第14話 男同士の修羅場の回

 タッ……タッ……タッ……というリズムが良い足音は段々と近付いてきて、少し離れたところで止まったと思えば、またゆっくり歩くような音に変わった。


(誰かがすぐ後ろにいる……)


 仮にも泣いているとはいえ男子高校生だから、痴漢のたぐいではないと思うが何だか気味が悪い。


(どうしよう、振り向こうか……)


 悩んでいるうちにポンっと肩を叩かれて、俺は完全にビビっていたから、とんでもない絶叫と共に文字通り前方に飛び跳ねた。


「ぅぎゃぁぁぁっ!」

「わぁっ! 悪い!」


 俺が奇声で驚かせた相手はすぐに謝罪の言葉を告げたが、その声で相手が誰だか分かってしまう。


 そのまま手をついて倒れ込んで、昨日ぶつけた膝をまた打撲した。近頃はどうしてこんなに転んでばかりいるんだろう。

 気まずい気持ちと、痛みと情けなさで顔を上げる事が出来ず、なお一層大粒になった涙を次々に頬へと伝わせる。

 もう消えてしまいたいくらいに落ち込んでいる俺の上にスウッと影が落ちた。


「ヒカル……」


 耳に届いたのはとても心地よい声で、だけど今は一番聞きたくない声でもあった。


「大丈夫か?」


 人気のない道端で馬鹿みたいに泣いて座り込んでいる俺に、優しい声音で声を掛ける賢太郎はすぐ傍にしゃがみ込む。


 シュッとした切長の瞳は心配を露わにしていた。その瞳を見るだけでやっぱり俺の胸はうるさいくらいに高鳴って、胸が痛いほどにキュッと締め付けられる。

 恨み節みたいな言葉が、湧き水みたいに次々と溢れてきそうだった。


(俺の気持ちが迷惑なら、優しくしないでくれ)


「ごめんな」

「……何が」

「昨日……、ヒカルからのDMに返事返せなくて」


 聞きたくない、聞いたらもう友達でさえ居られないんだと考えて、俺は両耳を手で塞いだ。

 どうして俺たちはシャルロッテとカイルなのに、男同士で転生してしまったんだろう。

 男女だったら、上手くいっていたんだろうか。


「別に返したくなかったんなら今更謝るなよ! 迷惑だったんなら、こうやって俺に優しくするな!」


 俺の心を遠慮なしに素手でグッチャグチャにかき混ぜられたような気がして、とても不快だった。

 八つ当たりみたいな感情だって自分でも分かってたけど、恥ずかしいのと情け無いのとで、ただ今は強がるしか出来ない。耳を塞いだまま、噛み付くように怒鳴りつける。


 そんな俺の両手をそっと耳から外した賢太郎は、涙と鼻水で汚れた俺の顔を覗き込んでからはっきりと告げた。


「迷惑じゃない」

「は⁉︎ 迷惑じゃないって言うけど、じゃあ何で返事返さないの?」


 彼氏に詰め寄る女みたいな事を言ってるなと思いながら、それでも今日ばかりは良く喋る口が止まらない。


「あんな風にされたら、賢太郎だってあの時と変わらず俺のこと好きなんだと勘違いしちゃうだろ!」


 馬鹿でかい声で叫ぶように言ってからすぐに、ハッとして口をつぐむ。

 すぐ近くを中学生の乗った自転車が二台並んで走り抜けていく。

 

「えー、何だよあれ。修羅場?」

「でも、男同士だろ?」

「まじかー」


 白いツルツルの玉子みたいなヘルメットを被った男子中学生達は、チラチラとこちらを振り向きながら笑い合って遠のいて行く。


(そうだよな、変だよなこの関係は)

 

 俺は二人の話を耳にしながら、ぼーっとその後ろ姿を眺めていた。

 ああ、このまま溶けて消えてしまいたい。そう思ったらまたジワリと涙が溢れてきた。


「とりあえず立てるか? ここだと危ないし、どこかで話し合おう」


 二の腕を持ち上げて立たせようとする賢太郎の手は俺より大きくて優しくて、もうこれ以上抗うことなんて出来なかった。

 ノロノロと立ち上がった俺は、連日打ちつけてしまった膝の痛みを思い出して顔をしかめる。

 

「どこか痛むのか?」

「別に」

「歩ける?」

「歩ける」


 全部賢太郎が悪いんだと、心の中で悪態を吐きながら痛みを誤魔化した。

 手のひらもジンワリ痛んだが、胸の痛みに比べたらどれも大した痛みじゃない。


 心配そうにこちらを見つめる賢太郎の視線には気づかないふりをした。


 すぐ近くのさびれた公園にある石造りのベンチに腰掛け、周囲に植えられた青々しい木々の、ザワザワと葉が揺れる音に包まれながら、俺達はお互いの様子を探っていた。

 意味もなく、ブレザーの裾を触ってみたりベンチの感触を手で触れて確かめたりする。


 やがてそこらじゅうの酸素は吸い尽くしたんじゃないかと思うくらいに息苦しくなった頃、重い沈黙を破ったのは賢太郎の方だった。



 






 



 

 









 

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