第4話 入部初日の大失態の回
ダイが教えてくれた同級生の名前を呟いた俺は、その後も授業が上の空になるほどに放課後になるのが待ち遠しいと思っていた。
「じゃあな、ダイ! 部活行ってくる!」
「おう、頑張れよ! 怪我はすんなよな!」
「大丈夫だよ! またなー!」
放課後になるとすぐにダイに向かってそう宣言して、生徒たちがまだ談笑している教室を早足で通り抜ける。
まだ席で帰り支度をしていたダイは笑顔で俺に手を振っていたけど、また今からどこかに遊びに行くのかいつものグループに名を呼ばれていた。
ダイみたいな高校生活を送るのも、羨ましく無いわけではない。
だけど俺はやっぱりゲーセンやカラオケに行くよりも、自然の中でのびのびと活動する方が好きだ。
青々とした木々の生い茂る中で土の匂いや木の匂い、水の流れる音を感じたい。
いつからそんな風に思い始めたのか、もう思い出せないけれど……。
昔と違って今この近辺は森も裏山も開発によって無くなってしまったから、自然に触れるには少し足を伸ばしたところにあるところまで行くしかない。
だけど元々一人が嫌いな俺は、単独で登山をしたって面白くないだろう。
何よりも中学の時に俺が思いつきで山登りをすると言ったら、心配した母さんがものすごい勢いで怒った。
それならば高校では山岳部に入って仲間と自然を満喫しよう、と思ったのがきっかけだった。
それなのに……今ではきちんと下調べをしなかった事に大きな後悔しかない。あれほど登山の道具に関しては調べた癖に、山岳部の具体的な活動内容については調べもせずに想像だけを膨らませていたんだから。
(俺の欠点はこういうところだ。詰めが甘い)
山岳部初日の活動は、基礎体力トレーニングという名のまるで陸上部のように本格的な運動メニューだった。
せっかくだからとダイが教えてくれた『佐々木 賢太郎』という同級生を探してみたが、新入部員の自己紹介が始まってからも姿を見せなかった。
何人かはクラスの用事で遅れているらしいから、後で来るのかも知れない。
そして始まったトレーニング。ストレッチまではまだ良い、運動が破滅的に苦手な俺でも何とかついて行けた。
今ここに新入部員は男子だけでも二十名ほどいて、その誰もがにこやかにストレッチをしている。
俺は硬い身体を必死に折り曲げたり伸ばしたりしながら皆に合わせて平気な顔をしつつ、しかし実は冷や汗を流しながらも懸命に取り組んでいた。
あれだけ焦がれた山岳部の活動。意気揚々と入ったというのに、極度の運動音痴だという事など絶対に周囲には知られたく無い。
「こらー!
ところが問題はストレッチ後の校外ランニングだった。
運動自体が苦手な俺はとっくに周回遅れで、コース途中の道沿いで立っている顧問から何度も声を掛けられた。励まされてもこれ以上はどう頑張っても早く走れない。
「はあ……っ、はあ……ッ」
出来る限りの全速力で走っているつもりなのに、流れていく景色は何故だか歩いてるみたいにゆっくりな速度だ。
足が
それに、あんまり辛くて口で呼吸するもんだから、喉がカラカラになって舌が口の中に貼り付く。そのうち鉄っぽい嫌な味が口に広がっていく。
そのせいなのか、さっきから胃がムカムカして気持ち悪い。
「あー……気分悪い……」
思わずそう口にした時、スウッと一気に全身が冷えていく感じがした。血の気がひくってこんな感じかなとぼんやり考える。
「ヒカル……っ!」
(誰かが俺の名前を呼んだ。返事しなきゃ……)
個人商店や街路樹の並ぶ景色がゆっくりと回転したと思ったら、いつの間にかひび割れたアスファルトの舗装が目の前にあった。
(あれ……、転んだ……?)
いろんな物が混じってデコボコした黒い地面。そこに転がる白っぽい小石が妙にデカく見える。そんな小石が頬の下敷きになっているのか、ちょっと顔がジンジンする。地面の匂いだろうか、とにかく何とも言えない不快な匂いを感じた。
少し離れたところから誰かのランニングシューズが近づいて来るのが見える。耳を当てたアスファルトを伝って聞こえる足音と振動が、頭に響いてすごく耳障りで。
(最悪だ。カッコ悪すぎる……)
そんな風に思いながら、そのまま俺は重くなった瞼に抗うのをやめてゆっくりと閉じる。寝そべったアスファルトに全身が飲み込まれるように、ズブズブとどこかに沈み込んでいく感覚は深い眠りに落ちる瞬間に似ていた。
やがて意識が遠のいたあと、どうやら夢の中へ迷い込んだみたいだ。
ザワザワと風に木々の葉が揺れる音がする。どこからか鳥の声は聞こえるが、姿は見えない。
鼻をつくのは自然を感じる土と木の匂いで、思わず大きく息を吸う。
(ここは……)
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