第32話 気持ち悪い二人の回

 あの頃既に両親が離婚していた俺は、を着せ替え人形として扱う八歳年上の姉ちゃんによって毎日女の子の服装をさせられて保育園に通っていた。もしかしたら姉ちゃんも、離婚によって以前よりも構ってもらえないという寂しさからそういう行動に出たのかも知れない。


 当時母さんは「気持ちが辛くなる病気」ってやつを患っていた。多分今考えるとうつ病だったんだろうけど、俺にはそう説明されてたから子どもながらに心配してた。離婚後から日常の言動が不安定になってしまった姉ちゃんの奇行によって、俺が女の子として保育園に通うのも母さんは正すことが出来ずに黙認してた。


 保育園の先生たちも特に俺が友達から何か言われる事もなく受け入れられていた事と、俺自身が自分の性別に関してよく理解できておらずそこまで嫌がってなかった事もあって様子を見ていたのだろう。


 園児の俺はよく小学生の姉ちゃんに漫画を借りていた。まだ小さいから絵本を読むのと同じ感覚で読んでた漫画に、カイルとシャルロッテが出てきたんだ。

 異世界転生前の記憶だと思っていた割に、二人の馴れ初めとか経緯の詳しいところを覚えていないのは、あの時の俺がまだ子どもで難しい事が理解できていなかったから。あの印象的な森の中から小屋へと帰るシーンは、とても気に入っていて何度も読み返していたシーンだった。


 俺がずっと異世界転生前の記憶だと思っていたのは、子どもの頃に読んだ姉ちゃんの漫画『家出令嬢は森の中で狩人と暮らす』の内容だったということだ。


「俺は賢太郎にカイル役をやらせて、自分はドレスを着ているからシャルロッテだと。それで毎日のように『カイルとシャルロッテごっこ』をしてたんだよな」


 今考えると物凄く恥ずかしい思い違いで、再会してからよく賢太郎も笑わずに付き合ってくれたなと思う。突然俺が転生後のカイルだと思い込んで話してるんだから驚いただろう。


「ダイからちゃんと聞くまでは、ヒカルが俺たちの遊びと俺のことを思い出したんだと思ってたんだ。まさか転生前の記憶だと思い込んでるとは知らなくて」


 つまりあの保健室で会話をした時には、賢太郎の事を『転生前の夫でカイルだった人』と認識してたけど、実は『ごっこ遊びでカイル役をしてくれてたただの幼馴染』だったって事で。


「でも、どうしてダイは俺たちの事情を知ってたんだ?」

「俺は小学生になる前に引っ越したから中学は別だった。でもたまたま街でダイと再会して、俺がしつこくヒカルの事を聞いたんだよ。そしたら洗いざらい吐けって言われて……」

「洗いざらい? 何を吐くって?」


 ダイも俺達と同じ保育園だったから、賢太郎の事は覚えてたんだろうけど。


「はぁ……。俺がヒカルの事をずっと好きだったってバレたんだよ。それでダイの奴、面白がって何から何まで話せってしつこくてさ」


 賢太郎はそう言いながらガシガシっと短髪を掻くようにしているが、さりげなく手で真っ赤になった顔を隠しているようにも見える。


「賢太郎……、俺の事ずっと好きだったのか⁉︎ 保育園から⁉︎ ずっと⁉︎」

「あーッ! もう! そうだよ! 保育園の頃からずっと俺はヒカルの事が好きで、でも会いに行く事は出来ないから時々共通の知り合いに様子を聞いたりしてたんだよ! 本っ当に気持ち悪いよな!」


 耳の先まで真っ赤にした賢太郎は、やけっぱちになって叫んだ。いつもの冷静で大人っぽい賢太郎はすっかり居なくなり、記憶の中の小さくて表情豊かな賢太郎と重なった。


――賢太郎、大好きだよ! 夫婦になってずっと一緒にいようね!


 あんなに小さくて、俺がめちゃくちゃなごっこ遊びをしようと無理を言っていた頃から、約束を守ってずっと好きでいてくれたのか。


「俺の方こそ、小さい頃はフリフリのワンピースとか着てたし。再会してからも転生前には夫婦だったとか何とか、頭の痛い事言ってたし。気持ち悪いよなぁ……」

「おい、泣くなよヒカル!」

「泣いてない! 賢太郎が約束を忘れずに、俺の事そんなに好きだったって知らなかったから。嬉しいんだよぉ……ッ」


 ボロボロ涙を零してるのに泣いてないと言い張る俺と、そんな俺の対応にひどく困ったように眉を下げて俺の肩をさする賢太郎。けれど賢太郎の瞳だって潤んで涙の膜が分厚く張っているのに気付いていた。


「でも……あれ? そもそも何で俺は賢太郎の事忘れてたんだろ?」


 手近にあったティッシュペーパーで涙と鼻水を拭き取った俺は、ふと気付いた疑問を口にする。あれほど好きだった賢太郎の事を、すっかり忘れる事なんて有り得るだろうかと。


「ああ、それは……」


 心なしか暗い表情になった賢太郎は、ポツリポツリと過去の出来事を口にし始めた。


 





 

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