白い村 黒い猫
「じゃあどうしましょうか?」
「燃料の補給とか消耗品は買っておこう。あと服屋探してくれる?」
「ああ、ダメになっちゃった服の替えですね」
「それもあるけど、今回欲しいのは別の服なんだよね」
「え?」
首を傾げるアンナに後でわかるからと詳しい説明は省いて、まず先に消耗品を買い足しておく。
やはり交通の要衝だけあって旅に必要となる物は充実している。
少し大きめの店に入ったらそこだけで全ての足りないものを揃えることができた。
買った物を特製リュックに入れて状態を確認する。
後は食糧を買えば次の町までは大丈夫そうだ。
消耗品は大丈夫そうなので、本命の服屋に向かう。
アルデルの町ほど品揃えは良くないが、コタレの村にはちゃんと服屋があった。
アスィ村では服屋は無く、村人は自分達で裁縫をするか、たまに来る行商から買っていたらしい。
村では大体それが普通なのでコタレの村が特殊なようだった。
旅人も多く人の出入りも激しいので普通の村よりも売れるからだろう。
旅装束も売っている店に入り、店員さんを探す。
「いらっしゃいませ。どんな物をお探しですか?」
恰幅のいいおばちゃんが出てきて、こちらを見つけると愛想のいい笑顔で接客してくれる。
品揃えも結構充実しているのでここで買えるだろう。
「僕が今着ているのに似ている服と、あとこの娘と同じくらいのサイズの獣人種でも着られる女の子用の旅装束を一式下さい」
「え?」
「はーい。じゃあサイズだけ測らせてちょうだいね」
「あの、ちょっとクロさん!?」
サイズを測るために奥の部屋まで引っ張られるアンナに笑顔で手を振った。
恐らくアンナは自分と同じサイズの他種族用の服をどうするのか疑問に思っていることだろう。
でもこれは必要なことなのだ。
今は我慢してもらわねばならない。
サイズを測り終えると、おばちゃんは店にある服をいくつか見繕い持ってきてくれた。
その中からなるべく可愛らしいものをかなり入念に選んだ。
それが終わると自分用の寝巻きに似たローブのような服を一着もってきてくれる。
同じようなワンピースなのだが、今までとは少し違い腰をベルトで締めるタイプだった。
ベルトを使うかは自由なのでそれに決めてお金を払う。
「……あの、その服は誰のなんですか?」
「アンナのだよ?」
「え? でもそれ獣人用……」
購入した服を持って店を出るとアンナが訝しげに聞いてくる。
当然の疑問だが、詳しくは後で説明すればいいだろう。
「まぁその時になったら説明するよ。まずは宿に戻ろう。メリエも戻ってきてるだろうし、ポロもお腹を空かせていると思うから」
服を買うのに時間がかかったので、既に空は暗くなってきていた。
きっとポロも宿でお腹を空かせているだはずだ。
宿の走厩舎は寝床は提供してくれても、宿泊客と違って従魔などには食事は出してくれない。
出してくれるところもあるらしいが割高な別料金を取られる。
さっきの料理店で買ったポロの食事は自分が持っているので、早く持っていってあげなければ可哀想だ。
暗くなっても人通りは日中と変わらない賑わった通りを歩き、宿に到着する。
部屋に入る前にポロのいる走厩舎に立ち寄って、遅くなったお詫びをしつつお土産の晩御飯を差し出す。
人間で言うところの四人前を注文していたのでポロでも量は十分だろう。
味もポロの口に合ったようで美味しいそうに食べていた。
部屋に戻るとやはりメリエは戻っていて自分達が戻ってくるのを待っていた。
「おお。遅かったな。買い物は済んだか?」
「うん。消耗品と服を買ってきた。あとは食糧だけだね」
大きな商隊の護衛になると旅に必要となる物資は向こうが用意してくれることがあるらしいのだが、今回は個人護衛なのであまり期待はできそうもない。
「そうか。こっちも依頼主に会ってきたぞ。問題なく雇ってくれるそうだ。私達の他に四人組のハンターを雇っていて、残りの一人を探している状況だったらしい。付き添いがいても大丈夫ということだったから依頼を受諾した。出発は明後日の早朝だそうだ」
護衛に関しては傭兵が専門分野だが、依頼主が納得していればハンターでも依頼は受けられる。
要は盗賊や魔物から守れる力があればいいので、戦闘が本職の傭兵でなくても戦えればハンターでも大丈夫なのだそうだ。
「受けるのは私だけだが、付き添いが凄い実力者だと言ったら喜んでいた。会うのを楽しみにしていると思うぞ」
「えー……。僕変身しちゃうんだけど……」
「いいじゃないですか。変身していてもクロさんは強いですから」
笑顔で賞賛してくれるアンナをじっと見つめる。
そして思いつく。
ニンマリと笑いながらそれをアンナに言った。
「そうだね。アンナは凄い実力者だもんね」
「……え?」
意味ありげな視線でアンナを見ながら言うと、アンナは何でそんなことを言われるのかわからず、きょとんとして首を傾げている。
「だって僕は変身しちゃうんだから、付き添いになるのはアンナじゃない。またアスィ村の時みたいに頑張ってね」
「え、えぇぇぇ!?」
「そう言われればそうだな。まぁまた私やクロがフォローするから大丈夫だ。それと一緒に護衛依頼を受けたハンターには会えていないから当日顔合わせすることになる」
アンナには申し訳ないが今回も頑張ってもらおう。
まぁ以前よりもやることは少ないから問題は無いだろう。
「食糧とか物資はやっぱりこっちで用意するの?」
「ああ、申し訳ないがそうしてくれとのことだ。大手の商会なら期待できるが今回は個人だからな。報酬も少なかったがその辺は気にしないだろう?」
「そうだね。こっちの夜の負担が減ればそれで十分だよ」
「あ、あのぉ……やっぱり前みたいなのはやめません? 緊張するというか、嘘吐いてるみたいで気が引けるというか……気が進まないんですけど……」
アンナが嫌そうである。
アンナは生真面目なので、人を騙しているという後ろめたさを感じているのかもしれない。
でもダメなのだ。
今回は頑張ってもらう必要があるのだ。
「なぁクロ、アンナもこう言ってるし無理にやらせなくてもいいんじゃないか? 別に変身しなくても十分だと思うが……」
「そ、そうですよね! やっぱり普通に行く方がいいですよね!」
メリエがアンナの弁護に回ろうとしたので、すかさずメリエに耳打ちして今回の作戦を伝える。
「ゴニョゴニョヒソヒソ」
「……な、何を耳打ちしてるんですか……?」
「いや! やはり今回は変身して行くべきだな! だからアンナも頑張ろうな!」
「えぇぇぇ!? メリエさん何でクロさんに丸め込まれてるんですかぁ!」
フフフ。
上手くメリエをこちら側に引き込んだゾ。
「大丈夫だよ。前みたいに戦う前提じゃないんだから普通にしてれば平気平気」
「ううぅぅ」
「じゃあ明日はゆっくり休むとしよう。今までの疲れもしっかり取っておかないと、次の旅に障るからな」
明日は食糧の予約をしたらのんびりすることにして今夜は床についた。
翌日、早く起きる必要はなかったのだがいつものクセで明け方頃に自然と目が覚めてしまったので、そのまま二度寝を敢行する。
次に起きたのは宿の朝食が終わってしまう時間ギリギリくらいで、アンナもメリエもかなり遅くに目覚めたようだった。
全員で宿の朝食を食べ、ポロにも朝食を持っていく。
その後は早いうちに食糧の予約を済ませに商店に向かい、今日やることは終わってしまった。
「そうだ。ちょっとギルドに行って先日襲ってきた連中の情報が無いか調べてくる。二人はどうする?」
おお。
ありがたや。
どうせ自分がついて行っても何もできないし、ここは丸投げしよう。
そうしよう。
「ありがとうね。僕はこの村をちょっと散歩してこようかな。綺麗な村だしもうちょっと見ておきたい。アンナは?」
「あ、私もクロさんについていっていいですか?」
「うん。ただ歩き回るだけだと思うけど、それでいいなら」
「じゃあ昼まで各々で自由行動だな。何かわかったら昼食のときにでも伝えるよ」
そんなわけで調べ物をメリエに任せて村の中をアンナと散歩する。
アンナと並んで歩きながら村の風景を楽しんだ。
綺麗な建物は村の中から見てもやはり綺麗で観光気分を味わうことができたのだが、娯楽施設のようなものはないので本当に散歩するだけになった。
露店などの店も見てみたのだが、やはり塩があちこちで売られている。
特産品になっているようだ。
塩はまだ残っているしここで買う必要もなさそうなのでただお店を冷やかすだけにしておく。
アンナは塩の大きな結晶でできたクリスタルのような置物を陽に翳して眺めていた。
買ってあげようかとも思ったが、欲しかったというわけではなくただ興味を惹かれたというだけみたいだった。
露店を見ていたら例の白い木の種が売られていたので、何かの役に立つかもしれないと思って種をいくつか購入しておいた。
買う際、お店の人に場所によってはちゃんと育たないかもしれないけど、後で苦情は受け付けられないといわれたが、まぁ問題ないだろう。
種があるということは実ができるはずだと考え、実は売られていないのかと探してみたのだが白い実は見つからなかった。
またぶらぶらと歩いているとアンナは以前アルデルでやっていたように、村の中にいた猫や犬を見つけては話しかけている。
アンナによるとここの猫や犬は真っ白い建物ばかりで迷子になりやすく、白が眩しくていつも目がチカチカしているそうだ。
どの動物もアンナに白以外の眩しくない色の建物にして欲しいと愚痴をこぼしていたらしい。
人間が良かれと思って美しい建物を建てても、それが動物達にとっても良いとはならないようだった。
散歩を程々にしてギルドの建物に向かうと丁度メリエが出てきたので、そのまま昼食の店を選ぶことにする。
昨日とは違う店で食べようということで、店先にテラスのようなものがある料理店を選んだ。
料理の方も期待していたのだが、外見のお洒落さとは違い料理の味は昨日の店に比べると一歩劣るという評価だった。
「あそこは食事よりもお茶を楽しむタイプの店だったな。テラスものんびりとお茶を楽しむために設けられていたんじゃないか?」
「僕は昨日のお店の方が好みかなー。味付けもワンパターンだったしね」
「素材は悪くないから、味付けを工夫すればもっと美味しい料理を提供できそうなんですけど、もったいないですね」
三人で品評をしながらポロの昼食を持って宿に向かう。
その途中でメリエの調べ物の結果も聞いた。
「ギルドが公開している情報にそれらしい人物は無かったな」
「そっか。ありがとうね、調べてくれて」
「そう思うなら少しは字を読む練習もするといいぞ」
「あー……前向きに検討します……」
勉強は嫌いなのよね……。
あわよくばこのままメリエに筆読はお願いしたいが、今後のためには少し勉強してみるか。
ジト目で見られてしまったので目を逸らしながら、よく政治家が使っている体のいい言葉でその場を濁しておいた。
「じゃあこの後はどうする?」
「お風呂入れないから宿でお湯を出して体を拭こうか。あとはアーティファクトの調整と実験をしておきたいかな」
「それはいいな。護衛中は風呂も期待できないし」
「そうですね。時間はありますし髪のお手入れもお願いしたいです」
「いいよー。じゃあ宿で用意しよう」
ポロに昼食を持って行った後、早めに宿を更新し部屋で体を拭くことにする。
宿の人にタライのような木の入れ物を借りて星術でお湯を出し、メリエ達に渡す。
女性陣が体を拭いている間、自分はポロのところに行ってポロの体を拭いてあげた。
ついでにポロに付けているアーティファクトの調整も済ませておく。
今回は眠らされたということもあり、アーティファクトに状態異常系の攻撃を受けた際に回復してくれる効果をつけてみた。
ただ、まだ実験が済んでいないので解毒以外は実際に試してみないと効果がちゃんと顕れるかわからない。
しかし、何もしないよりはいいので全員分用意するつもりだ。
部屋に戻り自分も体を拭くと、全員で一緒に髪を洗う。
以前アンナにやったようにお湯の玉を出して頭を洗った。
その後は全員のアーティファクトを調整し、色々と実験をしつつ時間を潰したのだった。
◆
「忘れ物は無いか?」
「うん。じゃあ僕とアンナは一回村を出て変身してくるね」
「わかった。私は食糧を受け取って依頼主のところに向かうことにする。合流場所は村の入り口を出たところだ」
「はーい。じゃあ後でね」
まだ夜も明けきらない早朝。
早い内に護衛依頼のため準備をしていく。
歩きではなくなったので、何事も無ければ次の補給地点までは5日ほどの行程になる予定だ。
この後、依頼主と同業者と顔合わせをして出発する。
「クロ。例の件、期待しているぞ」
「まっかせて」
「な、何のことですか……?!」
「すぐにわかるから」
別れ際にメリエと二人でアンナを見ながら頷き合う。
それを見たアンナは何かあるのかと不安げな様子だった。
アンナと村を出ると少し離れた場所にある草木が茂った場所に行って変身の準備をする。
「あの。今回は私、変身しなくてもいいんじゃないですか?」
「一応魔獣使いってことになるし変身しておいて。竜の時ほど注目はされないと思うけど、一応ね。というわけで、はい。これ着てねー」
アンナに買っておいた獣人種用の服を笑顔で手渡す。
普通の服と違うのは下着とズボンに尻尾穴がついているくらいで、他は殆ど普通の服と変わらない。
ただ旅用の服にしては若干可愛らしいものだ。
そう。
この服はまた猫耳アンナになってもらうために用意したのだ。
しかも今回は耳だけではなく、尻尾まで完備した完璧バージョンである。
これをメリエに話したら一発で同士になってくれた。
やはり可愛いは正義であるようだ。
着替えの間、アンナの方を見ないようにして着替え終わるのを待つ。
「この服、旅用にしては可愛いですね。でもこの下着、穴が開いている……。あ、ズボンにも……」
「尻尾のある獣人種用だからね」
アンナが着替え終わったところで、自分よりも先にまずアンナに変身してもらう。
以前渡したアーティファクトに込めた星術を少し変化させ、今回は尻尾も生えてくるようにしてみた。
やはりアーティファクトでの変身は耳と尻尾、あとは髪色くらいが限界のようだった。
「じゃあこれで前みたいに変身してみてね」
「わかりました。……はぁ、メリエさんと話してたのはこの事だったんですね……」
以前変身した姿を見たメリエに抱きつかれ、撫で繰り回された記憶が蘇ったのだろう。
何とも微妙な表情をしている。
アーティファクトを使用すると、まず前と同じように猫耳が生えてくる。
その後シュルシュルと尻尾が伸び、髪の色も変化した。
今回は赤毛ではなく、自分と同じで黒髪になるようにしてある。
耳も尻尾も黒猫仕様だ。
実はそれに合わせて買った獣人種用の旅装束も、アンナに似合いそうな少し可愛らしいものを選んでおいた。
ゴシックロリータ風のフリルがついた黒と白を基調にしたものだ。
ワンピースではなくズボンなのだが、上着がやや丈長で短いフリルスカートのようになっていて、黒猫バージョンのアンナに良く似合いそうだと思ったのだ。
「うわぁースゴイ可愛い黒猫だ……。これは写真が無いのが悔やまれるよ」
思った通りの姿になったアンナを見て思わずつぶやく。
そして変身を終えたアンナを思わず抱き締め、撫でてしまった。
「ひゃあ! ちょ! ちょっとクロさんそんないきなり!?」
「あ。可愛すぎてつい……でも本当にアンティークドールみたいだよ。貴族とかに変装することになったらアンナが適役だね」
「え!? そ、そんな……前にもこの姿になったじゃないですか……改めてそんな風に言われると……フフ」
またメリエに飛びつかれるのではないかと乗り気ではなさそうなアンナだったが、褒めてあげたら満更でも無さそうだ。
アンナのモジモジを久しぶりに見たなぁ。
黒猫の姿にゴシック風の服は某漫画のキャラクターのようだ。
そんな格好でモジモジとするものだから愛らしさが更に際立った。
一応、自分の好みだけで服を選んだわけではなく、黒いアーティファクトが目立たないようにということも考えていたのだが、アンナの姿を見たらそんなことどうでも良くなってしまった。
これは前以上に人目を惹く気がするので、変な虫がつかないように一層の注意を払わねばなるまい。
「こんな恋人がいたら毎日でも撫で回すのになぁ」
いや、この場合は恋人じゃなくて猫になるのか?
恋人を撫で回すって何だか違う気がする……。
まぁ、このアンナならどちらでもいいか。
「こ、恋人……」
あ。アンナの顔が薄暗い早朝でもわかってしまうくらい真っ赤になった。
それはもう首まで全部。
まるで熟したリンゴである。
「あ、あの……私クロさんならいつでも……(ゴニョゴニョ)」
「これはメリエが見たらどうなるか……」
「うっ!?」
嬉しそうだった表情が一転、困惑の表情になる。
褒めていい気分だったところに水を差してしまったようだ。
「まぁメリエが暴走しそうだったら、程々のところで僕が止めるから大丈夫だよ。じゃあ今度は僕の番だね」
「すぐに止めて下さいよぅ」
アンナ、それは無理だ。
あの暴走メリエを即座に止めるなど、古竜でも無理なのだよ……。
そんなことをしたら後で何されるかわからない。
あの様子ではかなり根に持たれる気がしてならない。
アンナの用意ができたので次は自分だ。
今回姿を変えて移動しようと提案したのは【転身】で今までとは違う姿になれるかどうかの実験も兼ねているのだ。
真剣な気持ちに切り替えイメージを固める。
さて、上手くいくだろうか。
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