衝撃

「(……つまり、どういうことだ?)」


「(……教えるのはいいんだけど、わかるかなぁ)」


「(バカにするんじゃないぞ。これでも一族の中では頭の切れる方だ)」


 むっとした様子のライカが、背中の上で鱗を蹴った。

 別に馬鹿にしている訳ではない。

 ただ学問の分野の話として、この世界では概念が確立されていない可能性があるのだ。

 ライカがかなりの知識を有しているのは自分でもわかっているが、そうだとしてもかなり難しい気がする。


「(うーん、まあいいか。じゃあ順番に説明するよ。時間無いし少しだけね。ちょっと術から話が逸れるけど、前提としての打撃や衝撃について話すね。

 まず衝撃による攻撃、つまり打撃攻撃っていうのは防ぎやすいでしょ?)」


「(そうだな。ものにも因るが、余程の力で以って攻撃されない限りは、防ぐのも耐えるのもそれほど難しくは無い。私でもそうした攻撃に対処するすべはいくつかある。

 クロのような怪物クラスの力で殴られたらひとたまりもないが、それでも近寄られる前に逃げたりもできるしな)」


 ライカも元の姿の時には尾による打撃を行なっていた。

 あのフワフワの尾から繰り出される信じられない威力の衝撃は、今でも鱗越しに覚えている。

 並みの人間なら軽く肉塊に出来る程の打撃力、忘れるはずもない。

 自らも使っている以上、当然攻撃の特性は把握しているだろう。


「(そう。どんなに力のある者が攻撃しても、普通の打撃ではなかなか致命傷になりにくい。それは生き物の身体の構造や、この世界の法則が衝撃の力を弱めているからなんだ)」


「(ふむ……クロは生き物の身体や世界の法則のことまで熟知しているのか……)」


 人間の時に学んだ程度の知識ではあるが、ライカは感心している。

 熟知……しているわけではない……というか物理学系の勉強は苦手な部類だ。

 それに他人のふんどしで相撲をとっているようで、感心されてもあまり嬉しくはなかった。


「(知識云々のことはとりあえず置いておいて……例えばだけど、僕が致命傷を狙ってライカを殴ったとするじゃない?)」


「(フン。以前は不覚を取ったが、そうそう当たると思うなよ)」


「(例えばの話だってば……僕の手がライカにぶつかるまでや、ぶつかってライカが手傷を負うまでに何が起こっているか知ってる?)」


「(うーむ……? わからん)」


 だよね。

 自分でもかなり難しいことを聞いている自覚はある。


「(じゃあまずは前者、僕の手がライカに当たる前のこと。この段階で打撃に込められた力、つまり衝撃の力は知らないうちに弱められてしまうんだ)」


 わかりやすいのが空気抵抗や摩擦などによる力の減衰というものだ。

 100の力で殴りかかっても、拳に当たる空気の抵抗や筋肉、骨の摩擦、その他様々な物理的な要因によって力が無駄に消費され、込めた力の100全てが相手に届くということは在り得ない。

 それ以外にも腕の伸ばし方や相手の位置、足場の状態、身体の状態など、数えればキリが無いほどに阻害要因が潜んでいる。


 武術を学んでいる人達は、単純に力や技を鍛えるだけではなく、こうした阻害要因を取り除き、如何に100に近い力を目標にぶつけることができるかを日々の鍛錬の中で研究しているのだろう。


「(おお、それなら何となくわかるな。距離が離れると人間の弓矢や魔法、術が弱くなったりするあれだろう? それから、十分な速度が出ていないと威力が出ないというのもあるな)」


 さすがライカ。

 素人のかなり雑な説明でもすぐにわかってくれた。


「(そうそう。さすが言うだけあって飲み込みが早いね)」


「(フフン。当然だ)」


「(じゃあ次に、ライカに僕の手がぶつかってからのことを考えてみるよ。その時にも衝撃の力はごっそりと削り取られてしまうんだ)」


「(ふーむ……よくわからんが、ぶつかったということは相手に手傷を負わせたということと同義ではないのか? ぶつかることで怪我を負うのだろう?)」


「(まぁ本当に一瞬の出来事だから、そう思っちゃうのも無理はないんだけど、その一瞬が問題なんだ)」


 手が相手にぶつかった瞬間、衝撃は相手の体に伝わることになるが、ダメージとして損傷を与えるまでにも、衝撃の力はどんどん失われていく。


 手がまずぶつかるのは相手の表皮だが、皮一枚だとしても衝撃は緩和されてしまう。

 柔らかいものに衝撃が吸収されるように。

 その次には筋肉や脂肪、体液、堅い骨などで衝撃の力は更に失われる。

 内臓や神経系に致命傷となる損傷を負わせるとなると、それらの抵抗を上回る力が必要になる。


 それだけではなく、関節が動くことで衝撃を受け流したり、身体を引いたり後ろに仰け反らせたりすることで衝撃を分散、あるいは逃がすということも動物は自然に、無意識に行なっている。

 高いところから落ちる時、本能的に体の重要な部位、頭やお腹といった場所を守ろうと腕や足を使うのと同じように、殴られると悟った瞬間には誰でも身構えたり、手でガードしようとしたりする反射という反応が起こる。

 また道具を使ったり、鎧などの防具をつけたりすれば、より衝撃による損傷を防ぐことができる。


 これらのことを踏まえれば、打撃によって十分な損傷を負わせるのに、どれだけの力が必要になるかが想像できるだろう。

 正確に調べたわけではないので断言はできないが、相手のガードや抵抗を食い破り、損傷を重要な臓器などに届かせるには、全く何の守りも無い状態の臓器を攻撃する時に比べ数倍、数十倍の力を込めて殴らねばならないはずだ。


「(───というわけで、色々なものに邪魔されて打撃攻撃っていうのは弱められているんだよ。それでもそれらの抵抗を上回る力で攻撃することが出来れば損傷は与えられるけどね)」


 人は道具を、武器を使うことでこれらの問題を解決してきた。

 身体や防具の抵抗を上回る力を生み出す硬さと重さを備える鈍器だ。

 メイス、棍棒、投石、他にも色々と考え出された。

 そしてその逆に、打撃から身を守るすべも数多く考え出されている。

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