第18話 美少女は言った「授業参観みたい」


 広大な敷地を誇る動物園を時計回りで歩いているうちに、様々な動物とアイは写真を撮った。

 ゴリラやゾウなどの定番動物から、ホッキョクグマにバクといった珍しい動物まで幅広く揃っている園内は飽きることがない。アイにとってはどこに行っても初めましての動物がいるわけで、ひとつのコーナーに釘付けになったと思えば、次のコーナーへ期待感を膨らませて駆け足になる。特に気に入っていたのはプレーリードッグで、巣穴から顔を覗かせる姿を真似したりして眺めていた。


 優斗と日和はその間、目を離さぬよう、時には手を繋いで見守っていたのだが、じりじりと照りつける太陽の光も相まって体力を削られていく。


「……子供って元気だな」

「ね、まだ早かったでしょ」

「そっちは疲れてないのか」

「私は慣れてるから。このくらい平気だよ」


 今は休憩所で涼しい風を浴びながら昼食をとっている最中だ。

 優斗は角煮丼を、日和はあんかけ丼を注文し、アイはキッズメニューのうどんを啜る。その頭には見覚えのある白黒の動物がのっていた。


「その帽子気に入った?」

「うん!」

「ふふっ、よく似合ってるよ」


 うどんを頬張りながら頷くアイに、日和は柔らかい笑みを浮かべる。


 家を出た時には着用していなかった帽子は、お手洗いに寄る途中に見つけたお土産ショップで買ったものだ。クラウン部分にあしらわれたパンダの顔にアイは一目惚れしたようで、両親に購入をおねだりして今に至る。

 うめからお小遣いと称して渡されたお金は無駄遣いをしないよう言われているが、直射日光を避ける目的と考えれば言い訳が立つだろう。

 それに、上機嫌なアイの笑顔を見れば十分な理由になり得る。


「パパ、買ってくれてありがとー!」

「どういたしまして」


 優斗はお礼を言われるべきではないのだが、この場では素直に受け取っておく。

 

 昼ご飯を食べ終えて、三人は再び動物園を周ることにした。

 その最初に訪れたコーナーの看板にアイは目を輝かせる。


「ここって動物さわれるとこだよね!?」

「多分そうだね。行ってみる?」

「いくー!」


 意気揚々と進んだ先には癒しの空間が広がっていた。

 うさぎやモルモット、ハリねずみなどの小動物たちが間近で観察できる。一生懸命に餌を食べていたり、小さな体を寄せ合っていたり、無防備に眠っていたり。どれをとっても可愛らしい姿に子供たちは夢中になっていた。


「ただいまより触れ合いイベントを実施しまーす!」


 午後最初のイベントがちょうど始まるらしく、スタッフが拡声器でアナウンスをする。

 その声に小さな少年少女の耳が素早くピクッと反応した。

 

「はいはいっ! さんかします!」


 一番にアイがしっかり敬語で手を上げるが、残念ながら挙手制ではない。

 スタッフのお姉さんはもとより笑顔だった口元をさらに緩め、かわりに日和が受付を済ませた。


 イベントは文字通り動物と触れ合えるといった内容で、安全指導も兼ねて餌のやり方や接する際の注意などを聞く必要があった。


「うさぎさんやねずみさんはとーっても繊細な生き物です。お姉さんの話をしっかり聞いて、動物さんたちと仲良くなる方法を知ってくださいねー」

 

 その言葉が効いたのか、子供たちはスタッフの説明をじっと聞いていた。

 アイも膝に両手を乗せて、うんうんと相槌を返している。


「なんか授業参観みたい」


 ふと日和が口を開いた。

 子供は前に集まって座り、大人は後ろに立っているので、スタッフを先生役に見立てれば確かに授業参観と構図は違いない。

 独り言のような声量だったが、優斗は耳に届いた以上、話を広げることにする。


「アイが小学生になったら機会あるかもな」

「……あの子、プリント出してくれるかな」

「さあ。そこら辺は育て方次第だろ」

「そうね。しっかり言い聞かせておかないと」


 日和は一瞬、目を伏せて言葉を詰まらせていた。しかしすぐ会話に応じて、パンダの帽子が目立つ後ろ姿を見つめる。

 優斗もそれに続きながら、自分の過去を思い浮かべた。


 親が授業参観に参加した記憶はない。

 最初はプリントを手渡ししていたが、次第にカウンターに置くだけになり、最終的にはその場で教室に捨てていた。

 こうして授業参観もどきを、親の立場で経験するのは皮肉と言えよう。


――アイは来年小学生か。


 もしその時まで繋がりがあれば、実際の授業参観に呼ばれることもあるかもしれない。

 そんな未来の想像をしているうちに、イベントの事前説明は終わったらしい。


 スタッフの案内で飼育スペースに足を踏み入れ、ついに動物と至近距離で対面する。


「うさぎさん、さわってもいい?」


 白いうさぎに目を付けたアイは、怖がらせないようにゆっくりと近づく。地面を這うように手を差し出すと、うさぎはくんくんと匂いを嗅いだ。それからまん丸な赤い目がアイの顔を確かめる。


「わっ……!」


 警戒が解けたのだろう。この人間は安全だと認識したうさぎが、アイの手のひらに頬ずりをする。

 

「うさぎさん、あったかいねぇ」


 スタッフの指示通り、アイはうさぎを膝にのせて背中を触った。

 毛並みに沿って優しく撫でると、リラックスした様子で耳が垂れる。


「……何枚撮るんだよ」

「気が済むまで」

「すぐ容量いっぱいになるぞ」


 アイとうさぎ。可愛いと可愛いの相乗効果は絶大だったようだ。

 日和は無言でスマホを構え、様々な角度から写真を撮っていた。


 とはいえ、優斗も気持ちがわからないでもない。

 うさぎと戯れているアイは、自分より弱くて小さな存在を前にして慈しみの心が芽生えたように見える。いつにも増して朗らかに笑う姿は、思わずカメラを取り出す魅力があった。


「見て、このツーショット最高じゃない?」

「いいと思うけど指入ってるぞ」

「うそっ……なにやってんだ私」

「それよりこれ見ろよ」

「……私のほうがいい写真撮る」

「いや、競ってるわけじゃねえから」


 傍から見れば親バカもいいところだろう。

 互いに子供の写真を見せ合い、あーだこーだと感想を言い合う。 

 結局イベントが終わるまでの間、二人はアイをカメラで追っていた。

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