緑と青の
「結局ついてきちゃいましたね……」
アンナが困ったような声で言う。
エーレズの地下書庫の入り口。
王城一階の廊下に出る。
狭苦しい地下の空気から、広々とした開放感あふれる空気に思わず伸びをしたくなるのだが……。
「……地下から出ても逃げる気配無いね……」
幾度目かの困惑の視線。
「まぁ、いいんじゃないか? その信頼は君の功績であり、勲章だ。寧ろ、羨望の対象だろう。正直、私でも
「そうね。学院に行くなら気を付けないとね」
あまり動じないタイプのアルバートがこう言うのだから、やはり目立つものということだろう。
ナルディーンもそれを匂わせている。
スティカとエシリースは触りたいのか怖いのか、手を伸ばそうとしてみたり引っ込めてみたりと葛藤している様子。
「(害はないのかもしれないが……得体は知れないな)」
と、メリエ。
「(……飼い慣らせればアンナの力にはなるだろうが……この図々しさが気に食わんぞ。私が最初に居たというのに! ……ま、どうするかはクロとアンナ次第だな)」
と、ライカ。
両者とも口ほど警戒している感じではない。
それは見た目による影響か。
それとも経緯からくるものか。
【伝想】の声は聞こえていないはずだが、ライカの意思と鋭い視線を受けたソレは、まるで気にしていないかのように美しい翼を震わせる。
地下でアルバートが話したように、これではなかなか見つけることができないわけだ。
こうなったのはエーレズの地下書庫から帰る途中の事。
◆
「あああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ひゃ!?」
「何、何!?」
静寂を破る、耳を
男性とも女性とも、子供とも老人ともつかない叫び。
「……捕食されたらしいな」
アルバートはすぐさま声の主を探し当て、状況を理解したようだ。
エーレズの地下書庫第五層。
元来た道を戻り、外に出るために透明な足場を進んでいる最中だった。
「あ! あそこです!」
スティカが指差す先に、それがいた。
頭から生える幾本の触手で精霊を食べるという〝精霊喰い〟。
その一匹が浮かぶ書棚の上にうずくまっていた。
「ああやって精霊を食べるのね」
「成長した中位精霊だ。下位精霊から中位精霊に成長すると、精霊は様々な形をとる。それは自然物であったり、実在する生き物に酷似した姿が多いため、精霊はなかなか見つけることができない。最たる例が
「精霊使いが数少ない理由の一つね。私も中位の精霊を実際に見るのは初めてだわ」
触手に絡め捕られているのが、ここで発せられる精霊力によって成長した中位精霊らしい。
何とか逃げ出そうともがいているが、飛竜並みの個体能力を持った精霊喰いの触手から逃れられないようだ。
断続的に必死の断末魔をあげている。
「た、食べられちゃうんですか……?」
「……そうなるだろうな」
アンナが悲しそうに言うが、アルバートが冷たく切り捨てる。
これが自然の摂理。
精霊という未知の存在でも、それは変わらないらしい。
「(……アンナ、助けてあげれば?)」
「(え?)」
何とかできないのかという表情のアンナに、そう提案してみた。
今のアンナなら不可能ではない。
「(武器屋で買った魔法の弓持って来てるでしょ? それで助けてあげられるんじゃない?)」
アナベルの話では、弓の名手が精霊喰いを打ち取ったと言っていた。
今のアンナは魔力で威力を上昇させる魔法武器を持ち、いくらかの実戦で弓の練習もできている。
それに加えアーティファクトの補助もあり、今回は更に自分が精度と威力を上乗せする星術をかけて援護することができる。
並みどころか名手と言われる人間もかくやという威力と精度で撃つことができるだろう。
これだけ星術の補助を上乗せした一撃だ。
いくら飛竜並みの個体能力があろうと、命中すれば一撃で仕留めるだけの威力になるはず。
幸いなことに精霊を捕食しようと登ってきていたらしく、あの一匹は群れからかなり離れている。
群れで襲われる危険もない。
あとはアンナの気持ち次第。
アルバートとナルディーンがいる状況では自分が直接助けることはできない。
だが、アンナの影で補助するくらいならバレずに星術を使うことができる。
「(……わかりました。やります……!)」
アンナはすぐに決断し、背負った弓を取り出した。
そのアンナの後ろで、こっそりと星術を使って強化を施す。
矢をつがえ、ギリリと引き絞る。
「む。助けようというのか?」
「ちょ、ちょっと! 下手に手を出したら私たちまで……!」
ナルディーンが言うよりも早く、アンナは矢を放っていた。
待てば本当に食べられてしまう。
アンナの判断は思い切りが良く、そして正しかった。
矢の強度を上げ、空気抵抗を減らし、アンナ自身の集中力、技術、筋力を可能な限り高める星術。
それにアーティファクトの強化、そしてアンナ自身の魔力によって威力が上乗せされた弓矢。
引き絞った弦から放たれた矢は、キュゥンという鳴き声のような風切り音を上げ、レーザーのようにぶれることなく精霊喰いの触手の生えた頭に吸い込まれた。
途端、バツンという鈍い破裂音と共に精霊喰いの頭がはじけ飛ぶ。
そのままの姿勢で精霊喰いは落下していった。
「……見事」
「嘘でしょ……?」
アルバートは称賛を、ナルディーンは驚愕を以って言葉を発した。
流れるような一射に、エシリースとスティカ、メリエまでもが感嘆する。
「(やるものだな)」
「(おお。凄いね。アンナもハンターギルドの試験受けられるよ)」
「(……ふう。いえ、今回はクロさんもいましたから)」
「(それにほら、逃げ出せたみたいだよ)」
触手の束縛から解放された精霊はヒュッと空を切ると空中に逃げだす。
そのまま書棚の隙間を縫って見えなくなった。
「(行っちゃったね)」
「(いいんです……助けられただけで良かったです)」
満足気に弓をしまうアンナ。
「王女に恩を売れるだけの実力は、確かなようだな」
「見直したわ。それでいて魔法の才能もあるなんて、下手な近衛騎士より凄いわね」
「い、いえ。今のは無我夢中で……」
恐縮するアンナだったが、アルバートとナルディーンからの株は急上昇のようだ。
そのまま出口に向かって進み始めたのだが、間もなく四層と三層をつなぐ階段に差し掛かる頃、それがやってきた。
「わっ!?」
「(ぬおっ!)」
アンナの悲鳴で振り向くと、先に占拠していたライカを押し退け、アンナの頭にそれが鎮座していた。
「!! さっきの」
「わぁ! きれーい」
光に透ける深緑と群青の煌めき。
ふっくらと空気を含む輪郭。
円らな瞳。
アンナの頭を陣取ったのは濃い青緑の羽が美しい鳥。
アンナが窮地を助けた精霊だった。
「(このっ! ここは私の場所だ! 図々しいぞ!)」
ライカが前足で鳥の横腹をグイグイと押すが、鳥の精霊は動かない。
ライカと鳥が頭の上で縄張り争いを始めたため、アンナの髪の毛が徐々にボサボサになっていく。
「(助けてあげたから、アンナに懐いたのかな)」
「(……精霊がそんなに簡単に人間に懐くのか?)」
「(そんなことはいいからっ! 私の場所だというのに! こら! 退かんか!)」
「(あ! ちょ! わ、わかりましたから、ちょ、ちょっと待って下さい)」
苛立つライカを抑え、ライカを胸元に抱いたアンナ。
精霊鳥の方はライカに動じることも無く、相変わらずアンナの頭の上に留まっていた。
ようやく落ち着いたところで、アルバートがしげしげと精霊鳥を観察した。
「……中位精霊で間違いなさそうだが、何の精霊だろうな」
「風の精霊が多かったし、見た目も風に関連する鳥だし、風の中位精霊じゃないかしら?」
「ふむ……まぁ能力がわかるまでは特定はできないが、恐らくそうなのだろうな。警戒心が強いはずだが……逃げないな」
「何がきっかけで精霊との絆を得られるかはわからないっていうけど、精霊を助けてってのは珍しいわよね。精霊を脅かすような存在を人間が何とかできることって滅多に無いし」
「え、えーと……どうしましょう……」
◆
───というわけで、ここまでずっとアンナの頭の上に乗ったままである。
「今は放っておくしかないんじゃない? 無理に引き離しても付いてきそうだし」
相手は鳥の姿。
飛んでついてくることは容易に想像できる。
にしても全く鳴かないので置物のようだ。
襲われていた時は鳥ではなく、人間の声のような悲鳴をあげていたのだが……。
「とりあえず、戻って来たことを王女殿下に知らせましょう」
「皆さんお疲れさまでした。僕の仕事はこれで終わりですので、僕は帰りますね」
「あ、アナベルさんありがとうございました」
「お世話になりました」
女性陣が頭を下げたので自分も下げるが、後になってアナベルには見えないのだと気付く。
習慣だから仕方がない。
「これが僕の仕事ですから。ではまたご縁があれば」
「はい、また」
アナベルと別れ、アルバート、ナルディーンと共に上階に向かった。
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