寝る前に
「……誰だったんだ?」
ドアを閉めて部屋に戻るとメリエが問いかけてくる。
アンナも何事かといった表情だ。
ライカだけは無関心にフンフン言いながらベッドで転げまわっている。
真っ白なシーツの上を飛び跳ねる姿は、雪の下に隠れたネズミなどの獲物を探す本物の狐の仕草に似ているなと思った。
あ、ライカは本物の狐か……あれ? 狐と判断していいのか? よくわからなくなってきた。
「宿の人だった。伝言を伝えに来てくれたんだよ」
「伝言ですか?」
「うん。誰がとは言わなかったけど、明日の昼前に迎えに来るって」
「それって……」
「たぶん、シェリアさんの件だろうね。他に思い当たることは無いし」
誰からの使いだと言わなかったがそれで間違いなさそうだ。
必要最低限の言葉だけで判然としなかったが、恐らくそう言えばわかるとでも言われたのかもしれない。
一瞬教会の人間かとも思ったが、いきなり迎えに来るはないだろう。
でなければこちらに何も伝わらないから逆に心証が悪くなる。
「ということで、明日会いに行って来るよ」
「……私達も行った方がいいか?」
「いや、今回は一人でいい。せっかくポロも体を動かせる機会なんだし二人で行ってきてよ」
「ですけど、クロさん……」
「それに恐らくだけど、明日を逃すと一段落するまで自由に動ける機会はかなり減ると思うよ」
「なぜだ?」
「今まではシェリアと関わりがあると思われていなかったから町を自由に動き回ることができたけど、明日僕が会いに行けばかなりの確率で僕にも監視が付くと思う。そうなると別行動をすると狙われる危険が出てくるでしょ? だから明日以降は極力別行動を控えなくちゃならなくなる」
もし自分が戦争推進派の人間なら、警戒しているシェリアやシラルに接触する人間はマークする。
長期間監視を続けるかどうかは別としても、とりあえず何故接触したのかくらいは調べようとするだろう。
宿に戻る前に撒いてしまえばいいかもしれないが、現状でそれはなかなか難しい。
まず自分では監視や尾行を見つけられるかわからない。
そして見つけたとしても無理に尾行を撒いてしまうと逆に怪しまれてしまい、相手の警戒度が増してしまうかもしれない。
下手に周囲を探ろうとしたり、撒こうとしたりして怪しまれるよりは、無害を装っておく方がいいような気がする。
そして尾行されるとなると自分達の泊まっている宿も、一緒にいるメリエやアンナも、これで敵方に露見することになる。
メリエやアンナが宿に戻ってくるまでは繋がりを知られる危険は無いはずなので、明日出かけて宿に戻るまでは自由に動けるはずだ。
これを逃すとポロが体を動かすことができる機会はかなり先延ばしになってしまうだろうから、ポロのためにも明日は自分一人の方がいい。
「……ふむ。そういうことなら明日は予定通りに行くか」
「え!? いいんですかメリエさん!」
「ああ。今まで何もなかったことから考えて敵対している人間もこちらの存在には気付いていないか、気付いていてもそこまで危険視してはいないはずだ。明日クロが会いに行って怪しまれるまでは私やアンナに変な疑いを掛けられる心配はしなくていいだろう。なら、明日はクロに任せておくべきだ。どの道私達が付いていっても何かできることもなさそうだしな」
「……わかりました」
「まぁ心配な気持ちはわかるが、こちらの訓練も大事だぞ。クロに余計な心配をさせないためにもな」
「! ……はい」
「ということで、私とアンナとポロは体を動かしてくるよ」
「うん。何かあったら例のアーティファクトで」
「わかった」
「(ふーむ。私はクロの方に付いて行くかな)」
ベッドでゴロゴロしていたライカが顔を上げてこちらに視線を向ける。
「え? ライカも来るの?」
「(アンナ達の方はこの町の人間に混じって労働するだけだろう? なら私が見ても面白くないじゃないか。クロに付いていく方が面白そうだ。それに、この町の行く末に係わることを話すのだろう? それは私も気になるからな)」
ライカにとっては棲み処としている都市だから気になるのも頷ける。
ライカなら何かあっても自分で何とかできるだけの実力は備えているのだし、別にいいか。
「じゃあ僕とライカで行ってくる。だけどライカも正体を知られないようにしてね。色々面倒そうだし。それから知り得た情報を無闇にバラしたらダメだよ?」
「(正体については保障はできんが……ま、クロとの約束もあるから出来る限り自重はしよう。仮にバレても幻術でどうにでもなるだろう)」
そこはかとなく不安だ。
昨日からの様子でライカがどんな性格なのか何となくだがわかってきた。
結構適当というか、当初感じていた威厳があって思慮深いというイメージから子供っぽい感じの方が前に出てきているので心配してしまう。
まぁ今まで生き抜いてきた経験があるわけだし、自分が考えているよりも色々と考えて動いているとは思うのだが。
「そうか。では明日は早いしクロ達は起こさないで出て行くことにしよう」
「はい」
「僕は寝る前にちょっとアーティファクト創ろうかな」
「わかった。じゃあ先に寝るぞ」
「うん」
ドライヤー代わりのアーティファクトを忘れる前に用意しておくことにする。
アンナとメリエは明日持っていく荷物をまとめ、ベッドに入った。
ライカはアンナのベッドに一緒に潜り込むと、まるで人間のように仰向けになって枕に頭を乗せている。
アンナはそんなライカに何か言うでもなく、当たり前のように上から毛布を掛けてあげていた。
何も知らない第三者が見たら少女がぬいぐるみと一緒に布団に入っているように見えることだろう。
……本当に野生に生きる獣なのだろうか……。
アンナとメリエが眠る邪魔にならないように、明かりはつけずに夜目の術を使ってアーティファクトを創っていく。
温度調整はお湯を作るので慣れていたため簡単だったが、風量の調整が思ったよりも大変で、風が強すぎたり弱すぎたりする失敗作がいくつもできてしまった。
失敗したものは再度術を込め直せば問題なく使えるので、無駄になったりすることはない。
しかし余計な時間を使ってしまった。
アンナとメリエの分の二つを用意しておき、ふとライカの分はどうするか考え込んだ。
自分の分は自前で術が使えるので必要ないが、ライカのはどうするか……。
さっきの様子だと温風をかけてもらうのは気に入ったようだったが……。
まぁ欲しがったら考えよう。
ライカも幻術以外でそうした術を自分で使えるかもしれないし。
ついでに新しく買ったメリエの剣と、アルデルで買ったアンナの短剣に硬化の術を付与したアーティファクトを取り付けておいた。
これで更に丈夫になり、耐久度も増すだろう。
切れ味が増すようなアーティファクトも取り付けたいと思うのだが、こちらはどういうものにするかという構想も曖昧なので実験をしてからにした方が良さそうだ。
アンナの弓と魔法の短剣は元々の能力と干渉しないか不安なので、今回は手を加えるということはしなかった。
近いうちに色々と実験をして、強度だけではなく使いやすくなるような術や特殊効果の付与も試せる時にしてみよう。
弓の方は元々威力が上がる工夫が施されているし、威力ではなく精度を上げたりいちいち毒を用意しなくても眠らせたり麻痺させたりできるようなものを考えてみることにする。
一通りの作業が終わる頃には自分以外の面々は静かな寝息を立て、窓の隙間からこちらを覗いていた月も空の高い位置に昇っていた。
さすがに自分の頭にも眠気が忍び込んできている。
明日のこともあるし、あまり夜更かしするのも良くないので、欠伸を一つするとベッドに潜り込んだ。
洗い立てのシーツのお日様の香りに包まれると眠気が大きくなり、差し込む月明かりが照らす室内をぼんやりと眺めてから目を閉じた。
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