第24話 おてんば娘は言った「夫婦みたい」
登頂開始から一時間と少し。
クラスメイトが続々と山頂に辿り着き、遠くに見える富士山を背景に集合写真を撮った。展望台から景色を堪能したり、茶屋で休憩してから班別で下山をする。
近くのキャンプ場に再集合した頃にはちょうどお昼前になっていた。
並列されたシンクには各班分の食材と調理器具が用意されており、飯盒炊爨をするにあたって必要なかまどと薪も準備がある。
にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、豚バラ肉、サラダ油、そしてカレーのルー。並べられた材料から導き出される料理は一目瞭然だった。
「透って料理できるんだっけ」
「全く。調理実習くらいでしか包丁握らないね」
「美羅は?」
「……やろうと思えばできる」
若干の間が真実を語っていた。
優斗はため息をつき、飯盒を指さす。
「これの使い方はわかる?」
「わかる! 中学の時やった!」
今度は自信満々の即答だった。
「俺も経験あるよ。おこげだらけの白米できた」
「それって焦げてるんじゃねえの?」
「ちょっと苦かったけど美味かったぞ」
「……不安だ」
とりあえず野菜を洗って皮を剥き、お米を研ぐなどして下準備をする。
ピーラーを持った美羅の手が危なっかしかったので、途中で優斗による指導が入った。
「飯盒は透と美羅に任せる。それ以外は俺と天瀬で」
「そっち大変そうだけどいいの?」
「カレーくらいなら問題ない。なあ」
日和に同意を求めるとタイミングよく視線が重なって、なぜかすぐ目を逸らされた。
「私は飯盒の使ったことないし助かるよ」
「そういうことで白米は頼んだ」
透と美羅は着火剤で遊びながら火をおこす準備に取りかかった。
他の班も料理担当と飯盒担当に別れて動き始めている。
「俺らもさっさと作ろうぜ」
「うん」
調理台に立ち、優斗と日和は並んで包丁を握った。
野菜を切るくらいはお手の物で、まな板に刃が当たる音が一定のリズムを刻む。
「山登り、意外と楽だったな」
「体力ついてきたんじゃない?」
「もしかしてランニングの成果か」
「まだ始めて一週間くらいでしょ。きっとアイのおかげだよ」
二人は他の人に聞こえないよう、小声で話しながら手を動かし続けた。
切り揃えた野菜をひとまず一か所に集めようとして、同じことをしていた日和と指先が触れる。その刹那、素早く日和が身体を引いた。
「わりぃ」
優斗は反射的に謝ったが反応はない。
何事もなかったかのように平然とした顔で、日和は野菜を切る作業にまた戻った。
――俺、なんかしたかな。
吊り橋あたりから日和の様子がどうもおかしい。
会話は問題ないし、態度も普段と変わらない。
ただふとした瞬間に違和感を感じるのだ。
かといって調理は滞りなく進む。
「……これ、よくよく考えたら小っちゃくないか」
じゃがいもを一口サイズに切り始めてから気付く。
サルビアでの生活に慣れ始めた影響か、無意識にアイを想定して食材を切り揃えてしまっていた。
「一種の職業病かもね」
「間違いないな」
「今から意識して切らないと」
日和が担当していたにんじんも、子供が食べやすいよう薄く小さく乱切りにされている。
二人して同じ失敗をしていたことに、顔を見合わせて笑った。
「あっ、ようやく目が合った」
「……えっ?」
「さっきから逸らされてばっかだったから」
そう言うと、日和の頬がほんの少し赤くなる。
「ごめん、多分無意識だから気にしないで」
「ん、ならいいや」
無意識ということは優斗に対して、潜在的に思うところがあったようだが、日和の言葉通り気にしないでおく。
アイの話題で自然体に戻ったらしく、いつも通りの空気が流れた。サルビアのキッチンで夜ご飯を作っているのと変わらない。
雑談はしながらも料理に関しては特に言葉を交わさず、それぞれが自分の役割に徹して手際よく四人分の具材を揃えた。
「……お二人さん、仲よさそうだねえ」
突然声がして振り向くと、美羅がジト目で優斗を睨んでいた。
いつからそこにいたのか、気配を消して背後に立っていたらしい。
「飯盒はどうした?」
「透が火加減見てくれてるからこっちの様子見に来たの」
かまどを見れば、ヤンキー座りをした透が額に汗を浮かべながらうちわを仰いでいる。首から下げたタオルと相まって、その姿は随分と様になっていた。本人は至って涼しげな顔で火元に立っており、整った顔がよく映えている。
「ねえねえ、なにか手伝うことある?」
手持ち無沙汰の美羅が申し出てくれるが、あいにく大方の準備は整った。
残るは豚バラ肉を切り分ける簡単作業のみ。
「気持ちはありがたいけど……あと肉切って炒めるくらいなんだよな」
「じゃあ私それやる!」
「……肉切るってこと?」
「うん、それくらいなら私できるよ」
頼むよりも先に美羅は腕まくりをして、調理台の前に立つ。
日和に顔を向けると、「やらせてあげれば?」と目が語っている。
「怪我するなよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 料理しないわけじゃないんだからね?」
その言葉通り、包丁を持つ様子は特に問題なかった。
基本の基である猫の手はしっかりと添えられていて、豚バラ肉に対して丁寧に刃を差し込む。
「あれ、全然切れない」
ちょうど肉筋にあたってしまったのか、美羅が包丁に力を入れる。
「力ずくじゃなくて、包丁を引いた方がいいぞ」
「……こう?」
「あー、もう少し薄く……」
言葉で説明するのが難しく、優斗は美羅の後ろに立った。
「……!」
包丁を持つ手に触れると、ピクッと肩が跳ねる。
美羅の手は思いのほか小さく、優斗の手ですっぽりと覆われた。
うんともすんとも言わないのでそのまま腕を引くと、綺麗に筋が切れて、肉が二つに分かれる。
「こうやって、逆に力を抜く感じで……聞いてる?」
「……うん?」
「聞いてなかったな」
呆れて身体を離すと、手のひらにまだ熱が残っている。
体温が高いのか、美羅の手は夏の太陽のように温かかった。
「優斗と日和ちゃんって料理慣れてるんだね」
「まあ、普段から自炊してるからな」
結局もう一度説明して、美羅は肉を切り終えた。
具材をすべて鍋に入れ、たまねぎがあめ色になるまで待つのみとなる。
「後ろから見てて、なんだか夫婦みたいだった」
脈絡もなく確信を突くことを言われ、優斗は思わず咳き込んでしまう。
「……普通に作っただけなんだけどね」
「やっぱりカレーは簡単?」
「簡単というより、基本じゃないかな。だからやること決まってるというか……」
ちらっ、と日和が優斗を見る。
話を合わせろということらしい。
「手順が同じだから分担しやすいよな」
「そう、そんな感じ」
二人の説明に納得いったのか、美羅は感心の目で頷く。
「私も料理始めよっかなー」
そんな思い付きをしたところで、三人に近づく足音があった。
「なあ、飯盒が暴れてるんだけどあれやばい感じ?」
かまどを指さして、透がのんきに尋ねてくる。
優斗が急いで駆けつけると、沸騰した水が勢いよく蓋から溢れ、飯盒が激しく横に揺れ動いていた。
「火加減強すぎ、吹きこぼれたら火力落とさないと」
慌てて日和と美羅を呼び、水を汲んで火元を狭める。
すんでのところで白米を救い出し、中学時代の二の舞は防いだ。
沸騰が落ち着き、しばらく様子を見てから飯盒を開けると、ふっくらと炊き上がった白米が美味しそうな匂いを漂わせる。端っこに焦げ茶色のおこげがちらほらと見られるが、これはこれで飯盒炊爨の醍醐味だ。
「よく放っておかなかった、偉いぞ」
「もしかしてファインプレー?」
「おう、いいセンタリングだった」
もはや咎める気も起きず、優斗はむしろ相談しに来たことを褒めた。
透はよくわかっていないながら、無事に役目を達して満足そうにしている。
その間、女性陣がカレーのルーを混ぜて、準備が整った。
お皿に四人分をよそって、いただきますと声を合わせる。
「うまいっ!」
「おいしーい!」
真っ先に透と美羅が
「よくできてるね」
「うん、白米もいい感じ」
「……にんじんがちょっと少ないかな」
「まあまあ強火だったから、薄いやつは溶けたかも」
四人はそれぞれ感想を言い合って、ついさっき登った高尾山の話に華を咲かせた。
解放された空間で自然に囲まれながら食べるご飯は数段と美味しく感じる。
しかしスマホに届いた一件の通知が、日和の顔を強張らせた。
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