第074話 ドラゴンの巣!


 その日、にわかに村が騒がしくなっていた。



「おいおい、聞いたか!?」


「聞いた聞いた! ちょっとマジでやばいよな!?」


「……?」



 別々の方向から酒場に入って来るや否や、興奮した様子で語りだす男たち。


 ボクはそれが気になって、そっと聞き耳を立てる。



「“開かずの扉”が開いたってな!」


「!? それ、ホント!?」


「うえ!?」


「え、あ……ごめんなさい」



 思わずテーブルを叩いて声を荒げてしまった。


 でも、最初は面食らった様子だった彼らも、すぐにニンマリとした笑みを浮かべると。



「まぁー、驚くのもしょうがねぇって話だよな」


「だな。気にしなくていいからな、坊主!」



 そう言ってボクの肩をバシバシ叩いて許してくれた。



「あはは……えっと、それで。その話、本当なの?」


「本当だとも! 何十人って奴らが証人さ!」


「なんでも鍵穴玉に光る鍵をぶち込んだら、そのままパーッと光って扉の向こうに吸い込まれちまったって話だぜ」


「連れもまとめて消えちまってたから、きっと扉が奥へ導いたんだってな!」


「……!」



 噂にしては具体的すぎるそれは、ボクの知識に照らし合わせても、事実だと確信に足るもので。



「教えてくれてありがとう! おじさん! お金ここに置いとくね!」


「おおい、まだ料理出しとらんぞ!?」



 お昼ご飯なんて食べてる暇がないくらいの状況に、ボクは大慌てで店を飛び出した。



「……これ、ヤバいよね?」



 飛び出したところで、ボクは自分の胸ポケットに向かって声をかける。


 返事はすぐに返ってきた。



「ヤバいなんてもんじゃないわよ! そのパーティがもしも生きて戻ってきてご覧なさいな、どんだけの超レアアイテムが世にバラまかれるか!!」



 鈴のように凛と響く声を上げる、ボクの相棒。

 彼女の焦り具合からも、事態が放置できないものだってのがよくわかる。



「とりあえず、現場に行って情報収集するわよ! テトラ!」


「了解、ラウナベル!」



 彼女の指示に従って、ボクは全力疾走で“開かずの扉”へと向かう。


 数分と待たずに到着すれば、尋ねるまでもなくその情報で溢れていた。



「俺たちは伝説を見た!」


「扉は開いた! 挑戦者は今、ドラゴンの山の宝物庫へ!」



 人々の声に合わせて陽気に竪琴をかき鳴らし、吟遊詩人が歌う。



「挑戦者の名前は白布! 勇猛果敢なるレアアイテムハンター!!」


「……白布!!」



 つい先日聞いた名前に、ボクはその人の顔を思い出す。


 隣の席に座った、年が近くて、そして……一目でわかるほどの、実力者だった。



「げぇー!? よりにもよってあの要注意人物!? 昨日の今日で動いたっての!?」


「うう、遅きに失したっていうんだっけ。やっちゃったかも……」



 でも、いまさら後悔してももう遅い。


 ボクたちは、ボクたちにできることをするしかない。



「こうなったら、直接追っかけるわよ!」


「うん! ……『風精霊ふうせいれいのブーツ』よ、力を貸して!!」



 装備している靴の力を開放する。

 瞬間、ボクの体は羽みたいに軽く、風に乗って駆け抜ける力を得る。



「さぁ、根性見せなさい! “勇者”テトラ!!」


「了解! 振り落とされないでよね、“導きの妖精”ラウナベル!!」



 跳ぶ。


 ボクたちは全速力で、彼らが目指すだろう先へと向かう。


 至竜が座する、白竜山脈最高峰。



(霊峰アルバの、ドラゴンの巣へ――!)




      ※      ※      ※




 クソでか扉を開けた向こう側は、これまた神秘的な小部屋でした。



「床にはでっかい魔法陣。天井は照明代わりの光る石」


「主様、あちらに両開きの扉がございます」


「小さな開かずの扉みたいね」



 部屋の特徴はこれだけ。

 さっきまでのめちゃくちゃでっかい空間からのギャップに、少しだけ息が詰まる。



「変に罠がある感じでもなし、とっとと扉を開けて出ようか」


「そうね。なんだか息苦しいし」


「わかる」



 意見が合ったメリーと頷きあっていると、先に扉に向かっていたナナから報告があった。



「主様、メリー様。この扉はどうやら、先ほどと同じ鍵扉のようにございます」


「あら、本当ね。開かずの扉と同じで緑色の玉がついてるわ」


「はい。普通に押しただけでは、ビクともいたしません」


「ほうほう」




 ………。




「――――白布ッッ!! 鍵! 鍵はある!?」


「あるじさま!!」


「え? あ、ああああ!?」



 慌てて自分の手元を見る。


 俺はしっかりと『マスター・キー』を握っていた。



「……ある!!」


「!? ふ、はぁぁぁぁぁー……お、驚いたぁぁ……!」


「わたくし、こ、腰が……」



 俺の言葉に安心して、メリーとナナがへなへなとその場にへたり込んだ。



「……っぶねぇ。壊れてたら詰んでたのか」



 URチート開錠アイテム『マスター・キー』はどんな鍵扉でも開くすごい奴だが、同時に使う度に破損判定が入る消耗品である。

 その破損率は装備適性Aの俺をもってしても、破損確率60%という期待値“使い捨て”の代物。

 モノワルドの九分九厘以上の人が、1回の使用でぶっ壊すアイテムである。



「ってことはこの部屋、『マスター・ズルキー』対策の部屋ってことか。おっかねぇ」



 実際俺も使い捨てのつもりでこのアイテムを使用した身。

 見事に罠に掛かったといえる。



(こんな狭くて何もない場所でずっと閉じ込められるとか、即死トラップよりもヤバい死に方するところだったぜ……)



 ファンタジーのセキュリティ、舐めたらあかんぜよ。



「……だがしかし。見方を変えればここは、間違いなく大事な場所へ繋がってるってことだな? つまりチャンスだ」


「あはは、そこで気持ちを切り替えられるあんたの胆力、どうなってるのかしらね」


「さすがは主様、にございます……」


「もうちょっと休憩したら、扉を開けて先に進もうな」



 さすがに腰砕けの二人を放置してはいけないもんな。




      ※      ※      ※




 俺たちは魔法陣の上でしばらく休憩したのち、小さな開かずの扉の鍵を開けた。



「む。こっちは光らないで普通に開いたな」



 というか左右にスライドして開いた。

 開かずの扉とは似て非なる機構に、職人の技が冴え渡っている。



「扉の向こうは……上り坂、ね」


「真っ直ぐではなく緩やかに曲がっておりますね。先までは見通せなくなっています」


「なるほど、そう簡単には行かせてくれないってことだな」



 威厳よりも実利を取ったダンジョンスタイルだ。

 嫌いじゃない。



「とにかく、進むっきゃないだろう。俺たちの望みはこの道の先にしかない」


「はい」


「えぇ」



 ドラゴンの財宝を目指して、俺たちは歩き出す。

 このパッと見シンプルな道に、いったいどれだけの罠が仕掛けられているのか。



(だがしかし! 今の俺たちには秘密兵器がある!)



「……メリー」


「はいはい。チェックするわね」



 罠の有無は、メリーが都度神の目を使ってチェックしてくれる。

 天使に与えられたそのギフトに掛かれば、仕掛けられた罠の位置などパパッと判明してしまうのだ。



「使い始めれば、マジで便利だなそれ」


「そうね。罠がありそうなところにはアイコンがあるように見えるわ。そこの壁とか」


「危険そうな感じするか?」


「そんな感じはないわね」


「どれどれ?」



 ポチっとな。



「きゃあああ!?!?」



 突然天井から現れた拘束具に、メリーが捕まった。

 四肢を拘束されてしまった彼女はそのまま吊り上げられ、背を反り地面に向かって胸を突き出したポーズで宙ぶらりんになる。



「ちょっと!!」


「いや、どの程度の罠が仕掛けられてるのかチェックは必要だと思ってな」


「一個も罠踏まないなら必要ないでしょその確認!!」


「主様がボタンを押したにもかかわらず拘束されるとは……さすがです、メリー様」


「さすがです、じゃないでしょ!?!? もー! 早く解きなさいよーー!!」




 相変わらずの試練体質に感心しつつメリーを助けた俺たちは、今度こそ罠を避けつつ進んでいく。


 そうして俺たちは、そこへと辿り着いた。



「こ、ここは……!」



 坂を上った果てにある、鍵なし扉を開けた先。

 赤い岩壁で作られた空間と、壁から染み出した緑の液体が湯気を立たせる、人工的に工夫された痕跡を随所に残す大きな泉。


 鼻をくすぐるこの匂いは間違いなく……硫黄の類が混ざった香りで。



 カポーンッ。



 泉の端に設置してある竹細工から、素敵な音が響く。



「「………」」



 それらが指し示す答えは――。



「温泉だ」


「温泉にございますね」


「温泉だわ」



 ――まぎれもなく、温泉だった。


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