目
「(でも、どうして近衛や騎士団の捜索隊ではなく、傭兵が……? 騎士団や竜騎士の方が先に動きそうに思えますが……)」
フィズの後ろで事の成り行きを見守っていたレアがぽつりと零す。
王城で王女を攫ったという事は推進派だけではなく、穏健派や国王にも伝わっているはずだ。
ヴェルタ内で勢力が分かれていたとしても、今回の件はどちらにも知られているだろう。
なのに国の捜索隊の影は無く、推進派の息が掛かった傭兵だけが現れたということに違和感を持ったようだ。
「(騎士団は軍と同じで素早くは動けないからじゃない? 馬を使ってもここまで短時間じゃ来られないよ)」
「(でもお姉ちゃんはクロさんに乗っている時に、竜騎士に追いかけられたんでしょ?)」
「(あ、そっか……竜騎士はすぐに追いかけてきたね)」
「(レア殿が言う通り竜騎士は動けた。それに騎士団には疾竜のような足が速い従魔を騎獣とした部隊や魔術師部隊もあったはずだ。
それが来ないとなると……推進派の貴族とやらが情報を止めたか操作したか、ということか? もしくは穏健派に付け込まれないよう騎士団は使わず、足がつく心配のいらない外部の人間に任せたのか……)」
「(シラル将軍が捕縛された今、国軍を統括する事実上のトップは推進派の将軍二名。その二名が諜報などを専門とする部隊と近衛以外のほぼ全権を握っていると言っていい状況です。ならば速獣隊や魔術師隊でも自由に動かせる。しかしそれらが来るよりも早く、ミクラ兄弟が来たということは、メリエさんの言うように秘密裏に始末をつけようと考えたのでしょう。
陛下がどんな下知を下しても、手足となる軍や騎士団に指示を出すのが推進派の将軍である以上、自分達の都合のいいように事を運べるはず。ですが騎士団の団員や兵には多数の穏健派も混じっているので、そうした人間に見られれば槍玉にあげられるのは確実。
一部の息がかかった実力者のみを動かす方がリスクも少ないでしょう)」
フィズはそう推論した。
シラルという穏健派の支柱を無力化し、手足となる騎士団や兵を掌握できるのならそれを利用しない手は無い。
だが、手足にも穏健派がいるとなると王女の始末を見られたら厄介な事になる。
なら全部まとめて遠ざけてしまい、あとは完全に自陣側の実力ある者を送り込めば、例え解毒されてしまったとしても自分達の手を汚すことなく王女と関係者を消せる。
「(クロ。目の前の二人も注意が必要だが、それだけではないぞ。気付いているか?)」
「(わかってる。あの二人の背後にもう一人いるんでしょ?)」
ミクラ兄弟に注意を向けつつも、周辺に他の気配が無いかを探っていた。
ミクラ兄弟だけで追ってきたということは考え難い。
必ず動向を監視する〝目〟となる者が潜んでいるはず。
こちらの場所を特定したのもそうした能力に長けた人間がいるためだろう。
そう考えて気配に集中したところ、ミクラ兄弟の背後の森から何者かの気配を感じ取った。
「(……やはり気配察知は不得手か……連中の背後に一人いるのは確かだが、他にもいるぞ)」
「(ええ?)」
「(上手く隠れていて場所を特定できないが、森の中のどこかからこちらを伺っている者が最低でももう一人いる。気配の隠し方からして上空にいる時にこちらを捕捉していた者だろう)」
ミクラ兄弟の背後に潜む一人は確実にミクラ兄弟と同じ推進派側の人間だと思われる。
そしてどういう手合いかはわからないが、森に隠れているのが最低でももう一人……自分では手練を相手にしながら森に潜んでいる者達を見つけ出す余裕は無い。
しかしいくら自分が作ったアーティファクトを渡してあるといっても、メリエやアンナに隠れている者の相手を任せるのは危険すぎる。フィズも同様だ。
ライカの感知から隠れおおせる程の相手となると、下手をしたら対峙しているミクラ兄弟よりも手強い可能性もある。
「……さて、祈る時間は十分にやった。覚悟はできたか? 抵抗せぬなら楽に逝かせてやると約束しよう。余計な仕事は増やさないでくれ」
少しずつ朝の光が増してくる中、兄の方が相変わらず抑揚のない声音でボソボソと話す。
この状況で全員で逃げるのは……やはり無理か。
無闇に動かせない王女がいる以上、戦闘を回避して逃げるのは難しい。
手が無いわけではないが、ミクラ兄弟の実力を考えると危険が付き纏う。
「(……ライカ、森に隠れている連中を任せていい? あの兄弟の相手は僕がする)」
「(ほう。だが平気か? 私も
「(……正直なところ、アーティファクトを持っている人間と戦った事なんて無いからわからない。
けど僕じゃ戦いながら森に隠れている人間を見つけ出せない。気配に敏感なライカに任せた方が確実でしょ? 飛竜を討伐できるとなると疾竜のポロや渡してあるアーティファクトを加味しても、僕とライカ以外の面々にあの二人の相手を任せるのは危険すぎる)」
コタレの村到着前に襲い掛かってきたドアと呼ばれた男もアーティファクトっぽい剣を使っていたが、それはアーティファクトなのかどうかわからないのでとりあえず言わないでおいた。
「(……私が片付けてやってもいいが、竜種が自分の獲物だと宣言したのだ。横取りは無粋だな。わかった、あの二人はお前にやる)」
「(え? いや、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど……ま、まぁいいや。それともう一つ。出来るだけ早くお願い)」
「(ふむ?)」
「(出し惜しみをしないで全力でやればすぐ倒せると思うけど、戦いを観ている者が居るなら手の内を晒すのは避けたいんだ。
今はまだ向こうも僕をただの飛竜だと思っているはずだし、竜語魔法も隠しておきたい。
それから、時間をかけ過ぎると場所を知らされて増援が来る可能性がある。隠れている者が敵対側だとすれば取り逃がしてもまずい。必ず始末するか、捕縛するかして欲しい)」
隠れている者もろともに大規模な星術を使って始末することはできるかもしれないが、派手にやってしまうとここに自分たちがいると宣伝してしまう事になる。
恐らく他にも追手は放たれているはずだし、それはまずいだろう。
まだ自分は飛竜の格好をしたままなので、古竜だということはばれていない……はずだ。
できるならこのアドバンテージは残しておきたい。
今後の動向を有利に進めるためにも、面倒事を避けるためにも、正体や星術についてを推進派の人間には知られないようにしたいところだ。
戦いの中で必要に迫られれば全力を出すことに躊躇いはないが、隠れている二人に観られて情報を持ち帰られることは極力避けなければならない。
もし自分が推進派側の人間で、相手が古竜なんて手に負えない怪物を味方につけていると知ったら、すぐに逃げ出すだろう。
逃がせば禍根を残すことになる。
ライカなら自分よりも気配察知に優れ、自身の気配を気取られる事無く動ことにも長けている。
状況的に考えればライカに頼むのが一番最善に思えた。
「(色々と注文が多いな。ま、いいだろう。意向に従うという約束だからな。見つけさえすれば幻術でどうにでもなる)」
「(ライカの方こそ大丈夫? まだ場所も特定できていないんでしょ? それに強さもわからないよ)」
「(知らんのか? 潜んでいるネズミを狩るのは、狐が得意とすることだぞ。私は食わんがな。
まぁ任せておけ。気付かれずにいると思っている者程、油断しているものだ。追われる獣は油断など絶対にしないが、人間なら話は別。……片付けたら合図してやる)」
「(わかった。問題は目の前の連中がライカが離れるのを見過ごすかどうか……)」
「(フン。それも問題ないさ)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます