これからのこと

 メリエと名乗った女性と別れ、自分達も町に入るための受付を行うべく列に並ぶことにした。

 やはり並ぶ人からは変な視線で見られたが気にしてもどうすることもできないので無視することにする。


 並ぶこと数十分。

 いよいよ受付の小屋が近づいてくる。

 中央門の周囲には鎧をつけた門番が六人いて、列の整理や受付への案内などをしている。


 門番の一人はファイルのような本を持っていて時折本を開いて見ている。

 犯罪者のリストとかだろうか。ここからでは何の本だかはわからない。

 大きな走車などは受付をしないでそのまま門を通っているものもあった。

 大手の商会とか予め通行許可を得ている人たちかもしれない。


 自分達の番になり、小屋の中に通された。

 小屋の中には鎧をつけた人間が四人いて、一人は書類を書き、一人は町に入ろうとする者と面接をするため机の前に座り、残り二人は出入り口に立って見張りをしていた。

 身なりがおかしい自分達を見て一瞬変な顔をしたが、すぐに仕事の顔に戻り事務的に話しかけてくる。


「見ない顔だな。この町に来るのは初めてか?」


 面接担当の男性が問いかけてくる。

 年は40くらいだろうか。精悍な顔つきでいかにも兵士といった見た目だ。


「はい。初めてです」


 ちょっと緊張の面持ちで質問に答える。


「あまり緊張しなくていいぞ。村などから初めて出てくるという人も珍しくないしな。ではどこの町でも同じだが注意事項を説明させてもらう。まず町の中での揉め事は控えること。ただし総合ギルドの管轄区ではそちらのルールが優先となるためその限りではない」


 緊張していることに苦笑いをし、説明をしてくれる。

 最初は格好のおかしさに訝しい視線を向けていたがそんなに悪い人では無さそうだ。

 あまり人の移動が行われていない世界なのか、自分達のように村から初めて出てくるといった人間も多いらしく、嫌な顔をせずに説明をしてくれた。


「次に、町に入る際は通行税を徴収している。これはどの種族も一律で一人銅貨5枚になる。ただし、市民証、ギルド発行の通行許可証かギルドカード、各国発行の通行許可証の何れかがある場合は通行税は免除される。一度町を出ると再度通行税が発生するが、特別な事情がある場合は受付でその旨を伝えてくれればその限りではない。まぁ、わからなければ受付に来るといいということだな」


「わかりました」


「では、何か通行許可を得られる証明書などはあるか? 無ければ一人銅貨5枚を払ってもらう。ああ、そうだ。君達は初めてこの町に来るのだったな。初めて町に入る場合はこの受付で名前と簡単な人相を記録させてもらっている。ま、犯罪防止のためだな」


「わかりました。通行証などは持ってないので通行税を払います」


「わかった。では支払い後に書記担当の方で少し人相を書かせてもらう。ま、髪の色とか種族とかそんな程度だ。すぐに終わる」


「はい。わかりました」


 アンナの持っている肩掛けカバンから革袋を出してそこから二人分の通行税、銅貨を10枚支払った。


「確かに受け取った。では、書記担当の方で手続きを行ってくれ。文字は担当が記入するから書けなくても問題ない」


 この地域の人間の識字率はあまり高くないようで、書記官が代筆をしてくれるようだ。

 その後、書記担当の人に名前を告げ、種族や人相を簡単に記録してもらって終了した。


「ようこそ、アルデルの町へ。歓迎するよ。案内が必要なら門の近くに案内係がいるはずだから探すといい。ああそうそう、これは忠告であって絶対じゃないんだが行政区にあるデカイ屋敷には近寄らん方がいいぞ」


「わかりました。色々とありがとうございます」


 無事町の中に入ることができて、ほっと胸をなでおろした。

 人相や種族を記録されるといわれてどうなるかと思ったが、普通に人間といって納得してもらえた。

 角や尻尾があるわけではないので疑われなかったようだ。


 門を通ると中央通りのような大きな通りがあり、様々な建物が見える。

 町並みは中世ヨーロッパ風だが、石材建築と木材建築が入り乱れていて統一感が無い。

 活気に満ちているが、兵士風の人間が多い気がする。

 巡回の警邏というには少し物々しい気がした。


「よかったですね。問題なく入れて。これからどうしますか?」


「とりあえず今夜の宿を探すことと服を何とかしたいね。そのためにはどこにどんなお店が在るのか調べたいなぁ」


 門の近くに案内看板のようなものが無いか探してみたが見当たらない。

 門番の人に言われた案内係を探そうかとも思ったが、まだ時間にも余裕があるし町を散策してみることにした。


 アンナも初めて訪れる町であるためか、色々なものに興味を示しているし丁度いいだろう。

 自分達の懐事情が芳しくないため、買い食いなどはガマンし、とりあえず町のどこに何があるのかを確認しながら歩き回る。


 暫く歩き回ると大体どこに何があるのかがわかってくる。

 どうやら大きく分けて4つの区画があり、それぞれ商店や宿の集まった商業区、住居の集まる住宅区、町の行政に関する施設が集中する行政区、鍛冶屋や工房などが集まった工業区に分かれているようだ。


 商業区には他の建物よりも数倍大きな三階建ての建物があり、それが総合ギルドの建物らしかった。

 また、身分の高い者達は行政区の中に門兵が立った大きな屋敷を持っていて、歩いて前を通っただけなのに嫌な顔をされてしまった。

 ここが門で近寄らない方がいいと言われた場所らしく、一般人が用も無く行く場所ではなかったようだ。


 ただやはり兵隊のような人間が多い気がする。

 どこに行っても鎧をつけた人間が目に留まるし、商業区の酒場や食堂にはそんな人間でごった返しているところもあった。

 何かあるのだろうか。


「一回りして大体どこに何があるかわかったし、買い物は次にしてまず宿を探そうか。お腹も減ったしね」


「はいー。さすがに疲れましたね……」


 とりあえず疑問に思った兵隊のことは棚上げし、アンナと商業区の宿屋を見て回る。


「色々な宿がありますけど、どこがいいんでしょうね」


「そうだねー……あっ。いいこと思いついたよ」


 建物の間の路地にいる猫を見つけて閃いた。アンナの手を引いてゆっくりと猫に近づく。

 木箱の上で丸くなっているトラ模様の猫だった。


「かわいい猫さんですね。あ、もしかしてまた疾竜のときみたいに?」


「うん。猫が知ってるかわからないけど良さそうな宿を聞いてみようかなと」


 無論猫に宿の良し悪しなどわかろうはずもないが、人が多く出入りしている店や入っていく人の様子などから情報が得られるのではないかと思ったのだ。


「(こんにちは)」


「(! ……おや珍しい。変わった魔法をお持ちですね。獣術とも違うようだ。それに不思議な雰囲気……。私に何か御用ですか?)」


「(この辺のことに詳しかったら教えてもらいたいのですが、人の出入りが多かったりする建物を知りませんか?)」


「(ええ。知っていますよ。3つ先の建物が多くの人間が出入りしていますね。あそこの主人は私にもよく食事を出してくれる優しい方ですし、味もとても良いですよ)」


「(丁寧にありがとうございます。早速行ってみますね)」


「(いえいえ、お安い御用です。良ければまた声をかけて下さいな。変わったお方)」


 教えてくれた猫にお礼を言うとニャーと返事をしてくれた。

 可愛い。撫で撫でする手が止まらなくなりそうだ。アンナも嬉しそうに一緒に撫でている。


「3つ先のお店が人気があるみたいだよ。そこに行ってみよう」


「はい。動物とお話できるなんて羨ましいですね。私も猫さんとお話してみたいなー」


 動物と意思疎通ができることが羨ましいらしい。

 術をかけてあげることはできないが通訳くらいはしてあげようか。


「今度は通訳してあげるよ」


 苦笑しつつアンナの手を引いて言われた建物に向かう。

 宿の看板は読むことができないがとりあえず中に入ってみることにした。


「いらっしゃいませ。ようこそ風の森亭へ。お泊りですか?」


 中に入ると18歳くらいの女性が長いさらさらの金髪を揺らし、カウンター越しに迎えてくれた。

 とても優しそうな女性で、頭に狐のような耳がついている。獣人だ。

 隣でアンナが女性の大きな胸と自分の胸と比べて呆然としていた。やはり小さいのを気にしているようだ……。

 服一枚に裸足という格好で入ってしまったが特に咎められるようなことはなかった。


「宿を探しているんですが、一泊二人でいくらですか?」


「はい。一部屋でしたら朝晩の食事付きで銀貨1枚になります」


 銀貨1枚か、まだお金の価値がよくわかっていないので高いのか安いのかの判断はできない。

 しかし手持ちの銀貨が20枚なので泊まれないことはない。

 探し回るのも面倒だし、ここに決めてしまっていいだろう。

 明日他の宿も見てみて高ければ変えればいいのだ。


「じゃあ一泊お願いします」


 そう言って銀貨1枚を手渡した。


「ありがとうございます。お泊りになる方のお名前を教えていただけますか?」


 そういうと分厚い宿帳を後ろから出してきて何かを記入していた。

 名前と宿泊日数だろうか。

 字が読めないというのは思った以上に不便だ。

 これは文字の学習をするか、そうでなくても文字を読むための手段を確保するべきかもしれない。


「ではお部屋にご案内します。こちらへどうぞ」


 階段を上がり、奥まった場所にある部屋に案内される。


「こちらになります。鍵は一応内鍵がありますが、念のため貴重品など無くしては困るものは身につけておいて下さい。食事の際は一階奥の食堂にお越し下さい。ではごゆっくりどうぞ」


「ありがとうございます」


 部屋の中は六畳ほどの広さで窓が一つ。

 あまり綺麗ではないがベッドが二つあり、テーブルには蜀台が置かれている。

 本当に寝て起きるだけしかできない部屋だ。


「私、宿に泊まるなんて初めてです。こんなお部屋なんですね」


「これが普通なのかどうかわからないけどね。それよりごめんね。男と二人部屋にしちゃって。あんまりお金に余裕があるわけじゃないから今回はガマンしてね」


「い、いえ! 全然気にしませんから! いつも同じ部屋でも大丈夫です!」


 え、普通このくらいの年頃だと嫌がるものじゃないのかな。

 この世界ではこれが普通なのだろうか。


「う、うん。わかったよ。じゃあ食事の時間まで明日のことを話しておこうか」


「はい。明日はお店に行くんですか?」


「うん。服とか日用品を見てこよう。それとあんまりお金に余裕があるわけじゃないからお金を稼ぐ手段も考えないといけないね」


 今の状態だと他にお金を使わなかったとしても20日分の宿代しかない。

 日本での生活を考えると服や日用品を買い揃えたらすぐになくなる気がする。

 必要なものを買ったらすぐに森に戻ってもいいのだが、情報収集はしておきたいし、アンナのことを考えると森での生活はあんまりいいものだとは思えない。

 暫くはここで生活できるようにすることを考えるべきだろう。

 それに考えていることもある。


「あのね。僕もアンナも世界のことってあまり知らないでしょ? 今後のことを考えて常識と知識のある人と知り合いになっておこうかと思うんだよ」


「なるほど。確かにその方がいいかもしれませんね。でもその人はどうやって探すんですか?」


「うん。それなんだけど、自分のことを知られても大丈夫な人がいいから、奴隷を買おうかと考えてるんだ」


「ええ!? 奴隷って結構なお金が必要ですよ? 私の住んでいた村でも農業奴隷がいましたけど、今のお金じゃ全然足りないくらい高いという話でしたし」


 アンナは奴隷として売られている時に、自分にいくらの値がつけられていたかは知らないそうだ。

 ただ買ったハンターは二束三文と言っていたので高額ではなかったのだろう。


 普通に考えて、何かの技能を持っていたり、体力的に優れていたりすれば値段も上がるだろうし、アンナのように労働力にはならないのならそんなものなのかもしれない。

 この国の奴隷制度などもよくわからないので、その辺も知っておく必要があるだろうから、買うとしてもまだ少し先になりそうだが。


「実はね。ちょっと危険な方法ではあるんだけどお金については何とかなるかもしれないんだ。だからもしお金が工面できたら色々知っている学のありそうな奴隷を探して買ってみようかと思うんだ。いつも傍にいてくれれば色々なことをいつでも聞けるから助かると思うよ」


「なるほど。でも危険な方法って……大丈夫なんですか? 犯罪とかじゃないですよね?」


「うん。別に誰かに迷惑をかけたりはしないよ。何度もその方法でお金を稼ごうとするとまずい気がするけど一回なら多分大丈夫だと思う」


「わかりました。じゃあクロさんにお任せしますね。あの、こんなこと言える立場じゃないかもしれませんが、もし奴隷を買うことになるなら仲良くできるような人でお願いします」


「その辺は心配しないでいいよ。雰囲気が悪かったり一緒に居て気が休まらない人なら学があったとしても買わないから」


 それはそうだろう。

 一緒にいて気を張り詰めていなければならないような人は欲しくないし、信用が置けなければ裏切られる可能性も出てくる。

 その辺はよく見極めなければならない。


「まぁお金についてはすぐに調達できるわけじゃないから、ちゃんと働いてお金をもらえるようにしようと思ってるよ。生活費も必要だしね。とりあえず晩御飯を食べて今日は休もうか」


「はい。私も働き口があれば頑張って働きますね!」


 やる気を出してくれているところ申し訳ないのだが……。


「アンナはまだダメ。まだ体が回復してないし、栄養のある食事を摂って体力をつけるのがアンナのお仕事だよ。だから暫くはゆっくりしていること」


「う……でもそれだと私……」


「いいの! まずは体を優先すること。約束だからね」


 健康体に戻るにはまだ暫くはかかるだろう。

 今無理をすれば回復が遠のいてしまうし、アンナの気持ち的には受け入れ難いかもしれないが、これは譲るわけにはいかない。


「気持ちはわかるけど今はガマンしてね。回復したら色々お願いするからさ」


「はい……わかりました」


 落ち込むアンナをなだめつつも、食事に向かうことにする。

 腹を満たせば少しは気分が良くなるだろう。

 受付で言われた宿の食堂に行くため、アンナの手を引いて部屋の扉を出るのだった。

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