現在⑧

 藤岡るり子が出演したアダルト動画が見つかったらしい。

 藤岡るり子が死体遺棄の現行犯で逮捕されてから、週刊誌にはるり子の様々な情報が載るようになった。

 義父に性的暴行を受けていた生々しい証言から、学生時代の孤立した様子、会社員時代の嫌がらせや不倫まで、実に様々な内容が紙面を賑わせた。

 もしも、と西嶋綾乃は思う。もしも、るり子が美しい顔を持っていなければ、ここまで人の興味を誘わなかったのではないか。

 西嶋綾乃は、るり子が以前勤めていた会社で、同じ部署で働いていたOLだ。高校を卒業してから、一般職としてもう十年以上勤務している。

 るり子が部署にいたのは、二年ほどの短い間だったと思う。その頃にはるり子が朝賀健人と「不適切な関係」にあることが社内に知れ渡っていて、あからさまにるり子を虐げる人間がいた。

 そう、あれは虐げるという表現がぴったりな状況だった。

 綾乃は借りているアパートの一室で、週刊誌を広げながら思う。

 美しく、仕事をそつなくこなす、総合職のるり子はただでさえ人のやっかみを浴びる存在だった。その彼女が脂ののった係長と不倫したと知ったとき、鬼の首をとったような気分になったのは綾乃も同じだった。

 社内会議の資料がすり替えられていたり、ロッカーのものがなくなるのは日常で、内線で嫌がらせの電話があったり、社内SNSで着替え中の写真がアップされたこともあった。

 写真はすぐに削除されたが、個人PCに保存されたデータまでは回収できなかったと聞く。実際、綾乃もその画像を持っている。

 るり子は逃亡生活中、風俗店に勤務し、アダルト動画に出演し、分かっているだけでも四か所以上の街を転々としていたそうだ。


 美人すぎる殺人犯、AV出演費で豪遊生活か――


 週刊誌にはそんな、頭の悪そうな見出しが大きく載っていた。

 綾乃は最近、るり子のことが載っている週刊誌の記事を集めていた。今日、会社帰りにコンビニで購入したこの記事も、切り抜いてファイルにまとめるつもりだった。

 どうしてそんなことをする気になったのか、綾乃自身にも分からない。ただ、恋人の死体と逃げ回っていた殺人犯が、自分と同じ会社にいた事実に興奮したのだと思う。

 平凡すぎる人生、同じことを繰り返すやりがいのない仕事、恋愛もさえない、人を見返す結婚もできそうにない――そんな自分の一生に、殺人犯との接点があった。

 誰かに話したくなるくらい、刺激的な話題だ。人に話すとき、誰よりも情報通という立ち位置で好き勝手にふるまいたい。

 綾乃はるり子を好きではなかった。特に嫌っていたわけでもないが、同僚たちがるり子に嬉々として嫌がらせをする気持ちも理解できていた。

 藤岡るり子は、そういう人間だったのだ。人の嗜虐心を揺さぶる、奪われる側独特の空気を纏っていた。人に怯え、下から顔を見上げるような人間なのに、妙なところで勝気で、プライドが高く、何よりも、嫌がらせをされても顔色ひとつ変えなかった。

 その涼しげな態度が、人の感情を逆なでしたのは間違いない。

 綾乃には、あのプライドの高いるり子が、体を売っていただなんて信じられなかった。

 今日購入した週刊誌には、るり子が豪遊していたのではないかと憶測が書かれていたが、一昨日見た別の週刊誌には、全く別のことが書いてあった。逃亡中のるり子の生活はあまり豊かではなかった、とあったのだ。

 毛玉のついたコート、ぼろぼろの合皮の鞄で風俗店に勤務し、どんなオプションでも引き受け、時折怪我をした様子で包帯をしながら朝方まで勤務する。

 話から浮かんでくるるり子は、追い詰められたように金を求めていたのではないかと思う。

 しかし、金の使い道は一切不明だそうだ。

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