第060話 メリーの実力!



 俺たちが再び、うねうね銀河ゲートをくぐり抜けた先にあったのは。



 ピチャンッ……



「……水場、か」



 一見して地底湖を思わせるような空間……フロアだった。



「ひゃうっ。ああ、靴が濡れちゃったじゃない!」


「んう……ひんやりしておりますね」


「いきなり全身ザブンじゃなかっただけましだな」



 俺の足首程度まで浸る水の感触に身震いしつつもフロアを見渡す。


 次のゲートがあるのは右手側の奥。

 正面奥に底が深そうな泉があり、いかにも何かが潜んでいそうな気配がある。


 宝箱や剥き出しの鉱石など、お宝の気配は……ない。




 俺たちは互いに顔を見合わせて、頷き合い。



「……よし、スルーしよう!」


「賛成!」


「それがよろしいかと存じます」



 全会一致。

 すたこらさっさと次のフロアを目指し、ザブザブ水を掻き分け右手奥へと歩みを進め――。


 ――直後。



「……! 主様っ!」


「ああ! わかってる!」



 突如として膨らむ巨大な気配に、ナナと俺は泉を睨む。



「どうせそんなこったろうと思ってたさ!!」


「えっ? どういうこと?」


「そう簡単には進ませちゃもらえないってことだ、メリー!」



 俺たちが身構えている間に、そいつは大量の水の膜をぶち破り姿を現した。



「か……カニジャイアント!!」



 メリーがそいつの名を叫ぶ。


 その名の通り、泉から飛び出してきたその怪物は。



「ブクブクブクブクブク!!」


「身も蓋もない名前だなぁ!?」



 でっかいでっかい、カニのモンスターだった。




      ※      ※      ※




「カニジャイアントは水棲系モンスターの中でも高い攻撃力と防御力を誇るモンスターよ! 両手のハサミは叩くのも断つのもどっちも得意だから気をつけて!」



 早々に逃げられないと判断した俺たちは、カニのモンスター……カニジャイアントとの戦闘に突入した。



「ナナ!」


「はい、主様!」



 俺は補助杖を装備しナナにいつもの強化魔法セットを掛ける。



「この身に主様の力が……! まいります!!」



 スーパーナナ状態になった彼女はさっそく水飛沫を上げてジャンプすると、カニジャイアントの真正面に飛び出した。



「――って! 火力も高いし防御もあるって言ったわよね!? そこ、一番危ない場所ーー!!」



 メリーの言葉の通り、相手は飛んで火にいる夏の虫だとでも思ってか、真正面にやってきたナナに向かって自慢のハサミをハンマーのように叩きつけようとする。


 だが!



「その程度の攻撃速度で、わたくしを捉えられると思わないでくださいませ!」



 迫りくるハサミにナナがそっと手を当てると、次の瞬間にはビュンッと体をさらに上へと飛び上がらせ、攻撃を回避していた。


 どころか。



「ブググググーーーー!?!?」



 ナナが飛び上がるのと同時、彼女が触れたカニジャイアントのハサミが強烈に弾き返され振り上がり、その美味しそうなカニのお腹部分を晒す事態になっていた。



「え? え? 何が起こったの!?」


「――フッ」



 メリーには見えてなかったが、俺にはわかる。



(恐ろしく速い手刀……俺でなきゃ見逃しちゃうね)



 手が触れたあの一瞬。

 回避と打ち返しを同時に担う一撃を、俺はしっかりとこの目で見ていた!


 ヒュウッ! さっすがスーパーナナだぜ!




「メリー! なんか有効そうな攻撃魔法の準備!」


「え? あ、わかったわ!」



 ナナが作ってくれたこの隙を逃すつもりはない!

 気の抜けた顔をしていたメリーもこれが好機だとすぐに理解し、何かの魔法を練り上げ始める。



「ナナ! 追撃用意!!」


「はい! 主様!」



 天井から伸びる鍾乳石っぽいのを掴んで高所を確保していたナナにも指示を出し、ダメ押しのもう一撃を身構えさせたところで。



「ブググググググ!!」


「なに!?」



 危機を察したカニジャイアントが大量の泡を吐いて防御膜を作る。


 膜は一瞬でカニの巨体を覆い包み、強固な守りを形成する!



「ブググー!」


「そんな器用な真似ができたのか! なら俺が――!」



 膜をぶち破るべく『財宝図鑑』から貫通力の高い槍を取り出し《イクイップ》した、その時。



「大丈夫よ! 魔力充填完了! ぶち抜くわ!」


「!?」



 背後に感じた熱に振り返ると、そこには魔杖に炎の渦を纏わせているメリーの姿があった。



「ブググッ!」


「あなたの弱点は、火! 私の得意属性も、火! 相性は抜群なんだから!」



 糸でも巻き取るかのように魔杖をくるくると回し、自身も踊るようにくるりと一回転。


 再び狙いをつけた魔杖の先には、炎の渦を圧縮した魔法の火が球体状になっていた。




「――ぶっ飛べ! 《フレイムカノン》!!」


「!?!?」




 号砲一撃。


 まさしく大砲もかくやという轟音を響かせ、火球が剛速で打ち出される。



「ブグゥッ!?」



 それは足元の水を蒸発させながら、カニジャイアントの泡の装甲など無意味とばかりに吹き飛ばし、奴のどてっぱらに命中した。




 ゴ、ボゥンッ!!




 魔の火砲はそのままカニジャイアントの体を貫通し、直後にその巨体を炎で包み込む。


 香ばしい焼けたカニの匂いがフロアに充満していく。




「………」



 ゆっくりと、カニジャイアントは仰向けに倒れ、その命が尽きたことを俺たちに知らせた。



「す、すごい……」



 天井から聞こえてくる、ナナの感嘆の声。



(いや、ちょっとこれ……想像以上だ……)



 俺は言葉も失って、ただただ彼女の起こした魔法の威力に目を奪われていた。



「ふふんっ。これでも魔杖適性Bだもの、舐めてもらっちゃ困るわ」



 高い装備適性と、性能のいいアイテム。

 そのふたつの組み合わせが生み出す力の凄さを、俺は自分以外で初めて目の当たりにしたのだった。




      ※      ※      ※




「本当に、本当にすごい魔法にございました、メリー様」


「おーっほっほっほ! もっと褒めてくれてもいいのよ、ナナさん?」


「はい。わたくしには魔法の適性などありませんので、憧れます」


「ふふんっ。あなたが望むならこれからいくらだって見せてあげるわ!」


「……ナナの中でメリーの株が爆上がりしてるなぁ」



 戦い終わって、せっかくだからと俺たちはカニジャイアントを素材に解体する。

 すでに加工された扱いなのか、宝物庫でアデっさんに見てもらうとレアリティUCの料理品アイテム『焼いたカニジャイアントの肉』になっていた。


 やっぱ食えるんだなこれ。



「パーフェクト、パーフェクト、カニ味噌は……残念。焼け溶けてなくなってたか」


「白布、ちょっと見ててもいいかしら?」


「フッ。俺の背後に立つな……」


「立たなきゃ見れないでしょうが」



 まだまだ取れるカニ素材を集めていると、メリーが寄ってきた。

 彼女は解体装備セットでサクサク素材を回収する俺の動きに興味津々のご様子で、しばらく俺の背後でしげしげと観察したあと、隣に並んで身を屈め、話しかけてきた。



「白布はほんと、なんでも器用にこなすわね。さすがはすべての装備適性A」


「それを言うなら、さっきの攻撃魔法なんてマジすごかったな」


「そ、そう? ふふっ、これでも王都の学園で上位の成績を修めていたのよ? ま、当然よね」


「へぇー」



 褒められるのに弱いのか、少し顔を赤らめながらも得意げにすました顔を浮かべ、メリーが胸を張る。

 特に何がとは言わないが、俺はそのサイズ感も好きです。



「なんにせよ、頼りにできそうでよかった」


「ええ。それなりに魔法は色々習得済みだから、頼りになさいね!」


「おおー」



 さすがは旅するほどのバイタリティに溢れたお嬢様。

 たゆまぬ鍛錬に裏打ちされた自信を、その表情から感じ取ることができますなぁ!


 俺からも信頼の熱い視線を送っておこう。



「まぁ、あなたの支援を受けたナナさんが前衛を張ってくだされば、私の魔法でモンスターなどドカンバキンとけちょんけちょんにしてさしあげてよ! おーっほっほっほ!」



 立ち上がり、高笑いまでし始めるメリー。

 一見すれば高慢な印象を受けるかもしれないその笑みも、その実力を目の当たりにしたあとではそうできるに足るものだと確信が――。




「あ」


「へ? ……きゃあ!?」



 突如として水柱が上がる。



「メリー様!?」



 ナナが驚きの声を上げる。




 何が起こったのか。


 答えはシンプル。



「がばごぼぼぼっ!!」



 高笑いして数歩後ろに下がったメリーが、泉の深いところに落ちたのである。



「メリー様、お手を!」


「引き上げるぞ! せーのっ!」


「……ぶはぁっ! ぜはー! ぜはー……んもぅ! なによぉー」



 すぐに俺とナナで引き上げるも、メリーは全身濡れ鼠になってしまった。



(む……!)



 あー、ダメダメ。

 魔術師のローブがピッタリと体に張りついて、ちょっとエッチ過ぎます。


 お可哀想に(ありがとうございます)。



「カニジャイアントの死骸のせいでちょっと境界がわからなくなってたか。災難だったな」


「うぅ……」


「どうぞ、メリー様。手拭いにございます」


「ありがとう、ナナさん……まったく、どうして私はこう……」


「ん?」


「あ。何でもないわ! ダンジョンって気を抜けないわねって思ったの!」


「だな」



 一瞬の油断が命取り。

 たとえモンスターの脅威がなくなっても、フロアのギミック次第では長居できない場所もあるのだろう。



「ここも、腰を落ち着けられる場所がほとんどないしな。さっさと次のフロアに行こうか」



 錫杖を取り出しメリーに《リフウォッシュ》を掛けて浄化しながら、俺はうねうね銀河ゲートを見やる。



「最初のフロアから水浸しとは、驚きでございました」


「本当よ。次はもっと普通の場所であって欲しいわ」


「だな。できればお宝が置いてあるだけの部屋とかがいい」


「いいわねそれ」


「はい。そうであるように祈りましょう」



 口々に次はどんなフロアがいいだとか話しながら、俺たちはゲートへ向かう。



「………」



 その最中、メリーが一度だけ振り返り、自分が水ポチャしたところを恨めしそうに見ているのに気づいたが。



(まぁ、あんな恥かかされた場所だもんな。そういう風にも見ちゃうよなぁ)



 なんて、この時の俺は軽く考えてスルーした。

 それと同時に、さっきわずかにだが感じていた違和感も、まとめてスルーしていた。


 それが諸々間違いだったと気づくのは、この先、ダンジョンを攻略していく中。



「ひやぁぁぁぁ!」



 彼女の“活躍”を、目の当たりにしていくにつれて、であった。


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