小さなケヤキの木の下で

烏川 ハル

前編

   

 僕の高校の校庭には、二本の大木が植えられている。

 春には満開の花を咲かせるサクラと、秋の紅葉が美しいケヤキだ。それぞれ東と西にあって、それに挟まれる形で、一周200メートルのトラックが描かれていた。

 サクラはこの一本だけだが、ケヤキは校舎裏にもうひとつ。そちらはおもてのものと比べたら遥かに小さく、そもそも校舎裏なので、滅多に生徒も訪れない場所だった。

 でも、今日の僕は、その小さなケヤキの木に向かって足を進めている。

 同じクラスの水瀬さんを呼び出したからだ。


 長い黒髪が美しい水瀬さんは、才色兼備を絵に描いたような女性だ。その上、いいとこのお嬢様らしい。少し近づきがたい雰囲気もあるせいか、友達は少ない。親友の澤田さんといつも二人で行動している。

 そんな水瀬さんと僕が話をするようになったきっかけは、二学期の席替えで隣同士になったこと。

「よろしくね、唐川くん」

 その笑顔は、まるで女神みたいだった。しかも、遠目で見ていた頃に感じた近づきにくさとは裏腹に、実際に話をしてみると、案外気さくな人物であり……。

 僕が彼女に惚れてしまうまで、数日もかからなかったのだ。

   

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