精霊
「(水の精霊は……どうするんです?)」
カラムを見ていたアンナが、ぽつりと疑問を零す。
丁度自分も同じことを考えていた。
「(……あの水みたいな身体って……やっぱり縛れないよねぇ?)」
縛られていくカラムの隣で、悲しげにプルプルと震えていた水の精霊を見やる。
見た目通り身体は水のようだし、蔓で縛ってもすり抜けてしまうだろう。
凍らせれば動きを封じることはできそうだが……それだと拘束するというより攻撃しているのではないだろうか。
「(その人間の言うことには従っているようだし、その人間に言い含めさせればよかろう。本当に抵抗する気が無いのなら大人しく従うはずだ)」
それを聞いて思いついた。
「(なら、ついでに……ライカ、カラムの言動に注意してて。嘘をついていると思ったら教えて)」
「(……私は気配や匂いから相手の思考を探っているだけで、心が読めるわけではない。あまり過信されても困るぞ?)」
「(それでもいいよ)」
「(……いいだろう)」
「(フィズさん。水の精霊を拘束できないって言っていいから、大人しくしているように命令してって言ってくれる?)」
「(わかりました)」
水の精霊を押さえつけるすべが無い。
そう言えば弱味を見せることになるが、逆にそれを利用して相手の真意を探ることができる。
嘘をついたり何かを隠すような言動をすれば、言った通りにこの場で殺して脅威を排除するだけだ。
別に縛れなくても倒せないわけではない。
大人しく従うならカラムの言葉の信憑性が増す。
未だ胸あたりを押さえながら蹲るカラムに向き直ったフィズが、水の精霊をチラリと見てから固い口調で言う。
「さっきも言った通り、これから場所を移動する。お前達も連れて行こうと思っているが、私達には水の精霊を捕縛する方法が無い。大人しくしているよう、お前から言い聞かせておいてくれ。当然だが、水の精霊が不審な動きをした場合も双方共に死んでもらう」
「……わかった。いいか? ミラ」
「……カラム……不安……」
カラムは一切の迷い無く頷く。
そして水の精霊に優しく言い聞かせるように言った。
女性のような形をしてはいるが、表情がわからないので水の精霊がどんな感情を持っているのかを推察するのが難しい。
しかし声にはあまり納得していないという雰囲気がある。
「……従ってくれ。今抵抗したりすれば、二人とも死ぬ。あの〝竜を統べる者〟を前にしてすぐに殺されないだけでも運がいい方だ」
「……わかった……」
精霊の方は微妙だが、すぐさま了承の意を見せたカラムの態度を見る限りでは、嘘をついているようには見えなかった。
チラリとライカに目を向けると、察したライカが答える。
「(……嘘は言っていないと思うぞ。思考の匂いに後ろめたさや不快感は無い)」
「(よし。ならこのまま連れて行こう。ライカ、僕も警戒するけど二人の動向に注意していて。王女の運搬はポロがお願い)」
「(ふむ)」
「(わかりました)」
「(フィズさんは近衛騎士を連れていって。それからスイとレアはポロと一緒に王女を。アンナとメリエは荷物をお願い)」
「(はい)」
「(わかりました)」
手早く指示を出すと、それぞれが動き始める。
まだ眠ったままの王女を、スイとレアが優しく抱えてポロの背中に運ぶ。
それを見た近衛騎士がハッとした表情になって鋭い視線を向けたが、相変わらず身体の自由を奪われているので何もできずに歯噛みするだけに終わった。
そんな近衛騎士の腕を持ったフィズが、グイッと引っ張り上げて立たせ、肩を貸すようにして歩き始める。
アンナとメリエは置いてあった荷物を素早くまとめて背負った。
後はカラム達だ。
「ぐっ……ゴホッ!」
「!! ……カラム……」
縛られたまま何とか立ち上がろうとしたカラムは、苦痛に顔を歪め、苦しげに咳き込んだ。
顔には痛みによる脂汗が浮かび、血の気が引いている。
鍛えることができない内臓を直に攻撃されたため、軽くはない損傷を負っているはず。
内臓損傷は医学の進んだ現代日本でも重傷の部類、放置すれば命に関ることだってあり得る危険な状態だ。
苦しくないはずが無い。
水の精霊はそんなカラムを支えるように横に付き、おずおずと手を伸ばして何かをしようとした。
「!! やめろミラ!!」
それを悟ったカラムが声を荒げる。
咎められた水の精霊はまた悲しそうに震え、伸ばしかけた手を引いた。
「……でも、カラム……血が……このままじゃ……」
「……わかっている。だが何もするなと言われている……翻意と見なされれば殺されるんだぞ。……心配するな。すぐにどうこうということはない。まだ、動ける」
「……カラム……」
悲しそうな水の精霊の呟き。
しかし水の精霊は、何かを決心したかのようにこちらに向き直った。
それと同時に透明だった水の精霊の身体に変化が現れる。
「「「!?」」」
それを目の当たりにした女性陣が驚愕する。
細身の女性のようだった輪郭はそのままに、透明だった身体に肌色が差し、そのまま足先から顔までが人間の女性の姿に変わる。
肉付きは控えめだが、丸みのある女性的な四肢に、慎ましやかでも確かな胸の膨らみ。
瞳は美しく澄んだブルーに、髪は水のように透き通った銀に近い水色。
アンナやメリエが持っている稀水鉱でできた剣の輝きに似ていた。
木漏れ日がその髪に当たり、静かな湖面に光が反射したかのようにキラキラと美しい煌きを放っている。
裸身の女性。
それもこの世の者とは思えない程に、現実離れした美しさを持った人間の女性の姿。
筋骨隆々だったバーダミラと同じ存在とは到底思えなかった。
その表情にはさっきまでの透明な表情からは窺い知れなかった焦燥が張り付いている。
「お願い……カラムを治療させて……お願い」
「ミラ……よせ」
水の精霊はゆっくりと、その細く美しい白磁のような膝をつくき、祈るように手を合わせて頭を下げた。
美しい髪がシャララと鳴るように滑り、その悲しみに下がった目元を隠す。
「……お願い……カラムは、とても歩けない。治療させて」
そう言って膝を着いたまま、伏せていた顔を上げてこちらを見上げる。
人間とは違う生命体であるはずの精霊だが、その仕草は愛する者を想う人間のそれと同じであると一目でわかった。
命を投げ打ってでも、想い人を救いたいと願う強い意志が伝わってくる。
そんな仕草だった。
この二人の間にどんな絆があるのかはわからないが、少なくともただの従魔などのような関係ではないだろうということはわかる。
ヒトと精霊、種族の違う存在であるはずなのに、その近さは家族や恋人のように感じられる。
「(クロさん……)」
女性の姿となり、種族の違うカラムのために必死で請い続ける水の精霊から何かを感じたのか、アンナが悲しげな視線を向けてくる。
気持ちはわからなくもないのだが……。
苦悶に染まった顔色や冷や汗、口からこぼれた血を見れば演技ということはまず無いだろう。
如何に傭兵として鍛え抜かれた身体を持っていたとしても、内臓の出血を伴う怪我をして動き回れば致命的となり得るかもしれない。
しかし治療を許可したことで自分達の首を絞める結果になる可能性もまだ捨てきれない。
さてどうするか……。
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