現在⑩
藤岡るり子が住んでいた、高田馬場のアパートは、今にも倒壊しそうな古い建物だった。
この建物は建築基準を満たしているのだろうかと、馬渡は不安になる。ここに来る途中に寄った不動産屋によると、このアパートのほとんどの部屋は出稼ぎに来ている外国人が借りていて、人の入れ替わりも激しいのだという。今時は珍しくなった、バスなし、トイレ共同の六畳一間。こんなところに、藤岡るり子が辻村優と暮らしていたのだろうか。
「以前、この隣の部屋に住んでいた女性についてお聞きしたいのですが」
アパートの隣人は、日本に来て数年だという韓国人の女だった。最初、ビザが本物かと疑わわれていると勘違いしたようで、何かをわめいていたが、馬渡が英語と日本語で説明すると落ち着きを取り戻した。
キムと名乗る女は、三十代後半ほどだろうか、猫の毛が大量に付着したフリースを着ていた。近くの料理店に勤務しているという。
「この写真の女性です」
るり子の写真を見せると、キムは覚えているようで、頷いてみせた。
二年ほど前に、アパートの扉の前で会ったという。
「かえり、だったミタイ。あさの七じ」
キムはその前日に、ゴミ出しの時間が早すぎることで大家から注意されたそうで、自分ではないと言いたかったが伝わらなかったらしい。この地域では、資源ごみについて収集が独特で、全ての種類の資源ごみを同日に集める。そのため、付近の住民がごみの種類を分ける籠や袋を朝に出してくるそうだ。キムは、隣の女が帰宅した早朝に分別しないゴミを出すことを知っていたので、一言文句を言ってやろうと思っていたそうだ。
朝の七時過ぎ、アパートに帰った女にまくしたてると、女は訳が分からなかったのか、「うるさい」とか言いながら睨んできたという。
「そしたら、へやからもうひとり、出てキタ」
「…この方でしょうか」
馬渡が辻村優の写真を見せると、キムは首を振った。
「たぶん、しまい。カオにてた。そっくり」
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