戦端

 三日目は特に何事もなかったのでアンナやメリエはアーティファクトに慣れるために練習をして時間を潰し、村の方は村長が中心となって襲撃が来た場合の動きを村人に周知していたようだった。

 特にやることがなく暇をもてあましていた自分のところには、なぜか度胸試しに来ていた女の子の一人が何度も自分を触りに来た。


 10歳を越えたくらいのその女の子は無表情であったが目を輝かせながら自分に近寄り飽きることなくずっと体を触っていた。

 この世界では割と珍しい黒髪のおかっぱ頭に親近感を覚えたのだが、飛竜の振りをしている関係上、特に何かをしてあげることもできないので好きなようにさせてあげていた。

 半べそをかいていた男の子よりもよっぽど度胸がある。


 村の中はこれから襲われるという雰囲気をそれ程感じず穏やかな空気が流れていて、他人事のように思っているのかと思えてしまった。

 いや、この世界の人の顔はそんな感じではない。


 他人事というよりはそうであることが当たり前というような達観した印象を受ける。

 命の危険は自分の近くにあって当たり前というか、自然の中で生きる者の定めというか、日本で生きてきた自分とはどこか根本的に価値観が違うような気がした。

 それでいて後ろ向きになることなく、前を見据えて生活しているのだから頭が上がらない。


 魔物が跋扈する世界で生きるにはそうした価値観が必要なのかもしれない。

 日本では畑仕事をしていて突然命を狙われることなどまず在りえないが、この世界ではそれが普通なのだ。

 願わくは何事もなくこの空気が続いて欲しいものだった。


 しかし、それは確実に忍び寄ってきていた。

 それが来たのはアスィの村に来てから四日目の早朝だった。


「あれは……!? 来た! 来たぞー!」


 まだ日が地平線の近くに位置し、空の青味も薄く、風もひんやりとした明け方、西側の見張り台から叫び声が上がった。

 緊急を知らせる金属板が打ち鳴らされ音が村中に響き渡り、そこかしこの家から人の怒号が聞こえ始める。


 自分とポロは既に起きていたので音に驚くことはなかったが、まだ眠っていた人間には寝耳に水だっただろう。

 しかし、事前に村長が村人を集めて緊急時の動きを伝達していたため、家から飛び出してきて右往左往するといったことにはならなかった。


 人々は暫くすると荷物は持たずに身一つで家から出てきて、集会所に向かっていく。

 その人の流れに逆らうように応戦する人達が配置につき始める。

 先日メリエに提案した通り、自警団と傭兵は全員裏口に、ハンターは柵と見張り台に、有志の村人は誘導と集会所の護衛に着くように決まったらしい。


 この村の中央門はアルデルの町と同じように南側を向いている。

 西側の見張り台から報告があったと言う事は西から、つまり未開地側から魔物が来ているということだろう。


 この村の出入り口があるのは北と南の二ヶ所。

 普通に考えるなら魔物は二手に分かれて入ろうとしてくるはず。

 村に侵入しようと柵や門に取り付く前に準備している術で何とかしてしまいたいが、ある程度引きつける必要があるのでタイミングを計らなければならない。


「(ポロ! クロ!)」


「(クロさん!)」


 メリエとアンナが息を切らして村人の流れを避けて駆けてくる。

 二人とも既に装備は万全といった感じだ。

 起きたばかりだからかやや髪が寝乱れているがそれを気にしている場合でもない。


「(二人とも準備はいい? 村人の方は?)」


「(ああ、手はず通りだ。魔物が来る西側の柵にハンターを集中した。他の部分は何人かの見張りを残して既に避難している。裏口側はバリケードを破られないようにすることに集中してもらう。念のため魔物避けの香り袋もあるだけ出してもらっている。ハンター側の指揮はボンズ、傭兵と自警団は場数を踏んだ傭兵のリーダー、避難した人達は村長とアンナがそれぞれ指揮を執る)」


 今のところ予定通りだが、まずは全員の避難が先だ。

 そして現状確認をしなければならない。

 襲ってくる敵の規模、柵を越えてくる可能性のある魔物の有無、ここまでにかかる時間、知るべきことはたくさんあるのだ。


「(まだ押し寄せてくるまでに時間はあると思うから避難していない人間の誘導が先だね。こっちはちょっと飛んで様子を見てみるから逃げ遅れた人がいないか確認してきて)」


「(わかった)」


「(気を付けて下さいね)」


 メリエとアンナに自分とポロを繋いでいる紐を外してもらう。

 準備が整うとアンナは避難誘導と状況確認に行き、メリエは中央門付近を中心に逃げ遅れた人がいないかを確認しにポロと駆けていった。


 こちらも動き始める。

 【飛翔】を使って浮かび上がると、魔物の群が来ているという西側に視線を向ける。

 まだかなり遠いが確かにかなりの数の影が見えている。


 群は横に大きく広がりまとまりは無く、好き勝手に村に向かってきている様子だった。

 今のところ懸念していた飛行型の獣や魔物は見当たらない。

 これなら空から襲ってくるということに気を配らなくてもいいだろう。


 そのまま視線を村の内部に動かす。

 西側の見張り台ではボンズがハンターと見張りの村人に指示を飛ばしている姿が見える。

 村の中はまだ移動する人が多く、老人の手を引いたり、子供を抱えて走ったりしている村人の姿が確認できる。

 全員が避難するにはまだ時間がかかりそうだ。


 北側の出入り口にはバリケードが築かれ、出入り口が開かないように固められている。

 その両脇にある見張り台には弓を手にした村の自警団と傭兵が魔物が来るのを待ち構えていた。


 集会所がある方は人が集まり、誘導係が奮戦している。

 姿は見えないがアンナもあそこにいるのだろう。

 アンナの持っているアーティファクトの気配を探ると、確かに集会所の付近に気配を感じる。


 当初の予定よりも有志で防衛に参加してくれている人間が増えたらしい。

 この世界の人間は常に魔物と隣り合わせの生活をしているため、普通の村人でもある程度の戦闘経験はある。


 しかし今回のように大規模に襲ってくることは滅多に起こらないとの事で最初は尻込みしていたのだが、いざ自分の村の中にまで入ってくるかもしれないという状況になるとそうも言っていられない。


 防衛に参加することを決めた者でも経験が少ない者は見張りや誘導を中心に振り分けられている。

 しかしそれでも中に入られれば戦ってもらわなければならない。

 そういうことが無いように村長はギルドや領主に援助を求めたのに結局自分達以外の増援は間に合わなかった。

 状況は厳しいが、アンナに悲しい過去を思い出させないためにも犠牲がなるべく少なくなるように戦う必要があるだろう。


 それぞれが、それぞれのできることをするために奔走している。

 次は自分の番だ。


 浮かんだまま暫く向かってくる魔物の影を見ていたが、足の速い魔物が突出してきているのが見えた。

 あの速度では群の本体が辿り着く前に村に侵入してきてしまうだろう。

 幸い数は少ないので自分とメリエ達がいれば何とかなりそうだ。

 人間の軍隊などとは違い統率も何もないため、ただ自分の思うままに向かってきているだけだから行動は読みやすい。


「(メリエ。ポロ。足の速い犬や馬みたいな魔物が先に来そうだ。全員が避難所に行く前に入ってくるかもしれないよ)」


「(くっ! まだ逃げてない人間がいるというのに!)」


 食糧がかかっているのだから相手は待ってくれない。

 こちらも急いではいるが年寄りや避難所から遠い場所の人間はどうしても遅れが出る。

 村といっても住民以外の者もいるので百数十人は人間がいる。

 集団で動くとなるとどうしても遅くなってしまう。


「(避難は村の人に任せて僕らは迎撃しよう。門のあたりで食い止めておかないと村に入られたら厄介なことになるしね)」


 こちらは魔物と戦える人員が少ない。

 村の中に入られるとそれに対処できる人間が足りないのだ。

 後詰は欲しかったがそれに人員を割くと他の場所で人手が足りなくなるし、武器などの装備も足りない。


 避難誘導を他の人間に任せたメリエ達と中央門へ向かう。

 やはり本体が到着する前に村に入ってくるつもりのようだ。

 野生の動物にとって獲物は早い者勝ち。

 他の連中に取られる前に自分だけは獲物にありつきたいという欲望に従えば当然の動きではある。


 幸い柵を越えてくるといったことは無く、回り込んで入れる場所を探しているようだった。

 柵を回り込んでいる間に見張り台から矢が飛び、何匹か仕留めているのが見えた。

 中央門からやや中に入った辺りに着地すると、それと同じくらいにメリエとポロが到着し臨戦態勢をとる。

 それにやや遅れて回り込んできた魔物が入ってきた。


 まず入ってきたのは三匹。

 赤い毛をした犬のような見た目の魔物だった。

 目までが真っ赤で体長も2m近くあるため、犬のような優しげなものではなかった。

 竜の姿を見て一瞬身を竦ませたが、すぐに攻撃の意思を示して向かってきた。


「(メリエ! ポロ! 一匹はお願い! 身体強化も忘れないで!)」


 二匹は自分を避けながら回り込もうとし、もう一匹はメリエ達側にある建物の影に入ろうとした。

 爪を地面に深く食い込ませ力を込める。

 すり抜けようとした前の一匹に狙いを定めると、四肢のバネを使って飛び掛り一瞬で距離を詰める。


 巨体にそぐわない猛烈な速度で接近されたため、先頭を駆ける犬のような魔物はすぐに反応できずに自分の爪に捕まった。

 飛び掛った勢いのまま体重をかけ、背骨を折りながら一匹目を押し潰す。


 それを見た後ろを走るもう一匹が一瞬立ち止まるが、すぐに方向を変え自分を避けようという動きを見せる。

 反応は早かったがまだ攻撃の射程圏内だ。

 着地したままの姿勢から一気に半回転して尻尾を横っ腹に叩きつける。

 骨を砕く感触と共に、体重と遠心力の乗った尾撃を受けた二匹目はゴルフボールのように高く舞い上がり、柵の外まで飛んでいった。


 如何に素早く動ける動物であっても身体強化までした竜の力と速度に追いつけるものはそうそういない。

 数秒で二匹を無力化し、地面に横たわる一匹目の死体も柵の外に放り投げる。


 次の魔物が入ってこないように中央門を警戒しつつ、メリエ達の様子を窺う。

 今まで一度もメリエ達の戦いを見てこなかったので、ここで確認しようと思ったのだ。

 無論、危なくなればすぐに割って入るつもりでいる。


 メリエとポロは犬の魔物を挟み込むように動いている。

 ポロが魔物の前に立ち、メリエは背後を取るように動く。

 魔物がメリエの存在に気がつき、メリエの方を向くとポロがそうはさせじと攻撃を繰り出す。


 さすが竜使いというだけはあり、見事な連携だった。

 お互いがお互いをカバーし合って死角を潰し、逆に常に敵の死角を突くように動く。

 アーティファクト無しでもこれができるというのだから相当な訓練をしたのだろう。


 メリエは細身の長剣を構え、隙あらば魔物の急所に刺突を繰り出そうと機を窺っている。

 基本の動きは一撃離脱ヒットアンドアウェイ重視の速度重視スピードファイター型の戦い方だ。

 メリエの体格とポロとの連携を考えると理に適った動きだ。

 今はそれに加えて身体強化による補助があるため、息を切らすこともなく的確に攻撃を加えている。


 ポロが攻撃をすると同時にメリエが相手の回避を先読みして急所に剣を突き込む。

 剣の半ばまで刺さったところで魔物がビクリと痙攣し、その場に倒れる。恐らく突き刺したときに電撃を打ち込んだのだろう。

 剣身が電熱を帯びて湯気が出ている。


「(二人とも息ピッタリだね。アーティファクトの方はどう?)」


「(かなりの効果だな。これだけ動き回っても息切れをしないし、攻撃でもいつも以上の威力が出ている。電撃で一気に倒せるのも助かるな。ただこの剣は普通の剣だからあまり高威力だと剣がもたないかもしれない。ポロはどうだ?)」


「(反応速度が上がっているので動きやすいですが、力を入れすぎると動きすぎてしまいますね)」


 アーティファクトを使い始めてまだ数日だし、実際に戦闘で使うのは今回が初めてなのでいつもと勝手が違うことに若干戸惑いがあるようだ。

 一応慣れるために昨日練習してもらったのだが、まだ完全に使いこなすには時間が足りないか。


 装備の耐久まで考慮していなかったのであまり電撃を使いすぎると熱疲労で折れてしまうかもしれない。

 今度はその部分まで考えておく必要がありそうだった。


「(いつもとの違いに戸惑うようなら無理に使わなくてもいいよ。いつもと違いすぎると致命的な隙を生んでしまう可能性もあるからね)」


 アーティファクトのことについて意見を交わしていると次が侵入してきた。

 今度は馬のような魔物だった。ユニコーンのように額の部分から角が生えていて毛の色は真っ黒。

 馬のような皮膚なのは前半分だけで、後ろ半分はカエルなどの両生類のようなぬらついた皮膚だった。

 それが二頭駆けてくる。

 薄っすら開いた口からは涎を垂らし、普通の馬には無い肉食獣の鋭い牙が覗いている。


「(次来たよ。また一匹いける?)」


「(問題ない。ポロ、いくぞ)」


「(はい、ご主人)」


 さっきの犬型と違ってこの馬型はかなり大きい。

 ポロと同じくらいの大きさだ。

 だが対峙するメリエの様子に焦燥の色は無い。

 人間と比べると大きな魔物だが、任せても大丈夫ということだろう。

 こちらも自分の目標に集中する。


 今度のは正面から突破しようと向かってくる。

 最初に動いたのはポロだった。

 機敏な動きで左右に振りながら馬の側面に一気に回り込むと、鋭い爪でしっかりと地面を掴み、ほぼ直角に進行方向を曲げて速度を落とすことなく馬の胴体に突撃チャージを叩き込む。


 ポロの強烈な一撃でダメージを受けたのかバランスを崩し、馬が何度か転がって倒れこむ。

 押し倒され痛みにもがく馬の首にメリエが素早く剣を突き込み、仕留めた。

 なんとまぁ見惚れるほどに鮮やかな動きだ。

 ギルドで一目置かれているということも頷ける。


 メリエ達を横目に見ながら、こちらも自分の目標に意識を向ける。

 竜である自分に対しても臆することなく突撃をしかけてきている馬を見据える。

 尖った角は少し怖かったが向こうがその気ならこちらも正面からぶつかっていこう。

 四肢に力を込め、がっしりと大地を掴む。

 馬は額から生えている角を突き刺そうと角を水平にして突っ込んでくる。


 体格差により馬の角は自分の胸の当たりに吸い込まれるようにぶつかった。

 生き物同士がぶつかったとは思えないような『ゴギリ』という鈍い音が辺りに響き、その音とほぼ同時に馬の角が根元から圧し折れる。


 馬の渾身の突撃で一点に力を集中しても竜鱗と外皮を貫くことはできなかったようだ。

 ぶつかった衝撃はかなり大きかったがしっかりと踏ん張っていたのでバランスを崩すことも無い。

 やはり防壁の術を使わなくても竜の鱗はかなりの強度があるようだった。


 激突の衝撃で角が折れ、それに気付いた馬は逃げようと踵を返した。

 村ではなく草原で出くわしたのなら逃がしてもいいのだが、ここでは逃がすわけにはいかない。

 犬と同じように半回転して遠心力を乗せた尾撃を叩き込み、柵の外まで吹っ飛ばした。

 犬よりもやや重かったがそれでも蹴飛ばされたサッカーボールのように軽く柵を越えて飛んでいった。


「(あの一撃を正面から受けて平気とはな。並の鎧なら紙くずのように突き破られる威力だぞ)」


「(メリエ達も余裕で倒していたじゃない)」


「(水棲馬で怖いのはあの角での突撃だけだからな。それに気をつければ問題ないが、あの突撃だけなら上位の魔物の一撃に匹敵する威力だ。真正面からなど受けられないぞ)」


「(疾竜の私でもあの一撃は受けたくありませんね)」


 あの馬の魔物は飛竜程度の外皮なら突き破れると踏んで正面から突っ込んできたようだ。

 話を聞いて不安になり、突撃を受けた部分の鱗を見てみたが傷らしい傷も無い。

 今度からは無闇に敵の攻撃を受けるのはやめよう……。


 人間の言う上位の魔物というのがどの程度かはわからないが、上位の魔物程度の攻撃ならびくともしない強度ということはわかった。

 この鱗で武器や防具を作ればかなり上等なものができるだろう。

 今度何か作ってみようか。


 その後も速度が速い順に何度かに分けて魔物が侵入しようとしてきたが最初の犬や馬ほどの強くなく数も少なかったので、問題なく自分とメリエ達で対処し村への侵入を阻んだ。

 昆虫のような甲殻を持った魔物だけは剣が通り難くメリエも苦戦していたが、そこはポロが力任せの攻撃でカバーし甲殻ごと叩き割っていた。

 数分もすると周囲から人間の騒がしい声は聞こえなくなり、自分達の戦う音だけになる。


「(群より早く辿りついた魔物は粗方片付けたか。例の術はどれくらいで使うんだ?)」


「(もう少し。もっと近寄ってもらわないとダメだね)」


 少し浮かび上がって魔物の群がどの辺りにいるかを確認する。

 さっきよりも大分近づいてきてはいるがまだ距離が足りない。

 この様子ならばあと2,3分もすれば村の入り口に押し寄せるが、射程距離に収めるにはもう少し待たなければならない。

 しかしそろそろ準備をしておく方がいいだろう。

 巨人種らしき影はまだ見えないので後ろの方にいるか、もしくはこの群にはいないのか。


「(そろそろ準備するから、いつでも連絡できるようにしておいて)」


「(合図をもらえばいつでも〝音〟を飛ばせるぞ)」


「(おっけー)」


 徐々に近づいてくる群の影を見据えながら、その時を待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る