物の触媒使用や、それと同種の魔力を保持する種族や個人でないと使えないものとされておる。万人が使いやすい四象魔法とは違い、誰でも使えるものではないが、その分効果は強大なものだ。戦術級魔法や戦略級魔法はこの結晶魔法であることが多いな」


 鉱物の触媒……王城で戦った影のエルフが使っていた魔法を思い出した。

 竜を圧倒する威力の魔法、言われてみれば強力なものだった。


「そして三つ目の体系、〝血質けっしつ魔法〟。血系や血の盟約によって成される魔法で、強力且つ特殊な効果を齎す。だが特殊な使用条件などがある場合が多く、使いにくいとされる。獣術や術、精霊魔法などがこれに当たるとされている。アンナ君は精霊を従えているのだったな。ならば、血の盟約で精霊魔法を使えるようになるかもしれんな」


 カラムは契約をしているわけではなく、上位精霊であるミラ自身が精霊魔法を使って支援していたようだから、これとは少しケースが違うのだろうか。

 幻術も前に獣術に近いものらしいことをメリエが言っていたし、幻術もこの体系に属するのかもしれない。


「そして最後、四つ目の魔法体系が〝種系魔法〟。特定の種族に固有の魔法で、知られている魔法体系の中で唯一、魔力以外の力も使用して編まれるとされる。

 研究している者は多いが、発動機序をはじめ未だ解明されていないものが多い。知られているものでは、占星術や呪術、使徒が用いるとされる奇蹟、神秘術、太古の昔に大厄災を招いたとされる竜語魔法がこれに当たるな。

 種系魔法は幅が広く、未だ知られていないものも多い。逆に言えば他の三大体系に含まれない魔法は、大体がこの種系魔法となる」


 うーわ。

 竜語魔法で過去に災厄級の大被害が出たのか……これは調べたら【竜憶】に何か残っていそうだな。

 調べたいような、調べたくないような……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る