第022話 《ストリップ》の真価!



 月下の都市長邸廊下。

 尻もちをついたメイド……もとい、どっかの女スパイのノルド。



「さぁ、どうする?」



 それを見下ろし勝ち誇る俺、装備適性オールAの男、センチョウ。



(……っぶぁぁぁぁ!! なんとかなったぁぁぁぁぁ!!!)



 の、内面。

 どうにかこうにか形勢逆転、ピンチを乗り切り大安堵である。



(宝物庫の中でめいっぱい練習してきた甲斐があったぜ。何とか動けた!)



 GRのチート装備『ゴルドバの神帯』の力を使って装備適性を上げた俺は、ぶっつけ本番になることを忌避して練習タイムをとった。


 モノワルドにおいて絶対たる力を持つ装備適性。

 装備者に適性に応じた補正を与えるそのシステムは、適用されたその瞬間に、装備者もまた装備の扱い方を引き上げられた領域まで何となく把握する。



(分かっちゃいるし、そこは信じていいと思わなくもない。が……)



 それでも俺は、たとえ世界がそういうものだと分かっていても、命がかかった状況のそれもぶっつけ本番で、装備適性Aという未知の領域がもたらす力に身を任せる勇気は持てなかった。


 そこで、俺は自分の気が済むまで宝物庫に留まり、練習しまくったのである。



(すり足したり壁を蹴ったり、床に寝転んで寝間着の寝心地を確かめたりな!)



 なお、あっちで休んでもこっちで体力回復したりはしない模様。

 宝物庫内でした装備もこっちには反映されないし、完全にイメトレ専用だな!


 しかぁし、そのイメトレの成果は存分に発揮されたといっていいだろう。



(備えあれば憂いなし。装備も訓練も事前にいっぱい準備した奴が強いのだ!)



 おかげで「装備? 何それ?」とばかりに素手で首コキャしてきた女スパイも、尻もちついて驚きの顔。次の手を打とうとするような気配もない。



(機先は制したっていうんだっけね、こういうの)



 想定では相手を弾き飛ばして向かい合うくらいを考えていたが、想像以上に優位を得た。

 この辺はやっぱり装備適性オールAの補正っぷりを実感する。



(神帯と本を除けば、レアリティRもなさそうなパジャマと下着と靴下だけでこれなんだからやべぇよな)



 ともあれ。

 こうして練習の甲斐もあり、俺は人生初の死線を潜り抜けたのである。




      ※      ※      ※




 どうして私は、こんなところで尻もちをついているのだろうか。



「さぁ、どうする?」



 問いかけているのは齢にして8才の少年。

 私がお世話役に扮して騙し、利用していた都市長の娘と同じ年の、子供。



(そんな子供に出し抜かれたというのか、この私が?)



 不可解な出来事は確かにあった。

 こちらの狙いを見抜かれ警戒されてしまった。


 だが、それでも十全に装備した私が、寝間着姿の子供に後れを取るはずがなかった。

 これまでの人生で鍛えた暗殺の技術がよもや通じないなどとは、微塵も思っていなかった。



(音を立てない歩法を使った、ならば少なくともB以上の靴下適性を持っている。だが、それだけではあの動きは出来ない。パンツ適性による股関節の可動補正でもあったのだろうか。それとも、この幼さにして適性A以上だとでもいうのか? いや、そもそも。あの本と、布はなんだ?)



 これまで培った知識を総動員してその正体を探るが、その行為自体が後手に甘んじていると己を情けなく思う。


 大事な任務の最後の最後に、とんだ失態を演じてしまっていた。



(まったく、ツイてないにも程がある……)



 こっちは潜入任務完遂の最終日。

 ていよくカレーンを誘導して外へ飛び出させ、その騒動のうちに仕掛けを施し、夜に回収。

 パルパラの機密情報の束をごっそり奪い、あとは祖国に悠々凱旋するだけだった。


 そこにひょっこり現れた孤児院の少年。

 たまたまカレーンを助けた縁で一晩泊る栄誉を賜った、なんてことない、ちょっとだけ運が良かった平民。


 それが人生26年、密偵歴13年の経験と秘密道具適性Bを誇る私の殺意を見抜き、身体能力を凌駕して、今こうして優位な立場から私を見下ろしている。

 まるで私の抵抗にすべて対応できるとでも言いたげに、問いかけている。



「………」



 閉口するしかない。

 とんだ怪物と出会ってしまった。ぶつかってしまった。見逃せばよかった。



(虎の尾を踏んだのは、私だったか)



 容易く狩れると思っていた相手は、初めから全力を出さねば一矢も穿てない相手だった。


 逃げなければいけない。戦闘から逃走へ思考を切り替える。



(私は捕まるわけにはいかない。祖国のため、あの方のため)



 生存を第一に考える。



(落とした資料は諦める。今はどうにかこの怪物の目を盗み、退路を確保するしかない)



 相手が仕掛ける前に動かなければと、その動きのひとつも逃すまいと目を向けたその時。



「《ストリップ》」



「え――?」



 ただ淡々と、何の予兆もなく少年の口から放たれた聞き慣れない単語。

 何かの呪文を唱えられた、と思った時にはもうすでに。


 私は、決定的な敗北を刻み付けられていた。



「……!?!?」



 思考が停止する。



 だって当然だろう?

 気づいた時にはもう、理解不能な出来事は起こっていたんだ。



(は、え……?)



 その瞬間に感じたのは、力をなくした喪失感と、肌寒さ。

 その原因は、装備していたメイド服が消失したから。


 この危機的状況で、どういうわけか私は、怪物を前に下着姿を晒していたのである。




      ※      ※      ※




 い・つ・も・の。



(まぁ、今の俺にできることなんて、これくらいしかないわけだよ。ワトソン君)



 装備を奪うことイコール能力低下なモノワルドにおいて最強の一手、《ストリップ》。

 唱えられさえすれば対象の装備を剥いでしまえるチートオブチートは今夜も健在である。



「な、な……?」


 

 俺が呪文を唱えたことは分かっているけど起こったことが受け入れられない。

 そんな顔でこっちを見つめるノルドには、ちょっとだけ同情する。


 謎の女スパイかアサシンか、とにかく暗躍のプロである彼女。

 彼女の装備適性がいかほどかはわからないが、手に装備なしで俺を首コキャできるってことは、装備に頼らない範囲でも相当の研鑽を積んできたに違いない。

 そんな熟練の技が通じないどころか、気づけば服まで奪われて、本来絶対見せない素肌を晒してるとあっちゃ、完全に理解不能だよな。



(……あー。今ならどうして全裸三兄弟があれだけ町の人に騒がれたか分かるな)



 装備至上のモノワルド。常識的に考えて「装備しない生活」がありえない。ましてや「装備どころか着てすらいない」ことの意味不明さたるや、俺の前世でどうたとえられるだろうか。

 全裸の男たちが堂々と街を歩いてますって言われたら、俺だってスマホ持って見に行っちゃうもん。配信者だし。

 この世界ならなおのこと、そんな狂気の沙汰をやったアホがすぐ近くに出たと聞いたら、そりゃあ町の人のテンションもバグって野次馬根性も出てくるってもんである。



(改めて、この能力のやばさを理解したぜ、ゴルドバ爺……!)



 《ストリップ》はそんなイカれた状況を相手に押しつける、精神攻撃でもあったのだ。


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