再会

「この上です」


「(やっと出られるのか。湿気で毛がゴワゴワするぞ)」


 ライカを抱えていると梯子が昇れないので、ライカを背中の荷物の上に乗せて自分に掴まらせる。

 落ちないようにするためには仕方ないのだが、肩や首にライカの爪が食い込んで地味に痛い。


 暗い竪穴の中に下ろされた木製の梯子をゆっくりと昇って行く。

 先に進むフィズが梯子の途中で止まって、何かに手を掛けて動かす。

 するとフタのようなものが開いて光が入ってきた。


 どうやら出口のようだ。

 フィズはそのまま穴から這い出て行った。

 自分とライカもそれに続く。


「よっこらせと」


 じじくさい掛け声と共に穴から顔を出し、周囲を見回す。

 穴の出口の先は本が所狭しと置かれた書庫のような部屋だった。

 天井近くまである本棚が何列にも並べられており、部屋には窓が無い。

 光源は光を発する鉱物を入れた火を使わないランタンのようなものが壁にいくつか掛けられている。

 自分が穴から周囲を見回している間にライカは背中から地面に飛び降りた。


「お疲れ様でした。ここはヴェルウォード公爵家の屋敷の地下書庫です。ご案内しますのでこちらへ」


 自分に手を貸して引き上げてくれたフィズが説明してくれる。

 窓が無いのは地下だからか。

 自分とライカの後から出てきたラドノールが脱出口のフタを閉め、更にその上に布で出来たカバーのようなものを被せて本棚を動かした。

 本来は出口ではなく入り口なので、外から侵入されないように本棚で固定しているようだ。

 湿気が上がってきて本が傷むのを防ぐ意味もあるのだろう。


 整然と並ぶ本棚の間を歩き、フィズに続いて書庫を出る。

 書庫の外は薄暗い廊下が続いていた。

 そのまま廊下を歩き、大き目の部屋に通される。

 階段は上がっていないので地下のままなのだが、地下書庫よりも明るく広い部屋だ。

 中央にはテーブルが置かれ、椅子が並べられている。

 そのテーブルの周囲に見知った顔があった。


「あ! クロさん!」


 広い部屋の中にいたのは四人。

 以前とは違い、夜会に出席するようなドレスを着て化粧をしたスイとレア、同じくドレスを着て髪をアップにまとめたシェリア。

 そして深い赤をしたマントを羽織り、軍服のようなものに身を包んだシラルだった。

 相変わらずシラルの顔には疲労の色が見えるが、整えられた短髪に、服装や表情が以前と違ってキリッとしているので、逆にその苦労人っぽく見える顔が策士家のようで似合っている。


「スイ、レアも、無事で良かった」


 何日か振りに見るスイ達だが、怪我もなく王都まで辿り着いたようだ。

 一度攫われた手前、こちらも相手も警戒しているだろうからあまり心配はしていなかったが、やはり無事な姿を見ると安堵する。


「シラル将軍。お連れしました」


「フィズ、ラドノール。ご苦労であった」


 フィズとラドノールはシラルの前で膝を着き、頭を垂れた。

 シラルは二人に笑みを浮かべながら労いの言葉を掛ける。


「これから彼と重要な話をする。二人は休んでいてくれて構わない」


「はっ。……しかし将軍、護衛は……?」


「いや、必要はない」


「しかし、彼は武装しています。せめて武装解除を」


「将軍。僭越ながら我々が御傍に……」


「気持ちは有り難いが、彼は大丈夫だ。私にとっては大切な客人でもある。このような手段で招いた手前、訝しいとは思うが心配は要らない」


「……はっ……わかりました」


 二人はこちらに会釈すると静かに部屋を出て行った。

 去り際の表情を見るに、まだ自分を信用していないといった感じではあったが……。

 自分とライカ、そしてシェリア達親子だけになると、まずシラルが口を開いた。

 そして徐に膝を付く。


「クロ殿。このような場では些か失礼かとは思いますが、まずは正式にお礼を述べさせて頂きたい。この度、私の家族を窮地から救って頂き、心より感謝致します」


 そう言って自分に頭を下げた。

 高い身分の人に膝を付いて頭を下げられると、どうしていいかわからなくなる。

 どうしたものかと視線をさ迷わせていると、シェリアもシラルの少し後ろに立ち、ドレスのスカートの端を少し持ち上げて頭を下げ、お礼の言葉を述べた。


「自身の命のみならず、我が子の命を救って頂いたこと、心より感謝致します」


「この度は窮地を救って頂き、スィレーニア・ヴェルウォード、心から感謝しております」


「同じくレニーネア・ヴェルウォード、心より感謝致します」


 シェリアの言葉に続き、スイとレアもドレスの裾を僅かに持ち上げながら静かに頭を下げた。

 四人共に素人の自分が見てもわかるくらいに綺麗な所作だ。

 幼少の頃から幾度と無く繰り返してきたのだろう。

 対して自分にはそんな教養は無い。

 一般的な社会人としての教養は学んだつもりだが、貴族社会で通用するような所作などわかろうはずもなかった。


「……あー。すいません。こういう時にどう返せばいいのかわからなくて……」


 ポリポリと頬を掻き、頭を下げた姿勢で止まっているシェリア達に困り顔で素直に言う。

 こんな風にお礼を言われた経験など無いし、その返し方もわからない。


「ふふ。気にされる必要はありません。私達が言いたかっただけです」


 おろおろする自分に頭を上げたシェリアが上品に笑いながら言う。

 メリエに少しでもこうした時の作法を聞いておけばよかったか。


「その通りです。では時間もありません。早速本題の方へ入ると致しましょう」


「あ、はい。ありがとうございます」


 シラルはそう言いながら立ち上がり、自分に椅子を勧めてくれる。

 ライカもちょこちょこと歩いてテーブルの下に入り込もうとした。

 のだが……。


「きゃあ! クロさんこの犬は何ですか!?」


「可愛い! フワフワですよ!」


 スイとレアに発見される。


「(ぬわっ! 何だ!?)」


 ドレスなのにお構いなしに床に膝を付き、ライカを抱き上げるスイ。

 そのまま嫌そうにジタバタするライカをモフりだした。

 レアもスイと一緒になってライカを撫でている。


「新しい仲間なんだ。犬じゃなくて狐だよ」


 ライカの立場的には仲間ではないのかもしれないが、今はそう言っておいた。


「うわー。クロさん並みに……いや、これはクロさんよりもフカフカだー」


「ああ! ずるい! お姉ちゃん、私も抱っこさせてよー」


「(クロ、何だこやつらは……)」


 ラドノールの時のように剣呑な感じではないが、スイに抱えられながらやや嫌そうに憮然とした視線を自分に向けるライカ。


「(ここに来る前に助けた人間だよ。一応僕の正体も知ってる。二人もライカの毛並みの良さがわかるみたいだね)」


「(……アンナのような連中だな)」


「(まぁ悪気は無いだろうから許してあげてよ)」


「(……仕方あるまい。お前との約束もある。それに石の床の上よりは座り心地もいいだろうしな)」


 ライカはスイとレアに順番に抱っこされることになり、会談中は膝の上にいることになった。

 せっかくのドレスが毛だらけにならないのだろうか……。


「スイ、レアも、大切な話をするのだから程ほどにね。クロさん申し訳ありません」


「ライカ……その狐もそこまで嫌がってはいないようなので大丈夫だと思います」


 剣と荷物を下ろして全員がテーブルを囲んで席に着くと、シラルが真剣な瞳を向けながら話し出す。


「さて、先日お持て成しすると言った手前、本来であればゆっくり会食をと思うのですが、残念ながらこの後すぐに登城せねばなりませんので、それはまた改めてということでお願いします」


「あ、はい」

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