第13話 たった二日で、の回

 このまま賢太郎に会うのは気まずいけど、放課後の部活では何も無かったように笑顔で話をしよう。

 そう決めたって、何の気休めにもならなかった。


 自業自得という言葉が急に質量を持って、潰れる限界まで重く全身にのしかかる。

 昨日まではあんなに楽しみだった部活までの時間すら、今は苦痛へのカウントダウンでしかない。


 けれど時間というものは本当に意地悪で、自分の捉え方次第で速く感じたり遅く感じたりする。

 今はなるべく時間をかけたいのに、あっという間に放課後になってしまった。


 今日も部活の主なメニューはストレッチ、筋トレとランニングだった。その後に昨日は無かった座学があるらしい。

 今日も賢太郎と数名の一年生は遅れているらしく、姿は見えない。

 正直、どんな顔をしたら良いのかとまだ決心がついていなかったからホッとした。


「宗岡くん、辛かったら早めに伝えてくれたらいいからね。倒れて怪我でもしたら大変だから」


 山岳部男子の部長は黒縁の眼鏡を掛けた真面目そうな先輩で、部活が始まるとすぐに声を掛けに来た。

 見た感じはそんなに筋肉が逞しそうには見えないのに、三年間この部活を続けてきたのだから体力はあるんだろう。


「はい、ありがとうございます。昨日はすみませんでした」

「いやいや、気にしなくていいよ。最初は辛いからね。辞めていく人も多いし、とにかく怪我とかしなければ大丈夫だから」

「はい……」


 昨日倒れた事は部員全員に知られていて、顧問からも何人もの先輩からも「無理はするな」と言われた。

 心配してくれているのだろうが、何となく初っ端から部内での居心地が悪くなったのを感じる。


「宗岡くん、大丈夫? 次はこうやって……」

「はい、大丈夫です」


 一年生の部員達は早速仲の良いグループが出来て楽しく筋トレをしていたが、俺は何故か顧問から言われて二年生の先輩と組まされて指導を受けている。


 ランニングは、「今日だけは大事を取って休め」と言われて走らせてもらえなかった。

 ここでも腫れ物扱いされているのだと理解した。


 ただ楽しく自然の中で過ごしたいと思っただけだったのにと、急に鼻の奥がツンとしてくる。

 賢太郎の事があって、自分も敏感になっているんだろう。

 先輩や顧問、みんなの優しさが素直に受け入れられていないのかも知れない、誰も俺を腫れ物扱いなんてしていないんじゃないかと考えてみたりもした。


 だけど座学で登山の大会についての説明やルールを教えて貰ったあと、決定的な言葉が俺の耳に届いてしまう。


「なぁ、宗岡みたいにすぐ倒れる奴がメンバーにいたら、大会とかどうなるわけ?」

「まあなー。団体競技だから、その時は皆に迷惑かかるよな」

「辛そうな顔を見せずに登らないといけないってルールなのにさ、アイツめっちゃ運動音痴じゃん。無理だろ」


 たった二日。

 俺は部活終わりに、「皆に迷惑を掛けることになっては申し訳ないから、退部する」と顧問に伝えた。


 それを聞いた顧問のゴリラも、ホッとした表情で「保健の先生に聞いたが、お前は昔から体が弱かったみたいだな。無理しない方がいい」と言った。


 どこで間違えた情報なのか、昔から体が弱いなんてそんな話は知らない。だけどとにかくホッとしたような顧問の顔を見たら、否定する気も起きなかった。

 段々と視界が滲んできたから、この二日間のお礼を言ってさっさと帰ることにする。

 一年の奴らがチラチラこっちを見てたけど、居た堪れなくてその場を逃げるようにして早足で去った。


 今日の部活、途中で他の一年生は全員来たのに賢太郎は結局来なかった。

 

「何だよ、『部活の時、なるべく傍でいるから』とか言っておいて。来もしないじゃないか。そこまで俺の告白が迷惑だったのかよ……」


 自宅への帰り道、俺は歩きながら年甲斐もなくボロボロと涙を零して一人呟いた。

 こんな人気のない道では誰も見咎める事もないだろうと、タオルで涙を拭き取りながら歩く。


「それじゃあ何であんな態度をしたんだよ。どっからどう見ても、両思いだと思うじゃないか……ッ」


 大粒の涙を零しながらタオルで口元を押さえつつ、その中で恨み言を言う男子高校生は俺くらいだろう。


 最近は色んなものをサイレンサーみたいにして使っているなぁとぼんやり思っていると、後ろから誰かが走って来る足音がした。

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