食事
ポロの食事も買いたいので、持ち帰りもできる食事処を探して宿街を出た。
商店街方面に少し歩くと酒場風の店を見つけたのでそこに入ってみる。
中はバーカウンターと丸テーブルがいくつも置かれているこの国では至って普通の酒場のようだった。
食事も出してくれるようで、半分くらいの席が昼食を楽しむ人達で埋まっている。
適当な丸テーブルに座ると、給仕のおばちゃんが注文を取りにきてくれたので店のオススメを注文し、飲み物にお茶を頼んだ。
「(ライカも食べる?)」
「(無論だ! 私だけ食事抜きにする気だったのか!?)」
「(いやそう言うわけじゃないけど……)」
当たり前のことを聞くなと言わんばかりに返されたので、四人分を注文した。
どうやら一緒にいる間はライカの食事も用意することになりそうだ。
まぁライカ一人分が増えたところで困ることはないからいいけど。
飲食店に動物のライカが居てもいいのかと思ったが、大人しくしていれば特に何も言われなかった。
これも従魔がいる利用者のためのようだ。
町中では数は少ないが小型の従魔や動物を連れている人間を見かけることはあった。
多いのは鳥型の従魔だ。
大きな鷹っぽい鳥や、キメラのような半分が鳥で半分が別な動物といったような従魔を連れている人とすれ違うことがある。
次に多いのがライカのような犬型だ。
少数派では昆虫型や、まだ見たことは無いが妖精のような従魔を連れている人もいるらしい。
移動や戦闘では疾竜などの大型の従魔には敵わないが、情報収集や伝達、偵察などで活躍するのだそうだ。
そんな話をメリエに聞いた後、まだ料理の待ち時間が長そうだったので伝えていなかった話を進めておくことにする。
「料理が来るまで、昨日話せなかったことを伝えておくよ」
「まだ何かあるのか?」
「ライカのことで後回しになっちゃったけど、ギルドであったこととかを話しておこうと思って。そこでちょっと気になることも言われたんだ」
昨日のギルドでのことを思い出しながら、バークに言われた事を要点ごとにまとめて二人に伝えていく。
ライカは周囲の人間が食べている料理をキョロキョロと見ながら、アンナの膝の上で座っていた。
ギルドの話についてはあまり興味が無いようだ。
「戦闘能力評価が2というのは妥当な所だな。新人でも何割かは2になることがあるから目立つことも無いと思うが、問題は総長に指摘されたものの方だ。魔法無効化能力については私は何もわからない。おそらくはクロの考えている通り、クロの体質の方に理由があるのだろうが、周囲の人間にはそんなことはわからないから気を付けなければならないぞ」
「(全くだ。私の一族の幻術にまで抵抗力があるとか、古竜の体は異常だ。一体なぜにそこまで頑強な肉体が必要なのだ? 未知のバケモノとでも戦うつもりか)」
それを自分に聞かれてもわかるはずがないでしょうに。
呆れてぶつくさと意思を飛ばしてくるライカはとりあえず放っておいて、話を進めていく。
「総長が言うにはかなり珍しい能力で、この能力を持っている人材を欲しがって国や教会が手を出してくるかもしれないんだって。教会の方も国と同じようにきな臭い動きがあるみたいだし、僕を利用するためにアンナやメリエの方に手を出してくるかもしれない」
「確かに教会の動きはクロの言った通り戦争推進派の動きに関連したものかもしれないが、これだけだと断定は難しいな。しかし、総長の言うことが本当だとすれば近いうちに接触はしてくるとは思うが、クロが言うように形振り構わずに手を出すということはしないだろう。
戦力として引き込もうというなら、いきなり敵対的になるような行動はしてこないはずだ。恐らくまずは地位や報酬などかなりの待遇を約束するといった感じで迫ってくると思う。
クロが要請を頑なに拒否し、それでも教会側がクロを欲しいと思った場合には最終手段として強硬な手に打って出るかもしれない。警戒しておくに越したことは無いが、今はまだそこまで身構えることもないんじゃないか?」
それもそうか。
教会側にとって自分はまだ味方ではないが敵というわけでもない。
そうした人間を引き込もうとするなら、相手に悪感情を持たれるような方法は悪手だ。
メリエが言ったような手段で近付いてくる可能性が高い。
「まぁ念のため私とアンナも注意しておく。緊急時のためにアーティファクトは離さないようにしよう」
「わかりました。私もメリエさんと一緒にいるようにします」
そうだ。
ライカは気配察知が得意なようだし、自分達に悪意をもって近付いてくる人間がいたら気づけるのではないだろうか。
「(ライカなら僕よりも気配を察知する能力は高いみたいだし、怪しい人間が近付いたり後を付けてきたら気付けるんじゃない?)」
「(意識を私自身に向けていたり、クロのようにバカみたいな強さで気配を放っていたりすればわかるが、そうでない場合は難しいぞ)」
「(そっかー)」
ライカならと思ったが、そこまで都合よくはいかないようだ。
……というかバカみたいな強さの気配って……。
「明日の依頼は集団で仕事をするものを選んだ方がいいな。他のハンターと共同で行なうものか、町中での仕事を選ぶか……。ああ、そうだ。アンナも明日の依頼を一緒に行かないか?」
「私もですか?」
「ああ。体を動かすから体力作りにもなる。今日はこの後武器屋に行くから、そこでアンナに適した武器も選んでもらえるだろう。そうすれば訓練場で武器探しの必要はなくなるから、体力作りも兼ねて訓練場以外で体を動かすのもいいと思うぞ。荷物運びだけでも結構な体力を使うからな」
「ハンターでもない私が仕事にかかわってもいいんですか?」
「ちゃんと依頼を受けたハンターが共に居れば問題ない。給金が出ないだけだ。ポロも連れて行くから万一教会が何かをしてきたとしても対応できるだろう。人目があるところでポロも交えた戦いに発展するようなことはしないと思うしな」
「僕もついていこうか?」
「いや、クロが居なくても大丈夫だと思うぞ。人目が無くなったり町から離れたりするような依頼は選ばないつもりだし、護身用のアレもある。いざとなったら即座に知らせることもできる」
「んーじゃあ僕は何か別なことをしようかな」
「(私はどちらか面白そうな方についていくぞ)」
そんな話を進めていると料理が運ばれてきた。
四人分の料理がテーブルに次々と並べられ、あっという間に埋め尽くされた。
「(おおおー!)」
ライカは運ばれてきた料理を食い入るように見つめていた。
ヒクヒクと鼻を動かし、涎を垂らす勢いである。
献立は胡椒の利いた鶏肉のような白っぽくて脂身の少ない塊肉のステーキにサラダ、ちょっと硬めのパン、鶏がら出汁の野菜スープ、飲み物に果物ジュースだ。
ライカの視線は勿論大きな肉のステーキに注がれている。
冷めてしまっては美味しさが損なわれてしまうので、話を一時中断して頂く事にする。
自分も人のことを言えず、朝ごはんを食べていなかったので、料理を見たら一気に涎が出てきた。
「お腹すいたー。いただきます」
「(おい! 私も! 私も肉が食べたいぞ! 早く早く!)」
ライカはアンナを見上げながらテーブルの端を前足でペシペシと叩いている。
待てと命令され、ご主人を恨めしそうに見つめながら食事を前に堪えている犬のようである。
大きなステーキなのでライカの口でも切り分けないと食べられない。
でも手が使えないので抱きかかえていたアンナに切り分けてもらわなければならない。
「(そんな頼み方ではダメです! 人にお願いするときはちゃんと『お願いします』か『食べさせてください』って言うんですよ)」
そんなライカをアンナが嗜める。
プライドの高そうなライカにそんな風に言ったら……。
「(お願いします! 肉が食べたいです!)」
「(はい。良くできました)」
……怒るかと思いきやそんなことはなかった。
今のライカには威厳よりもステーキの方が大事なようだ。
アンナが切り分けたステーキをライカの口元に運ぶと、一心不乱にかぶりついている。
「ハグハグ……ガツガツ……(んー美味いな! こういう食事もいいものだな! アンナ次! 次をお願いします!)」
「(はいはい。待って下さいね)」
アンナはライカに一口食べさせると、ライカが食べている間に自分で一口、その次にライカといったように交互に口に運んでいく。
合間にライカを撫でるのも忘れない。
……この幻獣……完全に飼われている犬猫状態である。
プライドと野生はどこにいった……。
「(ライカはもっと美味しい所で食べてたんでしょ? 結構一般的な店だと思うけど美味しそうに食べてるよね)」
「モグモグ……ゴクン。(まぁこうやって席について食べることはあまりないからな。大抵は料理を作っている場所に入り込んで適当に食べる。たくさんいる人間全てに幻術を掛けながら食べるのは大変なんだ。城で食べたときは周囲にこんなに人は居ないからいくらか楽だが、それでも周囲を気にしなければならないし、そこまで入り込むのが面倒だからな。
次! 次はパンでお願いします!)」
「(はーい。良く噛んで食べるんですよ)」
口を動かしながらも答えるライカ。
アンナはライカの口にパンを運ぶと、すぐに飲み物を飲めるようにカップも近づけている。
パンの時は水分が欲しくなると読んでいるようだ。
気配りのできる、よくできた少女である。
成程。
城の件のほかは厨房に入り込んでつまみ食いをする程度だったのか。
いくら美味しい料理といっても術や周囲に意識を割きながらでは食事に集中できず、美味しさも半減してしまう。
厨房でつまみ食いではまだ完成していない料理だろうし、こうしてきちんと配膳された料理とは味も違うのだろう。
にしても城の貴族たちは、集団で食べるということがあまりないのだろうか。
結構会食とかしていそうなイメージなのだが、ライカの話だと給仕をする侍女くらいしかおらず、殆ど一人で食べていたらしい。
たまたまそういう貴族の後を付けていたということなのかな?
「(ライカもお金を稼げばこういうところで普通に食事もできるんじゃない?)」
「(できるかもしれんが、お金というものを持ち歩くのが面倒なんだ。それに作っている場所に忍び込む方が手間も少ない。どうしても美味いものを食べたい気分の時には城に忍び込む)」
「(ふーん)」
その辺は野生基準か。
オークなどの魔物以外で人間のように道具を持ち歩く動物はいないし、人間の姿のライカも何も持ってはいなかった。
服も変身で作られたもののようだったし。
「ハグハグ……ゴクン。(しかし、こうして人と食べるとまた味が違うものだな。いいものだ。これは新しい発見だ)」
確かにそれはあるかもしれない。
一人の食事と友人や知人、家族と一緒に食べる料理は結構味に差が出るものだ。
「(……ライカはずっと一人でここにいたの?)」
「ズズー……ぷはぁ(そうだなー。人間の姿であちこちに紛れ込んだりはしたが、人間で特に親密になった者はこの都市ではまだいないな。たまに人間の姿で街中の子供と一緒に遊んだりはしていたぞ。子供は気兼ねなく話したりできるからな。
それに人間以外の動物達には仲の良い者もいる。人間と違って正体を気にする必要もないから動物と一緒にいることの方が多かったな。今度紹介してやるぞ)」
「(へー)」
多くの人間が集まる王都に一人か。
周囲にはたくさんの人間がいるのに周囲との関わりが希薄になり、孤独死や孤立が蔓延している日本の都市を何となく思い出した。
アンナに甘えるようにして楽しそうに食事をするライカの様子は、今まで気を許して一緒に食事を楽しむことができる相手がいなかった反動が現れた姿なのかもしれない。
しかし、ライカの話し方に悲壮感は感じなかった。
さもそれが当たり前なのだといった様子だ。
アンナやメリエが町中で動物達の噂話を聞いてきたときも、動物達はライカの存在を知っていた。
人間や自分のような外敵でもない動物に対しては気配を隠したりせずに接しているようだ。
人間のような相手はいなくても、動物が傍にいたから寂しくないのか。
それとも孤独が当たり前の野生動物としての精神がそうさせるのか。
はたまた寂しい気持ちを我慢しているだけなのか。
ライカの本心は自分ではわからなかった。
ライカの生活を考えたらちょっと寂しい気持ちになってしまったが、考え事や話ばかりしていると食事が進まないので、こちらもナイフとフォークを握って料理を口に詰め込む作業に集中することにする。
鶏がら出汁以外は相変わらず塩味ベースなので飽きるかと思いきや、パンの中に入っていたジャムが口の中の塩味を甘味へとうまく切り替えてくれるので飽きることはなかった。
ライカは最後までアンナに料理を口に運んでもらってご満悦だった。
まるで親鳥からエサをもらっている雛鳥のようである。
ここだけ見れば完全にアンナの飼い狐だ。
全員で料理を平らげると、お茶を啜りながら少し食休みをし、ポロの分の食事を買って予定通り武器屋に行くことにした。
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