城内

「(え、ちょ、コレいいの? 本当に?)」


「(いいから早く行け、クロ。あの女も気にするなと言っていただろうが)」


 王女に続いて入り口を潜ったところで、思わず足を止めてしまった。

 確かに気にせず中に入れといわれたが、城内を見て入るのを躊躇ってしまったのだ。

 主な理由は二つ。


 まず一つは、その内観の美しさ。

 初めて入った王城内は荘厳で圧倒的だった。


 正面入り口から続く廊下ということは、外から来る者の殆どが通るということ。

 つまりはこの城の顔ということだ。

 当然他国の人間も来るだろうし、外交の面でも質素では国力や財力を侮られることになるので、見栄え良くしてあるというのも頷ける。


 通路なのに天井が高く、6mを越える竜の自分でも悠々と歩ける程に広い。

 大理石のような磨きこまれた白い石の床に、同じく白いぴかぴかの柱には意匠を凝らした彫刻が施されている。

 通路の中央には、毛足の短い赤い絨毯が敷かれていて、砂一つ落ちていない。


 壁際には素人目にも高級と判る調度品が置かれ、その上の壁には絵画や綴織つづれおり、国旗のような旗などが飾られている。

 それを魔法で灯した光が淡く優しく照らしている様は、まるで巨大な美術館の中のようだ。

 こんな状況でなければゆっくりと眺めて歩きたかった。


 そして二つ目が……。


「(これ絶対僕が歩いたら、あちこち壊すよね)」


 これが足を止めた一番の要因である。

 外の石畳の上を歩くだけでも石を捲り上げ、足跡を残してしまっていた。

 気にせず中に入ろうものなら、この美しい廊下も同じことになるだろう。

 仮に【転身】を使って爪だけ部分的に変化させたとしても、体重は変えられないからやはりボコボコにしてしまいそうだ。


「(確かにクロさんの爪は鋭いですからね……でも、今は仕方ないんじゃないですか?)」


 アンナの言う通り、今はそんなことを考えている場合では無いと理解はしているのだが、やはり人間の時の価値観がそれを躊躇わせる。

 躊躇わせるだけの美しさが、この城の中にはあった。

 作り上げた職人や、毎日の手入れをする使用人の仕事の素晴らしさが垣間見えるこの廊下を、ボロボロにしながら歩くというのはかなりの勇気が試される。


「……アンナさん、どうかしましたか?」


「え!? あ、いえ、その、私達が入ると……」


 アンナが困り声と共に床に敷かれた絨毯に目を落とすと、王女もそれを察してくれたようだった。


「ああ、気にすることはありません。物は壊れたり汚れたりしても、後からどうとでもなります。しかし、命はそうはいきません。天秤にかければどちらを優先させなければならないかは明白でしょう」


「……そうですね」


 そう言ってアンナは自分を見上げた。

 そうだった。

 取り返しのつかない事態を防ぐためにここにきたのだ。

 アンナに促されて一歩を踏み出す。

 敷かれた絨毯の踏み心地は竜の足でも最高だった。


「(あーあー……ぐちゃぐちゃ。やっぱりこうなるよね)」


 ドシドシと歩くと、案の定絨毯や床の石がボロボロになっていく。

 体重がかかるとピシリピシリと床の石に亀裂が走り、爪が引っかかった絨毯は破けて解れてしまう。

 幅があるので壁際の調度品や絵画などを傷つけることはなかったが、足元だけはどうしようもない。


「(くどいな。気にするだけ無駄だと言っとろうが。竜のクセに変なところに拘るのだな。む? いや竜は光物や美しいものが好きなんだったか? ここが美麗だから気にしているのか……クロもやはり竜なのだな)」


 確かに物語りに出てくる竜は財宝を溜め込んでいたりといった描写も多い。

 が、それは殆ど物語を盛り上げるためのスパイス的な面で付け足された設定だ。

 神話などに描かれた竜に、そうした財宝好きの要素はあまり出てこない。

 しかしライカがそう言うということは、この世界の竜種は金や宝石などが好きなのだろうか。


「(別に金銀財宝が好きってことはないよ。ただ悪いなぁと思っちゃうんだよ)」


「(随分と謙虚な竜がいたものだな。名が泣くぞ? ……まぁクロの場合は今更か)」


 ライカとそんなやり取りをしていると、廊下の先に人影が見えた。

 スイ達の屋敷でも見た、生メイドさんだ。


「キャア!?」


「な、何?! 何で!?」


「ひぃ! た、食べないで下さいましぃ」


 廊下で出会ったメイドさん達がこちらに気付くと、悲鳴をあげて壁に張り付く。

 続いて悲鳴を聞きつけたのか、運悪くドアを開けた直後に自分と出くわした若いメイドさんは、一目見て硬直し、状況を理解した瞬間に気絶してパタリと倒れる。

 何やら色々と申し訳なさでしょんぼりとしながら、何事もないかのように進み続ける王女の後を追い続けた。

 すると今度は……。


「これは何事だ!!」


「ひ、飛竜が城内に入り込んでいるぞ!! いつの間に?!」


「チッ! こんな時に! 昨夜の悪夢の続きか!? 応援を呼べ! 戦えない者の避難を!」


 いくつかのドアの前を通り過ぎる頃、巡視していたと思われる兵が立ち塞がった。

 入り口付近に立っていた番兵は、外の騒動を知っていたので騒がなかったが、中にいた騎士達は知らなくて当然。


 現れた騎士は外にいた者とは違い、甲冑の装飾やマントの刺繍がまた一段と豪華だ。

 イーリアスのものに似ている気がする……ということは近衛騎士だろうか。

 騎士達は躊躇い無く剣を引き抜いた。

 飛竜姿の自分に目が行っていて、前の王女に気が向いていないらしい。


「待て! やめろ! 王女殿下の前で剣を抜くとは何事か!」


 イーリアスが前に立って声を張り上げると、騎士達がビクリと止まった。


「イーリアス!? 昨夜の飛竜の襲撃で死んだのではなかったか!?」


「勝手に殺すな。……まぁ正直な所、私もあの時は死んだと思ったんだが……」


「何故お前が……それに……セリス様?! 意識が戻られたのですか!?」


 そこでようやく王女の姿に目を留める。

 反応は他の人間達と同じだ。

 まず重体だった王女が起きて歩いていることに驚き、続いて喜色に変わる。

 近衛は王の手足……王の意に沿うよう、戦争には否定的ということなのだろうか。


「これは、一体何が……? 何故飛竜を城内に? それにその者達は……」


「申し訳ありませんが、説明している暇はありません」


 王女が話しに割り込むと、騎士達はザザッと跪き、頭を垂れる。

 その動きは洗練されていた。


「セリス王女殿下、御無礼、御赦しを」


「構いません。それより近衛隊長に取次ぎをお願いできますか? すぐに合議の大広間に近衛隊を集めてもらいたいのです」


「アレサンドロ隊長にですか? 一体なぜ?」


「……この国に巣食う、毒虫の駆除です。私に近衛に指示を出す権限がないのは知っていますので、これは命令ではなく、個人的な頼み事……拒否するも自由です。その場合は邪魔だけはしないで下さい。身内の命を奪いたくはありません」


「……昨夜、我々は汚名を着せられることになりました。それをそそぐ機会、無下になどできようはずもありません。ランカスター、隊長に連絡を」


「……ああ」

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