第28話 予約した部屋
アイスクリームを堪能してから、二人は漫画コーナーでお互い読みたい漫画を見繕ってきて、隣で面白いシーンを共有しながら読んでいたら、あっという間に三時間が経過してしまった。
漫画喫茶を後にした二人が向かったのは、近くにあるラーメン屋。
入り口で食券を購入して、店員に渡して空いている席へと座った。
「本当にラーメンで良かったの? パスタとかハンバーグとかおしゃれなものじゃなくて?」
「部活終わりはお腹が空くからがっつり食べたいんだ」
「確かに、運動した後って、誰でもお腹空くもんね」
「……幻滅しないのか?」
「えっ、なんで?」
「だって、普通女子がラーメンとか言い出したら、ちょっとは引いたりするものだろ」
「そうなのかな? あっ、ラーメン一緒に食べてくれるんだだ。ラッキーぐらいにしか思ってなかったけど」
「……恭平、全員女子が私たちみたいな奴らだと思ってないか?」
「そんなことないよ。ただ、こうして気軽にラーメンって言ってくれる女友達の方が、俺は気軽でいいってことだよ」
「そ、そうか……そう言う事ならいいんだ」
しばらくして、店員がラーメンを持ってきてくれる。
「へい、お待ち!」
二人の前に、湯気上がるこってりとした豚骨スープのラーメンが運ばれてくる。
麺は細麺で、上にはメンマやチャーシューに煮卵、のりといった定番のラインナップが乗っているシンプルなラーメンだ。
「はい、割りばし」
「ありがとう」
来羽から割りばしを受け取り、胸の前で手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
恭平は早速割りばしを割って、お箸で麺を掬い、何度かフーフーっとしてから一気にズズっと麺を吸い込んだ。
コクのある豚骨スープが細麺と絡み合い、絶妙なハーモニーを奏でている。
口の中で豚骨の香りが広がり、幸せな気持ちで満たされていく。
「うん、上手い。やっぱりラーメンと言ったら豚骨に限るな」
「そうか? 私は味噌も好きだぞ」
「あー分かる。味噌も美味しいよね」
「あのコクのある感じが堪らないんだ」
「すげー分かる。今度本場の北海道で味噌ラーメン食べたいな」
「今度一緒に食べに行くか?」
「ほんと⁉ 行こうよ!」
「ま、機会があったらだけどな」
「そうだね。あぁっ、そんな話してたら、味噌ラーメンも食べたくなってきた」
「なら、食べ終わったら、もう一軒ハシゴするか?」
冗談めかしたように聞いてくる来羽に対して、恭平はぶんぶんと手を横に振る。
「無理だって、ラーメン二杯はきついて」
「そうか? 私は余裕だぞ?」
「いや、別にそこでマウント取られても……」
流石は体育会系といったところか、恭平より胃袋が無限大のようだ。
先ほど来羽が言っていた、体育会系女子は食べる量が多くて男子にドン引きされるという意味がようやく分かったような気がする。
「まあ、ラーメンで足りなかったら、コンビニで何かスイーツでも買っていこうよ」
「おお、いいなそれ。賛成だ」
スイーツで気を吊り、何とかラーメン二件目を回避して、ほっと胸を撫で下ろす恭平だった。
ラーメン屋を後にすると、店内へ入る前までオレンジ色だった空は、漆黒の闇へと包まれ、都会の煌びやかなビルから漏れ出る光や街灯が夜の街を照らす。
二人はコンビニでスイーツや明日の朝食などを買い込み、目的のホテルへと向かった。
ホテルのフロントで名前を告げ、チェックインの手続きを済ませて、渡されたカードキーに書かれている部屋がある階層へとエレベーターで昇っていく。
ホテルの絨毯張りの廊下を歩き、カードキーに書かれている部屋番号の扉の前へ到着する。
「ここでいいんだよね?」
「あぁ」
ドアノブのところへカードキーを差し込むと、緑色の光が点灯し、ガチャリと音が鳴って部屋の施錠が解除される。
扉を開けると、室内は暗闇に包まれており、奥を覗う事は出来ない。
入り口の壁にあるカード―キーホルダへ鍵を差し込むと、パチっと音が鳴り、部屋の明かりが灯された。
「よしっ……到着」
ようやく一息吐こうと、恭平が部屋の奥へと進んでいき、メインの部屋を見た途端、ぴたり足を止めてしまう。
後ろをついてきていた来羽が恭平にぶつかりそうになるものの、すんでのところで立ち止まって声を掛けてくる。
「急に立ち止まってどうした?」
「いやっ……あの……これ……」
来羽の方を振り返り、恭平は部屋の方を指差す。
指差した方へ来羽が視線を向けると、すっと表情が固まった。
唖然としてしまうのも仕方がない。
なぜなら、部屋の中央にあるベッドが一つしかないのだから。
「俺、普通にツインの部屋だとばかり思ってたんだけど……」
「待て! 私もそうだと認識していた。なぜだ⁉」
「一回ホテルの予約票を確認してみたら?」
恭平がそう言うと、来羽はすぐさまポケットからスマホを取り出し、予約票を確認する。
「あっ……」
すると、来羽の口からしまったというような声が出た。
「もしかして……」
恭平が恐る恐る尋ねると、来羽がばつが悪そうな顔を浮かべる。
「す、すまない。予約していた部屋が元々セミダブルの部屋だったらしい」
何ということだ。
久しぶりに一日外出して、あとはリラックスするだけだと思ったのに、まさかの急展開。
「ま、まあ、誰だってミスはあるものだから仕方ないよ」
来羽を優しく宥めつつ、恭平は頭をフル回転させて考えをめぐらせる。
「とりあえず、フロントの人に聞いてみて、ツインの部屋が空いてないか確認してみよう」
「そ、そうだな」
二人は部屋の電話からフロントへと電話をかけ、ツインの部屋の空きがないか確認する。
しかし、今日はどこの部屋もいっぱいだそうで、変更は出来ないとのこと。
「うーん……どうするか……。今から他のホテルを探しても良いけど、そうするとお金が余計にかかっちゃうしな」
恭平が腕を組んで考えていると、Tシャツの袖を来羽がくいくいと引っ張ってくる。
そして、来羽は顔を真っ赤にしつつ、小さい声でつぶやいた。
「……から」
「えっ?」
聞き取れずにもう一度尋ねると、来羽は恥ずかしそうにつつも声を上げた。
「私は……平気だから」
「えっと、平気って言うのは……」
「私は恭平の事を信頼している。だから、別にセミダブルでも構わないってこと……です」
しおらしく言ってくる来羽の所作に、思わずドキリとさせられてしまう。
だが、恭平はその気持ちをぐっと喉の奥へと飲み込んだ。
来羽からの信頼されている以上、ここで壊すわけにはいかない。
恭平は意を決して、ふぅっと息を吐く。
「分かったよ。来羽がそれでいいって言うなら。今日はここに泊ろう」
こうして、同じベッドで寝ることとなった恭平と来羽。
果たして、恭平は来羽の期待を裏切ることなく、一夜を過ごすことが出来るのだろうか。
正直に言えば、絶対に耐えられるという自信はないけども、恭平はこの後どんな結果を迎えようとも、すべて受け入れる事を心に決めた。
ダブルベッドの部屋に来羽と泊る事が決まり、恭平は奥側のスペースに荷物を置き、窓側にある椅子に座り込む。
一方の来羽は、手前側の通路にエナメルバッグを置いて、通路側にある鏡の前にある椅子へと腰かけた。
二人はベッドを挟んだ状態で、それぞれ無言のまま向かい合う。
変な雰囲気に耐え切れず、恭平が声を上げた。
「えっと、シャワーどうしよっか?」
「あ、あぁ……先に入るか?」
「いや、先にどうぞ。俺は適当に街をプラプラ歩いてるから」
「ダメだ! 今日は恭平の護衛が最優先だ。夜道で突然襲われたら、元も子もない」
「で、でも……来羽も風呂の音聞かれるのは嫌だろ?」
「べっ、別にそれぐらい私は気にしない! いいからベッドに寝転がって、思う存分堪能すればいい」
「なんか自棄になってません⁉」
「あぁ、もううじゃうじゃうるさい奴だな。いいから黙って部屋で待ってろ。音が気になるならテレビを大音量でつけるなり、イヤホンで音楽を流すなりしていてくれ!」
そう言い放つと、来羽は顔を真っ赤にしながら、エナメルバッグの中から着替えを取り出して、ユニットバスへと向かって行ってしまう。
取り残された恭平は、諦めたようにイヤホンを耳に装着して、スマートフォンで動画サイトを開き、来羽がシャワーから上がってくるまでの間、適当に時間つぶしをすることにした。
しばらくすると、ユニットバスの方から、湿り気のあるモワモワとした空気が恭平の元へと漂ってくる。
音を意識せずとも、匂いで来羽がシャワーを浴びていることを認識させられてしまう。
心なしか、女の子特有の香りが漂ってきていて、そわそわとして落ち着かない。
仕方がないので、恭平はドレッシングテーブルの上にあるティッシュを数枚取り出すと、くしゃくしゃっと丸めてぐるぐると棒状にして鼻に突っ込んだ。
これでしばらく、来羽の事を気にすることなく動画に集中する事が出来るだろう。
適当に探し出した素人の企画動画を楽しんでいると、今度はモワっとした空気が肌に刺さる。
ちらりとユニットバスの方を見れば、寝間着姿に身を包んだ来羽が、丁度出来てきたところだった。
恭平はイヤホンを取り外し、再生していた動画を閉じて、スマホを仕舞う。
「どうして鼻にティッシュを詰めてるんだ?」
「気にしないでくれ」
そう言って、匂い対策用のティッシュを取り、ごみ箱へと捨てる。
しかし、すぐさまティッシュを取ってしまったことを後悔した。
お風呂上がり特有の女の子の匂いと、湿り気のある空気が部屋中に充満しており、否応なしに恭平の鼻孔をくすぐってくる。
そんな恭平のことなどお構いなしに、来羽はバスタオルで丁寧に濡れた髪を拭きとっていた。
「そんじゃ、俺もシャワー浴びてくる」
「あぁ」
恭平は入れ替わるようにして、着替えをもってユニットバスへと向かって行く。
そして、ユニットバスの中へ入った瞬間、先ほどまでよりもさらに強烈なムワリとした香りが恭平を襲う。
頭がくらくらしそうなのを必死に堪え、ユニットバスの扉の鍵を閉めて、恭平は息を止めながら服を脱いでいく。
先にシャワーを浴びた方が良かったなと、恭平は己の失敗を後悔する。
ひとまず、汗ばんだ身体を綺麗に洗わなければ、来花に不快な思いをさせてしまうので、ここは仏の気持ちになって、シャワーを浴びることにしよう。
意を決して、息を吐き、恭平は浴槽の中へと入る。
シャワーカーテンに触れると、湿り気を帯びており、浴槽の床もベチャベチャで、先ほどまでここで来羽がシャワーを浴びていいたのだと、嫌でも実感させられてしまう。
「仏だ仏。俺は僧侶だ」
恭平は自分へ言い聞かせるようにして、蛇口をひねってシャワーを出した。
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