第10話 勉強の意味

母は貴也の事が偉く気に入っているようで、何かと会話に名前が出てくる。それが、和也をイラつかせた。


(アイツ、俺の親あった途端笑顔になりやがって)


イライラとしながら、塾ビルに入ると乱暴にエレベーターのボタンを押した。エレベーターはすぐに扉が開いた。その時ちょうど、後ろを歩く貴也の姿が見えた。一緒に乗るのが嫌でさっさと扉をしめた。


塾の玄関に到着すると、受付で登校カードをかざした。カードをかざす事で登校時間が親の携帯に連絡される。

これを忘れると母から鬼のような電話がくるため和也は絶対にかざす事を忘れなかった。


6年用の自習室に入ると一番後ろに座り当たりを見ると、生徒はまばらであった。


和也はため息をつきながら、鞄を開けた。そこにはファイルに入っていた多量のテキストのコピーがあった。


和也はその中から算数のファイルを取り出した。ファイルからコピーされたテキストを取り出すとメモが貼ってあった。


“前回のテストで間違えた問題の単元をコピー”


(あぁ~、テストのやり直しをしたんだからテキストの方はやんなくてもいいだろ)


鞄の中のファイルを確認すると全て同じメモがあり、更に何のテキストの何ページか細かく書かれていた。それが和也はウザく感じた。


算数のテキストを開き、ペンクルクルと回していると一番前の席に座る貴也の姿が目に入った。


(もう来たのかよ)


貴也の背中は真っ直ぐ伸びていた。

机に顎をつけている和也とは全く違った。


和也の耳に、貴也が鉛筆を動かす音が聞こえた。


(スラスラとすごいねぇ。天才はちげーよーな)


鉛筆を動かす音と共に紙をめくる音がした。次々とこなしていくのが和也に伝わり彼は気分が良くなかった。


(俺だって、アイツみたいに勉強できりゃもっと真面目にやるよ。でもさー実際、アイツみたいにできねぇし)


クルクル回していた鉛筆をとめてテキストに書いてある数字に足をはやしてみた。それが、面白くて次々に書き、あっという間に数字が擬人化した。


更に吹き出しをつけて、数字たちに会話させた。


0:「俺は何で一番前になれないだろう」

9:「それはお前が“ない”からだよ」

0:「“ない”じゃねぇ」


和也は声を出さないよう注意しながら、笑った。肩か震えたので机が揺れた。


そんな事をしているうちに、事務員がきて授業時間が近いことを伝えた。


準備をしていたようで、貴也はすぐに立ち上がると自習室を出ていた。その時、貴也はチラリと窓際に座っている男子を見た。


和也はその視線に気づき、同じ方向を見た。


(天王寺憲貞か?)


同じクラスであるためすぐ名前がわかった。


(なんで、アイツを気にするんだ?)


憲貞は和也と同じ最下位クラスだ。最上位クラスの貴也が気にするような人間ではない。


(学校もちげーしな。天王寺がどこの学校だかしらねぇけどな。まぁ、アイツはアレか。金持ちだな)


不思議に思いながら、落書きをしたテキストのコピーをファイルに入れて鞄にしまった。


クラスに入ると、全員が着席していた。和也はのんびり、一番後ろの席に座った。

憲貞は一番前に座っている。貴也が気にしていたから和也も気になった。


担当講師が来ると算数の授業が始まった。まずはいつも通り、計算テストだ。


テスト用紙が配られると、和也はぼーっとそれを見た。鉛筆を動かしたがやる気がでず、一問解いてる間に15分が経過して丸付けの時間になった。


隣の人と答案用紙を交換して丸付けを行う。


和也の隣に座っていた生徒は彼のテストを見ると受け取らず、和也の前に置いたまま赤鉛筆で罰をつけた。それから、自分の答案を和也の前に置いた。


半分ほど埋まった答案。


(てめぇーもかわらねぇだろ)


イライラとしながら、丸付けをして乱暴に返すと睨まれた。


テストが終わると授業になった。


春期講習であるため、専用のテキストが配られた。長期休暇の講習はすべて普段とは別のテキストがあった。


わからない問題がばかりだが解説を聞けば、理解できる。わかるのだが、テストとなると手が止まっていまう。


(あんな、テストじゃ、俺の実力をはかれない気がすんだよな)


そんな事を考えている間に授業は終わった。10分休憩の後、また再開する。

午前の授業がすべて終了して昼食の時間になった。


和也は荷物を置いたまま、受付に行き母親が受付に預けた弁当を受け取った。

受け取った弁当温かい。保温の弁当箱ではないが和也が食べる時間に合わせて作り持ってくるのでほぼ出来立てを食べることができる。


和也は弁当を持って食事ができる部屋に行った。そこは普段は自習室に使われているがこの期間は食事の部屋となっていた。

この部屋以外で食べることはできない。


和也は一番後ろの席に座った。


学校の給食のように話をしながら食べる人間は一人もいない。食べ終わったらさっさといなくなり自習室で午後の授業まで勉強をする。


(ほんと皆よくやるよな)


和也が弁当箱をあけていると、憲貞が部屋に入ってきた。彼は窓際に座ると食事を始めた。


憲貞自身が邪魔になり、何を食べているかわからないがビニールの音がした。


(コンビニか?)


買ったものを食べている憲貞が羨ましいかった。自分でお金を持ち買い物を経験したことがなかった和也にとって“自分で買う”という好意は憧れだった。


(いいなぁ)


少しすると、貴也が入室してきた。彼の手にはゼリータイプの栄養ドリンクがあった。彼は椅子に座り、それを二つ飲むと部屋を出た。その間、20秒くらいだ。


(なんだ? アレだけか?)


和也はまだ弁当に手をつけていないのに、気づけば憲貞もいなくなっていた。

首を傾げて時計を見た。

午後の授業まではまた15分はあったし、まだ食べている生徒もいた。


小さく息吐くと、食事を始めた。母親の作った食事はとても美味しくゆっくりと味わって食べた。すると、午後の授業まで後3分しかなかった。


(昼は事務員こないのかよ)


和也はトイレに行ってから教室に行くともう授業は始まっていた。授業の途中ではいったためクラスの注目をあびた。


(あー、やべな)


「席に着きなさい」


講師がため息をついた。和也は講師に軽く頭を下げると一番後ろの席に向かった。

周囲に見られて居心地の悪さを感じた。


チラリと憲貞を見ると彼だけは自分を見ずにじっと正面のホワイトボードを見ていた。

そこには今、講師が説明をしていた式が書かれていた。


和也が座ると授業が再開した。最初は聞いていたが、次第に呪文のように聞こえ始めた。そして、頭が重くなり顔が机にくっついた。


その時。


「叶」


と講師の大きな声が聞こえ冷たい風がふいてきた。和也は驚き頭を上げた。


講師が目の前におり、彼の後ろの窓が開いていた。春になり暖かくなってきたが、それでも風はまだ冷たかった。


「目が覚めたか?」

「……はい」


講師は頷くと、窓を開けたまま授業が再開した。冷たい風にふかれ和也の眠気は飛んでいった。


すべての授業が終わったのは16時であった。


(算数と国語だけで6時間かよ)


和也は疲れてきって教室出た。

自習室の前を通ると中で勉強する貴也の姿があった。ほかのも勉強する生徒がいた。


(うぁ、まだやんのんかよ)


和也はそんな彼らを横目に、携帯電話を見た。母からメールが届いていた。


“宿題が出ているでしょ。自習室でやりなさい。19時に迎えに行くから”


(マジかよ)


和也はため息をついて、自習室に入った。すると、貴也だけではなく憲貞の姿もあった。


(奴らも、迎え待ちか)


和也は一番後ろの席に座った。貴也は朝と同じように真っ直ぐに背中を伸ばして勉強している。鉛筆の音が止まることが全くない。


(あ……)


チラリと憲貞を見た。憲貞も背中を真っ直ぐにして勉強をしていたが、彼は鉛筆が動いていない時間が多い。


和也は春期講習のテキストを机の上に出した。そして、本日宿題と言われてページを開いた。


(あー、この式の途中を答えくちゃいけないのはメンドイ)


和也はパラパラとテキストをめくると、一番後ろに解答解説があるのを発見した。

それを見た瞬間、目を輝かせた。


解答を丸写しして宿題を終わらせた。


(なるほど、江本の奴らがやたらページをめくっているのは解答を見ていたんだな)


和也は満足げに頷くと、相変わらず余り鉛筆が動いていない憲貞を見た。


(あはは、アイツは解答の存在を知らないだな)


和也は時計を見た。


18時30分。


和也は身体を伸ばすと片付け始めた。


(ふー、随分集中していたな)


片付けを終えると、一番前に座っていた貴也がいなくなっていた。

彼よりも長く、自習室にいたことにより物凄く勉強した気分になった。


貴也よりも成績が上になり、彼が悔しがっている姿を思い浮かべると気分が良かった。


和也は心穏やかにして自習室を出ると、トイレの前を通った。すると、トイレから出てきた貴也と鉢合わせした。


目が合った。


何も言わずに過ぎ去ろうとしたが彼の真っ赤に腫れた両頬が目にはいり、思わず「なんだそれ?」と声にでてしまった。


「え?」


和也が彼の頬を指差すと、貴也は自分の頬に触れて首を傾げた。


「真っ赤だぞ」

「あぁ、戒め。罰だよ」


いつものにこやかである貴也が暗いをしていた。それに和也は戸惑った。


「な、なんで?」

「できないから」

「学校では天才でも塾では凡人かよ」


真顔の貴也に和也はふざけた口調で言った。すると貴也は「凡人にもなれない」とボソリとつぶやいて和也の横を通り自習室に戻っていった。


(まだやるのかよ)

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