第9話 ピクニックへのお誘い

「ワタシへの質問はミッションに入っておりません。ワタシについて来てください」


 黒豹に乗ったフードを目深に被った小さな女の子が抑揚のない声で探索者たちに告げる。

 危機一髪のところを救われた探索者たちが口々に礼を述べるが、黒豹はくるりと踵を返し歩き始めた。

 取り付く島もない彼女の対応に探索者たちはお互いに顔を見合わせる。

 助けてもらった手前、彼女に対し彼らから文句が出ることはなく、戸惑いが隠しきれぬままついて行く探索者たちであった。


 迷宮の出口まで到着したところで、彼女はさよならも告げずに暗闇の中に消えて行く。

 

 一旦街の外へ出た彼女はそこで黒豹から降り、フードをあげ、愛らしい顔を出す。

 黒豹は彼女の住処へ向かい、彼女は北の入り口から再び街へ入った。

 繁華街へ差し掛かろうとしたところで、彼女に気が付いたらしい筋骨隆々の長身の男が声をかけてくる。

 彼は仲間三人と一緒だった。全員が全員、埃まみれで一仕事やり終えたといった感じで安堵した表情を浮かべている。

 

「チハルじゃないか。夜遅くは危ないぞ」

「ゴンザさん! おかえりなさい」

「ただいま。結構長く潜っていてな。ひと風呂浴びたいところだが、先に飯だ。中じゃ碌なもんを食べられねえから」

「ギルドに行くの?」

「一応な、顔を出してからそのまま酒場へ直行さ」


 「わたしも行くの」と朗らかに笑うチハルに対して、くしゃっと顔を崩すゴンザ。

 強面な彼が笑うと余計怖い。

 チハルはそんな彼を怖がる様子もなく、彼らパーティと一緒に探索者ギルドに向かうことになったのだった。


 ◇◇◇

 

 ギルドマスターは戻ったチハルのために食事を準備していたのだが、そこへゴンザらも合流する。


「んでよ。23階まで見て帰ったってわけだ」

「すげえじゃねえか。記録更新だな」

「うんうん」


 ゴンザの嬉しい報告にギルドマスターが喜色をあらわに、チハルは彼の様子に合わせてこくこくと頷いている感じだった。

 これまで報告されている大迷宮の最深部は21階である。それをゴンザらが2階層も更新したのだから、ギルドマスターが喜ぶのも無理はない。

 迷宮は進めば進むほどモンスターが強くなる。だが、探索者たちがなかなか深層まで行けない最も大きな理由は別にあった。

 ゴンザらの実力であれば23階のモンスター相手でも注意深く当たれば対処しきれないほどではない。

 連戦しても彼らのパーティが崩壊することもないと言う(ゴンザらの発言から)。

 彼らがモンスターに太刀打ちできなくなるにしても、まだまだ先の階である。

 ゴンザら以外にもアマンダらをはじめとした実力あるパーティは数個存在した。ならなぜ、彼らがまだ20階層辺りで留まっているのか。

 それは、階層の広さにあったのだ。

 ゴンザたちは23階まで到達し、戻って来るまでに5日もかかった。

 フィールドを探検するのと異なり、迷宮の中では獲物を狩って肉にすることも、木の実を拾うこともできない。

 水さえもないのだ。

 そうなると、潜ろうとすればするほど食糧を多く持ち込まねばならなくなる。対策としては地図を持って行くこと。

 迷宮の地図があれば、より短い時間で深層まで到達することができるようになるのだから。

 そんな事情もあって、ギルドでは地図の買い取りをしている。厄介なことに、迷宮の中はいつの間にか通路や部屋の作りが変わっていることがあった。

 まとめると、迷宮の深層更新をしようとしたら一筋縄ではいかないということだ。

 

 グビリとジョッキに入ったビールを一息に飲み、髭に泡をつけたままゴンザがドンと勢いよくジョッキを机の上に置く。

 

「うめええ。何杯飲んでもうめえ」

「おう、飲め、飲め。チハルに感謝するんだぞ」

「チハルに奢らせるなんてするわけねえだろ!」

「そらそうだ。こいつは俺がチハルの為に開いた席だ。代金は俺が持つ」

「そういうことか。なら遠慮せず。姉ちゃん、もう一杯」

「現金な奴だ」


 ガハハハハとお互いに笑い合うゴンザとギルドマスターのだみ声が酒場に響き渡る。

 一方でチハルは両手でグラスを掴み、ちびちびとジュースを飲んでいた。至近距離で二人が大声を出していることに対しても彼女は気にした様子がない。

 そんな折、ふと思い出したようにギルドマスターが柏手を打ち、つばを飛ばす。

 

「ゴンザのことが心配だったのか?」

「ん?」


 ギルドマスターの言ったことが理解できずに首をかしげるチハル。

 ゴンザさんは助けて、と言われなかったから大丈夫?

 彼女の頭の中では疑問符が浮かんでいる。

 そんな彼女に向け、今度はゴンザが笑いビールをグビリと飲む。彼もまたギルドマスターと同じように盛大に口から汚らしい液体を飛ばしていた。

 

「これでも俺はアーティファクト持ちなんだぜ。しぶとさにかけちゃあ、なかなかのもんなんだよ」

「アーティファクト……」


 途端にチハルが無表情になり、無機質な声で誰に向けてでもなく呟く。

 チハルの雰囲気が変わったことで、ギルドマスターが気を利かせたのか、アーティファクトについての説明を始めた。

 アーティファクトとは遥かな古代に残された遺物のことで、現在の技術では再現できない強力な力を持っている。

 一口にアーティファクトと言っても、武器もあれば防具もあり、更には不思議な音色を奏でたり、水が毎日一定量湧き出て来たり……と様々だ。

 探索者たちがアーティファクトと言う場合は、そのほとんどが武器か戦闘に関わる魔道具である。

 ザパンの街は大陸で一、二を争うほど探索者の数が多い。それでも街にいる探索者の中でアーティファクトを持つ者は片手で数えるほどしなかった。


「そんなわけで、まあ、アーティファクト持ちってのは高水準の探索者の証でもある」

「うん!」


 ギルドマスターの話を聞くうちに元の朗らかな表情に戻ったチハルがこくこくと頷く。

 チハルの前だからか、普段は安請け合いするようなことがないゴンザが赤ら顔で自分の胸をドンと叩く。

 

「そんなわけだから迷宮の見学でもしたかったら、連れて行ってやれるぜ」

「ほんと? 危なくない?」

「おう、問題ねえ」

「じゃあ。お願いしてもいいのかな」


 チハルの言う「危なくない」はゴンザの考える「危なくない」と意味合いが異なるのだが、言葉足らずの彼女の真意を彼が知ることはこの先もないだろう。

 ウキウキするチハルの後ろから、若い女の声がする。

 

「チハルさん、迷宮の見学っすか! 罠なら任せてくださいっす!」

「あら、お散歩に行くの? 私たちもご一緒していいかしら?」

「おいおい、俺のパーティも含めてだぜ? どんな大所帯で行くってんだよ」


 チハルに声をかけたのはシーフのルチアと魔法使いアマンダだった。

 自分達も参加すると言う彼女らにゴンザが苦言を呈する。

 すると、彼の隣で飲んでいたパーティの面々が「行って来いよ。俺たちは一日休憩する」などのたまい、彼の肩を肘でつつく。

 

「みんな、一緒?」

「そうっすよ!」


 上目遣いで見上げるチハルに両手を合わせ体をくねらせたルチアが答える。

 

「全く……俺が言い出したことだ。チハル。迷宮に行くか?」

「うん!」


 ぼりぼりと頭をかいたゴンザがぶっきらぼうにチハルへ問いかけた。

 対する彼女は満面の笑顔で深く頷く。

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