第2話 泣き声

三宮(さんみや)進学塾は大手三大進学塾の一つであり、毎年御三家と言われる難関中学に多くの生徒を送り込んでいる。


その塾の校舎の廊下に江本貴也(えもとたかや)は立っていた。


「やぁ、江本君」


先日行われた模試の結果を眺めていた江本に、にこやかに話しかけた中年男性はこの校舎の校長だ。


「今回も校内トップだったね。流石だよ」

「いえ」


盛大に褒める校長に貴也は感情ない声で答えた。しかし、校長はそんな態度の貴也に気にとめず「期待している」と言った。


「アイツ、トップで当たり前という顔してるよな」 

「天才は違うよな」


どこからかやっかみの声が聞こえた。


貴也は冷たい視線の中、廊下を進み塾を出るとエレベーターホールについた。

エレベーターに乗ろうとしたが、その瞬間先に乗っていた同じ学校に通う和也がニヤリと笑いながら扉をしめた。


「……」


貴也はため息をついて、階段に向かった。すると、どこからすすり泣く声が聞こえた。

時刻は21時であり、まだお化けの時間には早い。


階段は電気がついており明るいが、貴也の心臓の動きは早かった。


「あー、エレベーター待てば良かった」


今から後悔しても遅い。泣き声はすぐに下で聞こえる。

このまま、上に逃げ戻っても良かったが好奇心のが上回った。


ゆっくりと階段を下りると、そこにいたのは小さくうずくまった男の子であった。

貴也は人間であったことにほっとした。


(模試の結果で泣いているのか?)


貴也は馬鹿馬鹿しいと思った。泣くなら最初から勉強すればいい。努力不足でなくなど勘違いも甚だしいと思った。


だから、泣いている奴を無視して通りすぎようとしたが、彼の手を見て思わず足をとめた。


手首あたりから爪でひっかかれた後あり腫れている。


(泣いている原因はいじめか?)


それなら彼を無視するの非道だ。貴也は深呼吸をすると泣いている彼の横に座り、「ねぇ」と声を掛けた。


「……誰?」


泣いていた少年は頭をあげて、貴也を見た。真っ赤に腫れた大きな目に真っ白な肌でまるでうさぎのようであった。


「あ、俺は江本貴也。その、大丈夫?」

「江本貴也」


少年は小さく息を吐いて顔を膝につけた。


「もしかして、具合悪い? 先生呼んでこようか?」


貴也が立ち上がろうとすると、その手を少年に掴まれた。彼は驚いてまた、隣にしゃがんだ。


近くでよく見ると、彼のズボンの裾から痣のようなものが見えた。


「それ、いじめられてんの? なら、親に言った方がいいよ」


その瞬間、少年はビクリとしてガタガタと震え始めた。そして、自分の腕にある時計を見て慌てて階段を下りて言った。


貴也はその様子をポカンと見ていた。

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