ペットの気持ち
「何だ!? 竜が近づいてくる!」
「おい! 人が乗ってるぞ!?」
「と、止まれっ! 何者だ!」
薄暗くなりつつある草原の道を二匹の竜に乗って村に近づいてくる自分達を見咎め、見張り台にいる若者が大声を張り上げる。
襲撃を警戒してピリピリしているところに竜が近づいてくればしょうがないことかもしれないが、軽くパニックを起こしているようだ。
「落ち着け! アルデルの総合ギルドから派遣されたハンターだ! 村長に会いたい! 取り次いでくれ!」
パニック状態の見張り役を落ち着かせるために村の入り口から少し離れたところで停止し、メリエが大声で用件を伝える。
見張りの一人が慌てて
「村に入る前からパニックを起こしちゃってますね……」
「(まぁいきなり竜が人を乗せてくればびっくりするよね)」
もう人に見られるとまずいので自分は声を出さずに【伝想】で意思疎通をするように徹底する。
怖がらせないようにしたいのだが見た目から既に恐怖の対象なのでこればっかりはどうしようもない。
無害で愛らしい仕草でも見せれば落ち着いてくれるだろうか……。
サーカスのような曲芸でも披露してみようか。
村の入り口で待つこと数分。
村の中から四人の人間が出てきた。
うち二人は武器を持って後ろに控えているので護衛か何かだろう。
とすると前にいる二人がこの村の代表だろうか。
「私はアルデル総合ギルドから緊急依頼を受けアスィ村に派遣されたハンター、メリエです」
メリエがポロから降りて村の人間に自己紹介をする。
代表と思しき二人が続いて口を開いた。
「私がアスィ村の村長、マルフです。こちらは村の防衛に協力して下さっているハンターのボンズさんです」
「ボンズだ。たまたまこの村が襲撃された時に居合わせたハンターだ。まさか疾竜を連れたハンターが来てくれるとはな。心強い限りだ。にしてもこんなに若くてべっぴんさんだったとは知らなかったぜ」
マルフと名乗った男はかなり若く、アンナのような金髪の短い髪で見た目は10代後半くらいのようだった。
種族によっては見た目と実年齢が大きく違う場合もあるそうなので、年若く見えてもそれなりの年齢かもしれないが現時点ではわからない。
がっしりとした体つきではないが村での仕事で鍛えたのかそれなりに筋肉があるようだった。
ボンズというハンターは結構年配に見える。
見た目は50代くらいだろうか。
背中に両刃斧を背負い、白髪交じりの短髪、装備している鎧にはあちこちに傷があり年季が窺える。
威圧的な雰囲気はなく、面倒見の良さそうな感じを受けた。
まだ年若いメリエに対しても侮ったりする様子も無く好印象だ。
「まずはこれを。アルデル総合ギルドのギルドマスターから預かってきた書簡です」
「拝見します」
メリエがギルドマスターから渡された手紙をマルフに差し出す。
マルフはその場で封を解き、中の書類に目を通している。
その間にボンズが尤もな疑問を投げかけてきた。
「同じハンターとしてメリエ殿は噂に聞いて知っているが、後ろの御仁は誰だい?」
「ああ、彼女は私の友人で、今回の依頼のことを話したら協力してくれるということで着いてきてくれたんだ。ギルドには所属していないから知らないかもしれないな」
「メリエさんの友人のサラです」
ボンズに視線を向けられたアンナが自分の背から降りて事前に決めておいた偽名でぎこちなく自己紹介をする。
変装も問題なく、赤毛で猫耳にしてあり種族も違うように見えているはずだ。
見破る術があるのかどうかわからないが、現状でそれを知る方法がないので無いことを祈るしかない。
「すげぇな。飛竜を連れている奴なんてはじめて見たぜ。やっぱり中央の関係者かい?」
「それについては答えることはできないのだ。適当に想像してくれ」
下手に言い訳するとボロが出そうなので、勝手に想像して納得してもらおうということで今回はこう言う事に決めておいた。
これなら後々根掘り葉掘り聞かれることもないだろうし、何も言わなくても怪しまれたりしないだろう。
これが原因で王国に知られることになっても、その前に自分達は元に戻っているはずだから探すのは困難なはずだ。
「事情はわかりました。詳しいことを説明しますので中へどうぞ」
「竜達も中に入っていいのか?」
「少しだけ待って頂けませんか。住民に説明しないと騒ぎになってしまうので」
「わかった。では代表で私が話を聞きに行く。サラは竜達とここで待っていてくれ。竜だけほったらかしにしているのを見たら村人が不安がるだろうしな」
「わかりました」
メリエはマルフやボンズ達と村の中に入っていき、自分達はここで待つことになった。
暇なので待っている時間で村の様子を観察してみる。
遠目で見ると村の中の建物などには特に損害は見当たらないが、村の外にある畑や家畜小屋は壊滅状態だった。
育った作物は食い荒らされ、牛や馬、山羊のような家畜も襲われて食べられたのか死体が散乱している。
周囲には魔物の死体も転がっており、戦いの様子が窺える。
人間の死体は見当たらないのでまだ犠牲はでていないのか、それとも先に片付けたのかどちらかだろう。
村の周りを囲む柵も所々壊された後があり、修復されている場所がある。
堀の中にもいくつもの魔物の死体があった。
これは襲撃を凌いでも片付けや復興に時間がかかりそうだが、それは領主の仕事の領分だろう。
「(随分と酷い有様ですね)」
「(あのギルドマスターが緊急って言うだけはあるね。油断しないようにしないと)」
アンナと【伝想】で状況の分析をしながら待つこと数十分。
段々と空も夕方から夜に向かって進んでいく。
村に焚かれる篝火の明かりをぼんやりと眺めながら、見張り台に立つ村人や何事かと村の入り口からこちらを窺う村人の様子を見てみると、やはり竜という存在に驚いているようだった。
幸い恐怖しているというよりは驚いているという感じが強く、怖がっているような素振りを見せている人は少ない。
移動時の馬や牛と同じように荷物を括り付けてあり、か弱そうなアンナが平然と自分の隣で寛いでいるからかもしれない。
もしくは竜使いのメリエが居るというのが既に広まっているのだろうか。
村人の好奇と不安を綯い交ぜにした視線を受けつつも大人しく動きがあるのを待つ。
じろじろ見られるというのはあまり気持ちのいいものではないが、かといってそれを止めさせる方法もないので我慢するしかない。
アンナもそんな視線が気になるのか落ち着いた風を装いながらもどこかそわそわとした感じだった。
更に暫く待っていると村人の壁を避けながらメリエと村長のマルフが近づいてきた。
「すまん。待たせたな。村長が我々のことについて村人に触れを出してくれた。これで村の中に入れるが、さすがに村の人間も竜が近くにいると落ち着かないので村の広場から動かないで欲しいそうだ」
「折角ご協力して頂けるのに申し訳在りませんが、こればかりはどうしようもないのでサラさんもご納得して頂ければと思います」
「……わかりました」
アンナは了承の意を示しつつもどこか不機嫌そうだった。
竜が人にとっては怖い存在だということはわかっているが、やはりそんな扱いを受けるということに些かの不満を感じているようだ。
しかしこれは仕方の無いことだろう。
自分達の生活の場に突然竜がやってきて、我が物顔で村の中を動き回られたら誰だって恐怖する。
動物園で飼われ人に良く慣れた大人しいライオンでも首輪もつけずに町の中に放たれたら大騒ぎになるのと一緒だ。
とりあえず許可が下りたので村の中へと移動する。
メリエ達人間三人の後に続いて自分とポロの竜二匹がのそのそとついていく。
村の中にまでは今のところ侵入されている様子は無く、中だけ見るならのどかな村のようだった。
所々に宿屋や酒場、雑貨屋のような店もあり、普通に営業している。
襲撃からそんなに時間は経っていないので物資はまだ尽きていないようだ。
そうなるように村人を纏め上げている村長の手腕は確かなものなのだろう。
そのお陰か商売や生活が今まで通りとは行かないまでも続けていられるので、村の中が悲壮感漂うような状況にはなっていなかった。
村の中央にある広場に来ると自分とポロはそこで待つようにと言われる。
野放しはまずいということで杭のようなものに首紐をつながれることになった。
それを見たアンナが言葉にはしなかったが顔を
「(アンナ、これは仕方ないよ。野放しだったらみんな怖くて生活できなくなっちゃうから)」
「(私は慣れているので問題ありません)」
自分とポロは特に気にするでもなく、大人しく杭につながれる。
この程度の杭と紐ならどうとでもして逃げ出せるのでやるだけ無駄だけども。
たぶん身体強化をしていないポロでも余裕で逃げ出せるだろう。
それに馬小屋のような小屋などに押し込められるよりは余程いい。
周囲の状況もわかりにくくなるし息も詰まる。
屋根が無くても自分なら特に気にならないので広々としたここの方が好都合だった。
ただ周囲から向けられる好奇の視線だけが少々鬱陶しい。
「(わかってはいます。いますけど……何だか、納得できません……)」
アンナなりに思うところがあるようだ。
助けに来た存在なのにこんな扱いを受けるというのが不服なのかもしれない。
それとも何か他に気に障るようなことがあるのだろうか。
自分とアンナが逆の立場だとしても同じように嫌な気持ちになるのは想像できるが、今はそれに甘んじるしかないのだ。
そんなアンナの気持ちを読み取ったのか、マルフが申し訳無さそうに言う。
「申し訳在りません。大切な相方なのはわかりますが、今だけご理解下さい。では私の家にご案内します。村に滞在する間は私の家をお使い下さい。メリエさんと同室になりますが部屋も用意します。その方が緊急時の応対などスムーズにできますから。ハンターを纏めて下さっていたボンズさんも私の家に滞在してもらっています」
「わかった。よろしく頼む」
「(いってらっしゃーい。あ、明日の朝用のスイカボチャ持って来てねー)」
この村に到着する前に夕食を済ませてあるので今日はもう食べる必要は無い。
明日は生肉をエサとして出されても自分は食べられないので事前に用意しておいたスイカボチャを持ってきてくれるように頼んでおく。
ポロは食べられるのかもしれないがさすがに自分は嫌だった。
「(わかった。あとで様子を見に来るよ)」
「(私もあとで来ますね)」
何か買い物に行くご主人を見送る飼い犬のような気分になる。
よくスーパーなどで見かける外の柵などにつながれて主人が戻るのを待っている犬のような状況だった。
まさかこんなところでペットのように扱われるとは思っていなかったが、良く考えれば似たような事態になることは予想できることだった。
自分とポロに括り付けてある荷物を降ろし、メリエとアンナは村長についていった。
無いとは思うが万一のためにアーティファクトや竜の鱗などが入ったリュックには盗難防止のために盗もうとすると電撃を発動する罠を仕掛けておいた。
これで寝ている間に大切な荷物を失うこともないだろう。
アンナたち自身もアーティファクトで身を固めているのでそうそう危ないこともないはずだ。
これで襲撃があるまでは自分に仕事は無い。
メリエは恐らく今夜にでも襲撃についてや緊急時の動きなどについて打ち合わせを行うだろうが、今の自分はそれに関ることはできないのだし成り行きに任せるしかない。
なので徹夜した疲労も若干あることだし適当にのんびりさせてもらうことにした。
「(ポロはやっぱり慣れてるよね。メリエと旅をすると大体いつもこんな感じになるの?)」
「(そうですね。場所にも寄りますが、こうした小さな集落ですと同じような感じです。人間が多くいる町では自分の同族も見かけることがあったのでそこまで警戒されることはありませんでした)」
「(やっぱり人間にとっては竜って怖い存在なんだね。メリエやアンナと一緒にいると忘れそうになるけどね)」
「(私はともかくクロ殿は古竜種ですからね。人間だけではなく多くの生物にとって畏怖の対象だと思いますが)」
「(自分ではあんまり自覚ないんだけどね……)」
今まで竜の姿でまともに接した生き物はそれ程多くないのでイマイチ実感が湧かなかった。
それに怖がらせるような対応をしなければ狼親子やアンナたちのように好意的に接してくれる。
やはり自分の行動次第だということなのだろう。
広場に来た当初は好奇心や怖いもの見たさで村の人が遠巻きに自分やポロを見に来ていたが、暫くするとそんな人の壁も疎らになり、いなくなっていった。
動物園の動物達はこんな視線に耐えながら生活しているのか。
自分だったら一日で嫌になって逃げ出すだろうな。
暫く広場を堂々と占拠して寛いでいるとメリエ達が様子を見に来てくれた。
人間にじろじろと見られていたけど特に問題なく休ませてもらっていることを報告し、メリエ達からは現在の状況などを聞いていく。
「(計3回襲撃があったそうだが、どれも村に侵入される前に撃退したそうだ。最初の1,2回の襲撃では村の外の作物や家畜を食い荒らし、迎撃を受けて撤退した。昨日3回目の襲撃があったらしいが、村の周囲の食べ物を食べ尽くしたことで村の中に侵入しようとしてきたらしい。幸い柵と堀で防ぎながら応戦し、人的被害は出ていないが巨人種に柵の一部や門を破壊されてしまっていて次に襲撃を受けると内部に侵入される可能性が高いということだ)」
少ない人数でどうやって退けたのか疑問に思っていたが、矢を射掛けるのと村にあった魔物避けの香り袋をあるだけ使って追い返していたらしい。
物資が切れていたらここまで持ち堪えることも難しかったかもしれない。
「(なるほどね。次の襲撃を予想できるかどうか聞いておいてくれる? あと村で戦えそうな人間の数と襲撃があった場合戦えない人間はどうしてるのかわかったら教えて欲しい。そうしないとどう動くかも決められないし)」
「(今までの襲撃は3~4日おきだそうだ。その傾向から連日襲ってくるということは無さそうだが断言はできないな。食物を狙ってきているという点から考えると食欲に任せて村を襲撃しているといった感じだろう。村を壊滅させるのが目的なら敵に猶予を与えるといったことはせずに一気に攻め落とすはずだからな)」
魔者達の生活圏で食糧が不足したか、この土地に移動してきて食糧を求めているのかといった感じだろうか。
生きるために仕方なく襲ってきているというならあまり命を奪いたくは無いが、そうも言っていられないだろう。
喰うか喰われるか。今、自分が身を置いているのはそんな世界なのだ。
野生動物でも一度たくさんの食糧を得られるような場所を見つけると、何度もそこにやってくる傾向がある。
よく山のイノシシや鹿などが人里に現れて畑を荒らしていくといったことがニュースになるように、ここでも人間が育てた作物目当てに襲ってきているのかもしれない。
適当な対応で追い返しても味を占めたらまた間を置いて襲ってくるかもしれないのでそこも注意する必要がありそうだ。
「(今夜から明日にかけて対策会議を開く。その時に詳しいことを決めていくことになるだろう。町中に侵入された場合は人命を最優先とし、場合によっては村を放棄することも考えているそうだ)」
「(わかった。詳しいことが決まったら教えて。それまではのんびりしてるから。こっちも異変を察知したら知らせるよ)」
「(クロさん、無理はしないで下さいね)」
「(平気平気。アンナも危ないと感じたら身の安全を最優先にね。魔物もそうだけど村にいる間もアーティファクトを外さないでね。何があるかわからないから)」
あまり疑いたくは無いが、村の中にも敵は潜んでいるかもしれないのだ。
潜在的な敵対者に対しても対策を怠るわけにはいかない。
軽い連絡を済ませると、メリエとアンナは明日の朝食用にスイカボチャをゴロゴロと置いて村長の家に戻っていった。
ポロにはメリエが持ってきた食糧ではなく、村人からの差し入れなのか木の皮で包まれた生肉がドサリと置かれる。
よかった、事前に準備して。
村の中が暗くなると襲撃に備えてあちこちに篝火が焚かれた。
真っ暗闇では避難もできないし、襲撃してきた魔物も見ることができないので当然の処置だ。
寝転がっているポロと自分の近くにも篝火が二つ焚かれ、パチパチと生木が弾ける音が時折耳を擽くすぐっている。
いくらメリエ達の相棒という扱いでも竜の姿が見えないというのは怖いのだろう。
薪を補給に来る今夜の見張り当番の人は半べそをかきつつ恐る恐るといった感じで篝火に薪を補充していた。
下手に反応すると怖がらせてしまうので寝た振りをしてあげることにする。
やがて夜も更け、村の中も静まる頃になると自分達も寝ることにした。
見張り関係の人間は夜でも動き回っていたが今のところ自分達が気にすることでもないので遠慮なく休むことにする。
きっと人間に飼われているペットはこんな気持ちなんだろうなと思いながら地面に寝そべって眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます