第14話 診断結果

 日が傾き始めた頃、恭平は朋子さんと鳴海ちゃんに付き添われ、タクシーでアパートに帰宅した。


「足下気を付けてね」

「はい……」


 朋子さんと鳴海ちゃんに手を借りつつ、恭平は玄関で靴を脱いで部屋の中へと入る。

 恭平はくるりと振り返って二人へと向き直り、深々と頭を下げた。


「本当に、今日は色々とご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」


 すると、朋子さんはふうっと一つため息を付いた。


「もう、さっきから何度も言ってるでしょ。別に謝らなくていいわよって。それに、今回は鳴海ちゃんをかばって起きた事故なんだから、保護者である私が責任を取るのは当然の事なのよ」

「ですが……朋子さんにも一日の予定とかあったでしょうし」

「こーら! そういう気づかいは嬉しいけど、けが人が気にしなくていいの! 今は一日でも早くケガが回復する事だけを考えなさい!」

「……分かりました。ありがとうございます」


 朋子さんに言いくるめられ、恭平が感謝の言葉を述べると、今度は鳴海ちゃんが申し訳なさそうに謝ってきた。


「本当にごめん。私のせいで骨折までさせちゃって」

「気にしないで。別に鳴海ちゃんのせいじゃないんだから」

「でもっ……」

「大丈夫。今日は病院まで付き添ってくれてありがとうね」

「う、うん……」


 鳴海ちゃんはまだ納得してない様子であったけど、朋子さんが気を利かせるように鳴海ちゃんの肩をポンと叩く。


「ほら、恭平君も大丈夫って言ってることだし。今日はもう部屋に戻りましょ」

「……分かった」


 渋々といった感じで鳴海ちゃんが頷くと、朋子さんがパッと手を上げた。


「それじゃ、私達は部屋に戻るけど、何かあったら私と鳴海ちゃんに頼むのよ。いいわね?」

「分かりました。これからもお手数をおかけしますがよろしくお願いします」

「いいえ、こちらこそよろしくね。しばらく痛みが引くまで辛いだろうけど、安静にしてればすぐに良くなるってお医者さんも言ってたし、ゆっくり休んでね」

「はい」

「それと、もし痛みが少しでも辛い時は、無理せずいつでも頼ること、分かった?」

「分かりましたって。ちゃんと頼ります」


 朋子さん何度も念を押され、恭平が頼ることを約束すると、二人は外廊下へと出た。


「それじゃあお大事に」

「お、お大事に……」

「どうも」


 朋子さんがパタリと玄関の扉が閉じて、二つの足音が段々と遠くなっていくのを確認してから、恭平はふぅっと一息吐いた。


「さてと、戻ってきたのはいいけど、何しようかな……」


 ふと部屋の中を見渡すものの、安静にしたまま時間をつぶせるようなものは、見たところない。


「とりあえず、ベッドに横になってごろごろしてるか」


 そう決めて、恭平はゆっくりと仰向けに寝転がる。

 まだ軽く寝転がる際に痛みが伴うものの、先ほどまでのように仰向けになった状態じゃないと痛みが堪えられないというようなことはない。

 救急車で運ばれた恭平は、X線検査などを行った結果、打撲の他に胸椎きょうつい骨折であると診断された。

 背骨の脇についている骨であり、強烈な衝撃や圧迫があったりすると骨折する部位らしい。

 医者の診断曰く、打撲の痛みが引いて、背骨の矯正を行えば、保存療法で手術せずに治癒できるとのこと。

 打撲の痛みが引いたら、再度診察をした後、リハビリ治療を行っていくらしい。

 まさか、骨折しているとは夢にも思っていなかったので、あの時鳴海ちゃんと朋子さんに助けてもらって正解だった。

 このまま痛みを堪えて生活していたら、骨盤や背中に歪みが生じて、さらなる大怪我に繋がっていたかもしれないのだから。

 入院する必要は無いとのことで、こうして帰宅してきたわけだけれど、打撲の腫れと痛みが治まるまでは、しばらく安静にしていなければならないとのことだった。

 けれど、いざ部屋で安静にしていろと言われても、結局何をすればいいのか分からない。

 なので、とりあえず寝転がって、スマホを開くことしか思いつかない恭平であった。

 ちなみに、恭平の胴体は今現在、コルセットでがっちりと固定されている。

 胴体をギュッと締め付けられている違和感があるけど、しばらくしたら慣れてくるだろう。

 しばらくスマホで何をしようかと悩んだ結果、恭平は最近嵌り出したVtuberである赤火レイカのアーカイブ動画を見ることにした。


『助けに来たぜ。ファイヤーレイカ参上! どうも皆さんこんばんは、あなたの元へお助けに来る戦隊系Vtuber赤火レイカです。今日もよろしく!』


 このキザな挨拶が定番になっているレイカちゃん。

 しかし、挨拶を終えた後は怪獣に襲われているリスナー達を助けるどころか、ただのクソガキへと変貌を遂げる。


『ってかさー今日めっちゃ暑くない? 冷房全然聞かないんだけどー』


 そう言いつつ、手で顔を仰いでいるらしく、画面越しのアバターがゆらゆらと小刻みに揺れていた。


『やっぱり夏のこの時期は冷房効いてる部屋でアイス食べて、寝転がりながらスマホでゲームに課金したり漫画読んだりしてるのが一番楽しいわ』


  ――学生かな?

  ――おい、ちゃんと正義のヒーロとして仕事しろ

  ――グータラ戦隊やんwww

  ――クソガキ


『ちょっと! 今クソガギってコメントしたやつ出てこい! 私の炎で成敗してやる』


 とまあ、そんな感じで雑談配信を行っている動画をダラダラ見ていたんだけど……。


「なんだろう……この今までにない違和感は?」


 普段であれば、レイカちゃん面白いなとか、レイカちゃんは今日も可愛いなとか、微笑ましい感じで動画を見ていられたのに、今日に限ってはなぜかそう言う気分になれなかった。

 これも、ケガの影響なのだろうか?


「うーん……なんか他の動画探すか」


 その違和感が気持ち悪くて、恭平は視聴を途中で止めて、他のチャンネル登録している配信者で、何か面白い動画がアップロードされていないか探していると――

 ピンポーン。

 もう何度目か分からない部屋のインターフォンが鳴った。

 恭平はゆっくりとベッドから起き上がり、玄関へと向かって行く。

 覗き穴を覗くと、そこに立っていたのは鳴海ちゃんだった。

 恭平は扉を開けて、顔を外に出す。


「鳴海ちゃん……? どうしたの?」


 すると、鳴海ちゃんは何も言わずにずかずかと恭平の玄関へと入ってきて、後ろ手で扉を閉めた。


「え……えっと……鳴海ちゃん?」


 恭平が困惑していると、鳴海ちゃんはもごもごとした口調で声を発した。


「ごはん……」

「へっ?」

「だっ、だから! 私のせいでアンタが怪我しちゃったわけで……背中に負担掛けさせないために、ご、ご飯作りに来てあげたのよ!」


 頬を真っ赤にしながら言う鳴海ちゃん。


「別に、そこまでしてもらわなくても平気なのに」

「うっさい! いいからキッチンと食材勝手に使わせてもらうから! アンタは大人しくベッドに寝転がって安静にしてて」


 ビシっと指差され、有無を言わせぬまま鳴海ちゃんは履いていたサンダルを脱ぎ捨てて部屋に上がると、勝手にキッチンへと向かって行ってしまう。

 鳴海ちゃんはそのまま冷蔵庫の扉を開けて、中にある食材を確認する。


「こんだけあれば作れそうね」

「えっと、鳴海ちゃん。流石にそこまでしてもらわなくても……」


 再び恭平が声を掛けると、鳴海ちゃんはさらに鋭い視線を向けてきた。


「何、私が作る料理が食べれないって言いたいわけ?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど……」

「なら、アンタは奥の部屋で大人しく待ってて。あと、キッチン用品勝手に使わせてもらうから」


 そう言って、鳴海ちゃんは手際よく夕食の準備に取り掛かってしまう。

 恭平は諦めるようにしてため息を吐いた。


「分かった、ベッドで大人しくしてるよ。必要な物がどこにあるか分からないとかあったら、遠慮なく声かけてね」


 恭平はそう言い残して、ベッドへと向かった。

 いくら骨折とはいえ、別に手足を動かせないわけではないので、過保護過ぎだとは思うけど、鳴海ちゃんからすれば、助けてもらった身として、何かお礼の気持ちを表さないと気が済まないのだろう。

 なら、恭平に出来ることは、鳴海ちゃんの好意を素直に受け取る事ぐらいしかないのだ。

 恭平がベッドに寝転がってしばらくすると、タン、タン、タンと。野菜を包丁で切るリズミカルな音が聞こえてくる。

 音だけを聞いている感じ、戸惑っているような様子もないので、普段から料理をしているのだろう。

 恭平はボーっと天井を眺めつつ、鳴海ちゃんの調理する音へ耳を澄ませて、料理が出来るまでの時間を過ごすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る