護衛開始 遠くでのお話
一緒に仕事をする護衛のハンターを待つこと数分ほど。
少し待った所でハンター達が現れたのだが、疾竜のポロと影狼に似ている自分が一緒に仕事をすることになったと知り、案の定仰天する一幕があった。
現れたハンターは四人とも女性だった。
四人でパーティを組んでいるらしく、フェリという盾を持った短髪で快活そうな16,17くらいに見える女性がまとめ役のようだ。
まだ経験が乏しいらしく傭兵見習いらしい。
他の三人は20前くらいの魔術師見習いのコレット、13,14くらいの顔立ちがそっくりで見分けがつきにくい双子の薬師見習いのユユと探索者見習いのシーナだそうだ。
ユユとシーナは顔が同じなので、服装の違いくらいでしか見分けられそうもない……。
自己紹介を終えたメリエやアンナの会話を横で聞いていたところ、彼女達はまだギルド登録して日も浅い、駆け出しのパーティなのだそうだ。
大きな商隊の護衛は競争率が高く、駆け出しのパーティを雇ってくれるところは少ない。
雇う側も大切な商品と自分の命を預けるのだから、信頼の置ける実力ある者から登用するというのは当たり前の心理だろう。
多くの場合で護衛などの仕事はベテランの傭兵などに頼み込んで同行させてもらい経験を積んでいくらしいのだが、彼女達は女性だけということもあり、中々そうしたことを頼みにくいらしい。
傭兵やハンターの中には邪な下心を持ってそうした頼み事を聞く者も少なくない。
貞操を守るためにはそうした相手を見極め、危険を避ける必要があるので慎重にならなければならない。
今回は個人依頼で雇い主もあまり高額な報酬を用意できないということもあり、実力ある傭兵が見向きもしなかった依頼を彼女たちが請け負ったということらしい。
彼女達は同行者が名が知れているメリエということもあって喜んでいるようだった。
そんな会話をポロと一緒に所在無さげに聞いていると、出発の準備が出来たようだ。
荷物を積んだ走車にそれを引っ張る馬を繋いで雇い主が乗り込む。
最初は走車を引く馬も自分とポロに酷く怯えていたのだが、【伝想】で話しかけて自己紹介をすると多少ぎこちなさはあったが意思疎通ができて、恐くないと思ってもらえたようだった。
メリエは走車の馭者席の隣に座ると、逃げる間も与えずアンナを捕まえて膝の上に乗せ、早速撫で回したり頬ずりしたり尻尾をもてあそんだりしている。
アンナはもう諦めたのかゲンナリとした様子でされるがままになっていた。
フェリ達も走車に乗り込むと積荷の木箱の上までよじ登って周囲を見張る準備をしている。
移動中は二人交代で見張りをするそうだ。
メリエの番になったら自分とポロとアンナの四人で警戒する予定でいる。
自分とポロは自分達の荷物を括り付けたまま、積荷を満載した走車の後ろについて歩くことになる。
準備が整ったのでいよいよ出発だ。
護衛の仕事の開始である。
カッポカッポとテンポ良く蹄の音を響かせながら馬が歩き出すと、ゴトゴトと木製車輪が音を立てて馬の影を追いかけていく。
あまり速度は出ていないが、やはり揺れが酷そうだった。
何とものどかな雰囲気を感じつつ、コタレの村を後にし、自分とポロもトットットと石畳を踏みながら走車を追いかける。
走車後方の空きスペースに乗って後ろを見ていた魔術師見習いのコレットが、のんびりと後をついてくる自分とポロを興味深そうに見ていた。
最初は怯えていたのだが今は恐怖心より好奇心が勝っているようだ。
というかメリエやアンナと同じようにフワフワの自分の毛並みを見つめているようだった……。
それから半日ほどは特に問題も起こらずに穏やかな時間が流れた。
道程は順調で魔物や野盗の気配も無く、長閑な風景の広がる街道を進んでいく。
天候もぷかりぷかりと白い雲が漂う気持ちのいい天気で、雨などの心配も無さそうだ。
走車の女性陣は年も近いこともありかなり打ち解けたらしく、時折楽しそうな話し声が走車の後ろを付いて歩く自分とポロのところまで聞こえてきた。
話し声は楽しそうなのだが、若い女性の比率が高いので男の自分がいたらさぞ居心地が悪そうである。
正直、変身していて良かったと思ってしまった。
「(平和だねぇ)」
「(そうですね。いつもなら気を張って移動しなければならないのですが、これもクロ殿のお陰ですかね)」
「(相変わらず自覚はないんだけどねー)」
「(時に、その姿のまま次の人間の町まで行くのですか? ご主人が言っていたように人の集まる所に行くとまた今朝のような問題が起こりそうですが)」
「(今考えているんだけど、町に着く前に適当な理由を作って離脱しようかなと思ってるよ。今回は仕事を受けているのはメリエだけだから、僕とアンナが途中で抜けても怒られないだろうしね)」
「(分かれた後、適当な場所で合流ですか?)」
「(そうだね。人間の姿に戻るか、また別な姿に変わって合流って形になるかなぁ)」
そんな今後のことや当たり障りの無いことをポロと話し、景色を楽しみながら歩いていると走車の上でゴソゴソと動きがあった。
日も中天付近に差し掛かったのでどうやら見張りの交代の時間らしい。
ガタゴトと動き続ける走車の前の方からアンナが飛び降りると、追いかけている自分の所までやってきた。
「(ク、クロさん。乗せて下さい……)」
疲れ切っている様子のアンナの髪は、撫で回された影響かボサボサになっている。
心なしか黒猫の尻尾もヘニョっているように見えた。
走車にメリエと乗ってからずっと撫で回されていたのだろうか……。
「(お、お疲れ様、アンナ……大丈夫? 次は僕達が見張り?)」
「(うちのご主人が申し訳ない……)」
「(ポロ、気にしないで下さい。色々と聞かれて答えられないことは助けてもらっていますから。今度は私達が見張りですね。私とクロさんで後方を、メリエさんとポロで前方を見張るようですよ。メリエさんは馭者席に残っています)」
「(わかりました。では私はご主人の方に行きますね)」
「(うん。頑張ろうねー)」
「(クロ殿がいれば仕事はなさそうですがね)」
ポロは歩く速度を上げて走車の前方に回っていった。
こちらはアンナを背中に乗せると、走車を追いかけつつまた歩き始める。
「(はぁ~。やっぱりクロさんの背中は最高の座り心地ですね。お尻が癒されますぅ)」
メリエの膝の上に座っていたようだったが、やはり走車の揺れであんまり乗り心地は良くないようだ。
「(居心地がいいのはわかったけど、気を抜きすぎて居眠りしたらおっこちるよー?)」
見張りに関しては自分もいるし、アンナがそこまで気を張る必要はないだろう。
「(だ、大丈夫ですよ……たぶん)」
「(まぁ疲れているみたいだし、落ちない程度に休憩しててよ。警戒は僕がやれば十分だと思うし)」
「(えっと……む、無理そうになったらお願いします……)」
やはりメリエの相手でかなり消耗しているようだ。
普段なら責任感が強いので別に仕事というわけではなくても頑張ろうとするのだろうが、今回ばかりは疲労の色が濃い。
原因の一端は自分にもあるのだし、ここは休ませてあげるべきだろう。
「(まだ先は長いんだから温存できる所は温存しないとね。それでなくてもアンナは今夜もメリエに引っ付かれてなきゃいけないんだしねー)」
「(……クロさんも寝るときは大変なことになると思いますよ……)」
「(まぁメリエとアンナだけなら平気だと思うよ。飼い犬サイズじゃないんだし乗っかられても枕にされても潰れたりしないよ)」
「(……ウフフ……そうだといいですね)」
何その意味ありげな含みのある笑いは……。
走車の中で何かあったのだろうか?
引っかかる部分はあるものの聞いても教えてくれないので仕方なく探り出すのは諦め、仕事に集中することにした。
前に疾竜とベテランのメリエ、後ろに古竜が化けている影狼がついて警戒するという何とも過剰防衛な布陣でたった一台の走車を護衛しながら街道を進む。
並みの魔物や野盗程度ではびくともしない布陣だろう。
大手の商隊ですらここまでの戦力を有して移動することは稀だと思われる。
初日は予想通り何事も無く日が傾くまで順調に進み続けることが出来たのだった。
※
「私達と同じ始祖の血を継ぐ者ですか……」
「はい。と、言っても私の憶測でしかないのですが……」
「フム。転移石まで使用して戻ってきたということはかなりの大事かとは予測していたが、確かにそれが本当ならば一大事じゃな」
「しかし姉上、そんなことが有り得るのでしょうか?」
「無いとは言えまい。我らが安寧の地を追われてかなりの時が経った。その時に与り知らぬところで散り散りとなった始祖の血族がいて、新天地で子孫を残していたと考えれば有り得ぬ話ではないだろう?」
「ですが、この森以外では同胞の集落は確認されていません。同胞の保護を掲げ活動を始めてから多数の者達が世界各地を探していますが、自分がそうだとは気が付かずに人間達の中に混じって生きているか、人間に捕らえられている場合が殆どです。始祖が健在であるなら、その庇護を受けようと同胞が集まっているはず。カガミの話によると傍に同胞はおらず、単独で人間の中に混じっていたということです。変ではありませんか?」
「確かにここ以外に集落は見つかってはいない。だがそれは人間種の生活圏での話しだ。未開地、大海域、星洞、虚空の浮地など、人が踏み込めぬ場所に逃れていればわかるまい?
我々も同胞が人間達に迫害されたり利用されたりするのを防ぐために探しているのだ。人間が居ない場所は探しておらぬ。今回見つかったのも未開地に接したヴェルタの町だったな。なら未開地から何らかの理由でヴェルタに出てきたということも考えられる」
「私が気配を確認したのはヴェルタの辺境の町、アルデルです。かなり強い気配だったので最初は
「ふむ。して、ドアニエルはどう思った? 実際に切り結んでみて、感じるものはあったか?」
「……姫、奴は人の姿をした怪物です。俺は姫より賜った
「琇星の力までは解放していなかったとはいえ、神刀を使うお前と戦っても互角以上か。想像以上だな。もし本当に血族だとすれば、かなり血の力が強い。或いは始祖の宝でも継いでるのか……。でなくばそれ程の強さにはなるまい。これはますます会ってみたくなるな」
「血族ならば良いのですが、そうでなかったら何者なのでしょうか。話に聞く限り、私達とも対等以上に渡り合える存在のようですが、搦め手を使わずにそれだけのことができる人間種などいるのでしょうか?」
「わからぬが、血族でないのならドアニエルが言うように人の皮を被った
「それは、どうでしょうか……。いきなり襲い掛かってしまったということもありますし、恐らく警戒されてしまっているでしょう。かなり深い部分まで事情を説明しなければこちらを信用してもらうのは難しいのではと思うのですが」
「仕方が無いとは言え、ドアが突っ走ったからのぅ」
「……申し訳在りません……」
「姉上、状況を考えれば妥当な判断かと。現場での行動はまずこちらの安全が第一。そして回収と保護が第二です。今回は異例中の異例ですし、彼らの判断に間違いがあったわけではありません」
「まぁのぅ。事情の説明はまず向こうが話を聞いてくれるかどうかじゃな。謝意を込めて手土産でも持たせるか。上手くこちら側に来てくれればいいのだがなぁ。そうすれば我らの婿に迎えられるかもしれんしな」
「む、婿!? 姉上! 素性も知れぬ輩相手に!」
「何を言っておる。血族であるなら問題ないし、そうでなくてもそれ程の強さを持つのであれば申し分なかろう?
それでなくても我らの血は数百年の世代交代でかなり力が衰えている。ここに住む者達も皆同様だ。世継ぎも考えねばならんのだし、それには外からの強い婿はありがたいことじゃ。ここを守っていくためにもな。お前とて私と同じ始祖の血を継いでいるのだ。強き者に魅力を感じないはずはあるまい?」
「う……そうかもしれませんが……しかし、いきなり婿など……相手が納得しないのでは」
「それは交渉次第じゃろう。私も妹のお前もそこらの町娘などには負けぬ容姿じゃ。色仕掛けでも夜這いでもすればコロっといくのではないか? カガミの話によると強さだけではなく容姿も悪くないようじゃし、いい考えではないかの? 何なら侍女を侍らせて後宮でもつくれば納得してくれるかもしれんぞ」
「いくら強くて見目が良くても愛の無い婚儀など嫌です! 私は誠実で優しい殿方と恋愛をして結ばれたいのです!」
「冗談じゃ、冗談。本気にするでない。私とて芯の通らぬ軽い奴は願い下げじゃ。じゃが、世継ぎのことは我らにとって大きな問題なのは間違いない。候補として考えるだけでも会う価値はあると思うぞ」
「(姉上の意地悪……)で、ではどうしますか?」
「聞こえておるぞ。まぁまずは謝罪じゃな。カガミ達に菓子折りでも持たせて会いに行ってもらうかの」
「襲った相手に菓子折りなど持って行っても、毒を警戒され受け取らないのでは?」
「なら金銭か? それこそ営利目的で近付く商人や国の役人と同じと取られ兼ねないぞ」
「まずは物品などではなく、誠実に話をしてみては? もし何らかの賠償を求められたら応じれば良いでしょう」
「そうさなぁ。誠実に話をしつつ、カガミと双子にそれとなく色仕掛けでもさせてみるか。色香に惑わされてくれれば付いて来てくれるかもしれんしの」
「ひ、姫様! どうかそれは御容赦下さい! 私も自身が納得した相手と……」
「だから冗談じゃ。ホントお前達は冗談が通じぬのぅ」
「(姉上のは冗談に聞こえないのですよ……)では、今一度接触を図るということで準備させましょう」
「だから聞こえておるぞ。まぁ戻って来る時と違って転移石は使えぬからの。接触までにはかなり時間がかかりそうじゃが、気長に待つとするかの」
「時間がかかるとなると居所が知れなくなるのでは?」
「いえ、私が憑石を彼の荷物に紛れ込ませましたので、居場所は問題ありません」
「ほほう。抜かりないのぅ。ではまた苦労をかけるが宜しく頼むぞ。ドアニエル、今度は喧嘩を吹っかけるでないぞ。一回粗相をしているのだ、穏便にな」
「わ、わかっています」
「フフ、楽しみじゃなぁ。お前はともかく、私は条件に見合えば是非婿に迎えたいし、早く会ってみたいものじゃな」
「む……。私だって別に嫌というわけではなく、時間をかけてお互いのことを知り、気が合えばお付き合いしたいという意味で……」
「わかったわかった。独り占めするつもりはないが、時間をかけ過ぎて逃げられんようにな」
「うぐ……」
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