第17話 二人だけの部活を発足するの回

 あのキツイ筋トレもランニングも、自分なりにはこれからも頑張っていこうと思っていた。

 だけど周囲にとったら迷惑でしかない自分の存在がひどく申し訳なくなったこと。

 たった二日で退部するなんて本当に情けないとは思ったけど、周囲の腫れ物に触れるような視線が怖くなって逃げ出したと正直に伝えた。


「なるほどな。確かにヒカルは運動音痴だから、初めからあのトレーニングはキツイよな」

「運動音痴は認めるけどさ、改めて言うなんてひどくない?」


 自分でも分かってはいたつもりだったけど、冗談混じりとはいえ改めて言われるとやっぱり周りから見てもそうなのかと落ち込んだ。

 肩を落としてガックリと項垂 うなだれた俺に、賢太郎はさも可笑おかしそうにしながら謝った。


「悪い悪い。だけど、ヒカルが辞めたんなら俺も山岳部に入ってる意味ないな。俺も辞めるか」

「えっ、そんな不純な動機で退部していいの?」


(確かに賢太郎は初めから俺がいるから入ったとか言っていたけど、俺が辞めたからって退部していいものなのか?)


「そもそも、山岳部って仲間同士で励まし合って活動するような部活じゃないのか? それを、仲間が辞めたくなるような態度をするような奴らと三年間もやっていく気なんて無いね」

「まあそりゃそうかも知れないけど……」


 一番の原因はあまりに運動音痴な俺が悪いんだとは思う。それでもそうやって怒ってくれる賢太郎にホッとした自分がいた。

 俺だってめちゃくちゃ楽しみにしていた分、本当は凄く悔しかったから。


「ヒカルは自然が好きだから入ったんだろ、山岳部。別に部活じゃなくても、登山をしたりアウトドアを楽しんだりしたっていいじゃないか」

「だって、俺には一人でできる気がしなかったから。だから山岳部に入って、仲間と一緒に出来ればいいなと思ったんだよ」


 どうしてもあの異世界で見た湖面の美しさや、そこに映る木々の緑や青い空、木や土の匂いを実際にこの身で感じたかった。


「それなら俺と二人でやればいい。二人でマイペースにやれば、運動が苦手なヒカルだって大丈夫だろ」


 思わぬ申し出に俺は感極まって、ガバリと賢太郎に抱きつき興奮気味に確かめた。


「マジで⁉︎ 本当に一緒にしてくれんの⁉︎ 二人だけの部活⁉︎」

「ははっ! なんだよ、二人だけのって! 何でもいいよ、ヒカルがやりたいならやるよ」


 笑顔でポンポンと大きな手で優しく背中を叩かれてから、自分から賢太郎に抱きついていることに気付く。

 カァーッと顔が熱くなってから、思いっきり背を反らして身体を離した。


「ご、ごめんっ! つい……」


 子どもみたいにはしゃいでその勢いで抱きつくなんて、急に自分がした事が恥ずかしくなって、熱くなった顔を両手で扇ぎながら謝った。


「何で離れるんだ?」


 不満げに言う賢太郎は、明らかに俺を揶揄からかうような口調で。

 相変わらず大きく早く脈打つ心臓が、これから先も賢太郎といてちゃんと持つのか心配だった。

 何だか妙に照れ臭くて一度下げた顔を上げられない。


「賢太郎が近くにいると、胸が痛いし呼吸が苦しい」


 下を向いたまま俺が恨めしそうにそう言うと、俺の頬を両手で挟んで上を向かせた賢太郎は満足げに笑う。

 間近にある顔にドキドキしているのは自分だけなんじゃないかと思うと、いつも落ち着いていてどこか大人びた雰囲気の賢太郎が妬ましい。

 やっと両頬から手を離したと思ったら、今度は頭をグシャグシャと撫でてくる。


「そっかそっか。ヒカルは可愛いなぁ」

「何だよ。馬鹿にしてるだろ?」

「馬鹿にしてない。ヒカルが俺の事を意識してくれて嬉しいんだよ」


 そういえば、はいつから俺のこと好きだったんだ?

 そもそも、いつから賢太郎はシャルロッテと俺の事を思い出したんだろう?


「なぁ、賢太郎はいつシャルロッテ……俺の事を思い出したんだ?」


 照れ臭い気持ちを誤魔化すように、何気なく聞いた俺の問いに賢太郎はヒュッと息を呑んだ。

 だけどすぐに普段の表情と声色に戻って「それは追々おいおいな」と言い、ベンチから立ち上がる。

 何だ? 引っかかりを感じたものの、続く賢太郎の言葉で僅かな違和感は霧散してしまう。


「ほら、もうこんな時間だし。帰るぞ」


 そう言われて自分も立ち上がり、やっと辺りを見渡せばいつの間にか結構暗くなっていた事に気付く。

 ベンチの真上にある電灯に照らされたこの一帯だけがポッカリと明るいが、公園内の遊歩道や木々の影は真っ暗で不気味な箇所もあった。

 視線を向こうにやれば、さっき転んだところにある古びた街灯がピカピカと明滅しながらすっかり暗くなった道路を照らしている。


「本当だ! 全然気付かなかった!」

「送って行くよ。ヒカルんちまで」

「いや、いいよ! 賢太郎の家は反対方向なんだろ?」


 慌てて俺がそう言うと、賢太郎は公園の遊歩道の暗がりを親指でクイっと指して口の端を持ち上げる。

 

(少し意地悪そうな顔つきに見えるのは俺の気のせいなのかな?)


 

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