12時発、1時着。時間厳守にて。

大月クマ

大晦日の茂林寺にて


 ああ、どうもおはようございます。こんにちは。こんばんは。

 あっ、今須います阿佐比あさひです。


 気が付いたらもう年末。皆さんどうお過ごしでしょうか?


 今日は大晦日。

 僕は、12時丁度の茂林寺もりんじ駅へ向かう電車に乗ったところです。


 理由は、一夜先輩だ。


 冬休みに入ってから、僕は貯まっていた本を読みふかし、昼頃まで寝ていた生活をしていました。

 ああ……コンビニのバイトは、目的を失ってしまいましたが続けています。術の先生が口に出せない事で捕まったため、自然解散したわけですけど。

 まあ立地条件が、学園都市の駅前。利用者が学校関係ぐらいしかいないので、「冬休みはいいよ」と、この期間のシフトが外されている状態です。

 まあ、何とか冬休みに入る前に、一夜先輩から出雲からの帰りの旅行費を返してもらいました――散々渋られたのですが。だから、財布には少し余裕があります。後は、あの新ヶ野あらがの市を護る(?)地主神――僕にとって疫病神――の『長月ながつき』様から、子供料金を奪い返せば……


 でも、僕もそこまで鬼ではないです。


 神様からお金を取るなんて――お金を請求した神様もどうかと思うのですが、玉串料ということにしておきましょう。


 まあ今日、31日も昼まで寝ていたかったのですが……

 朝っぱらから、スマホの電話の呼び出し音が鳴りっぱなし。

 無視しててもメッセージの着信が嫌がらせのように、鳴り響く始末。


「誰だよ――」


 眠たい目をこすりながら、スマホの画面を覗くと……案の定というか、一夜先輩の名の名前がズラリ。

 時刻は10時をすぎたぐらいか――


 ――ヤな予感しかしない。


 今まで、この先輩に付き合ってろくな事がない。しかも大晦日。何か僕の知らない行事イベントでもあるのだろう。

 長月様の神様関係か、本業の魔女か……


 ――電源を切って、ふて寝するか……


 と、思った途端、今度は家の固定電話が鳴り出した。


「アサヒちゃん。学校のお友達からよ!」


 高校生にもなって、『ちゃん』付けは辞めてくれと、母親に何度も言った。だって、電話の相手に聞こえたら恥ずかしいじゃないか! しかし、母親には――純粋な吸血族なのもあるので――逆らわないようにしている。色々と勝てないから。でも、家の電話に掛けてくるのは、いったい誰なんだろうか?


 ――コードレスなんだから持ってきてくれればいいのに……


 呼ばれたからには仕方がないと、2階の自分の部屋から階段を下りる。母親から受話器を受け取った。

 そして、耳に受話器を当てた第一声が、


『アサヒちゃんだって!』

「――切っていいですか? 先輩……」

『冗談よ。アサヒちゃん』

「――今年1年お世話になりました」

『待って、切らないで!』


 どうして僕の家の電話番号を知っているのか? 一夜先輩には教えた記憶がない。いや、今どき固定電話の番号など、友達に教えるほうが少ないだろう。

 散々、スマホに電話を掛け、「起きてる?」「連絡下さい」「生きてる?」「ニンニク投げ込むぞ!」などとメッセージを入れてきた人物だ。家の電話番号をどう知ったかは、もう考えるのはよそう。


「で、何か御用ですか?」

『冬休み中、昼過ぎまで寝ているのだから、暇だろうと思って――』

「なんで知っているんですか?」


 一瞬、ストーカー? と、頭の中によぎったが、一端の魔女である一夜先輩なら、占いか何かで見透かされていたか? それなら、うちの固定電話の番号も――


『1時に茂林寺に来てくれない?』

「――何故?」

『人手がいるのよ。他の子にも声を掛けて――』

「――何故?」

『話を聞いている? 人手がいるっていっているでしょ。長月様が――』


 ――ああ、あの疫病神のなにかの案件か。そんなこと、お断りだ!


『来ないつもり?』

「――よいお年を……」

青葉あおばちゃんから聞いたけど、4月にあたしの写真、ホントは消していないって。盗撮魔として言い触らして……』

「はい。1時ですね。わかりました先輩!」


 慌てて電話を切った。

 僕の所為じゃない。スマホの自動機能だ。写真をクラウドに上げる機能をすっかり忘れていた。スマホの中のは確実にあの場で消したんだ。

 いやいや、そんなことよりも、千里眼を使える加納かのう青葉と知り合いだったとは!?

 変なことを彼女から、一夜先輩に吹き込まれていないか心配だ。妹の紅葉くれはさんがしっかりしているから、何とかなると思うけど――



 ※※※



 で、茂林寺に着いたわけだが、電話では言っていなかったが、用事は長月様であろう。

 お寺のほうでは、初詣等の客目当ての屋台も並び、年越し準備万端と言ったところだろう。

 昼の空腹の誘惑を振り切り、お寺の奥の茂みへと、夏に初対面した場所に向かった。


「遅いぞ、イマス。どこにいるか探したじゃないか!?」

「よう! 元気でやっているか?」

「………………………………………………こんにちは。今須さん」


 夏に見た大岩の前に、いつものメンバー。鵜沼さん、太田、伏見さん。で、肝心の一夜先輩はどこにいるんだ?


「ああ、吸血鬼も来てくれたのか。助かる」


 振りかえると、神主姿の小学生……じゃなかった。あの新ヶ野市を護る(?)地主神、長月様がいた。巨大なしめ縄を背負っている。とはいっても、肝心の先輩はどこだ!


「では、これから作業の説明を――」

「しめ縄を取り替えるだけだろ。ガキは黙って横で見てろ!」


 陣頭指揮を執ろうとした長月様を、鵜沼さんが黙らせた。

 怒鳴られた長月様。シュンと黙って、広場の横に座り込んでしまった。


 ――今日はなんか荒れているなぁ。てか、一応、あれでも神様だろ……


 それにしても、妙に鵜沼さんが気が立っている気がする。

 何かあったのか? 女の子の日でもあ――


「…………………………仁美は先輩から「お金を返してくれる」と、いわれて来ているんです」


 と、伏見さんが僕に耳打ちをした。


「お金? まだ夏休みの屋台の食事代、返していないのか先輩は!」


 そりゃあ荒れるか。

 僕が先に交通費を返して貰えたから、ひょっとしてその所為で鵜沼さんにお金が回ってこなかった? まさかねぇ……


「イマス、ボーッとしていないで、古いしめ縄外せ!」

「はっ、はい!」


 今日は鵜沼さんには逆らわないでおこう。

 彼女はヒョイヒョイと足を掛けるだけで、岩に飛び上がっていった。

 一応、黄泉よみのの国の入り口なんだが、神聖そうなものにそう簡単に上がっていいものだろうか。

 まあ、広場の隅っこで不貞腐れている神様が、何も言わないからいいか……


「切るぞ!」


 前に来たときは、よく見ていなかったが、太いしめ縄を吊るように何本かの細い縄が岩の上で結ばれていた。太田と僕、伏見さんが慌てて岩の周りに散ったが、配置につく前に、鵜沼さんは縄を切ってしまったではないか。


「イマス、太田! ちゃんと受け取れ」


 古いしめ縄を地面に落としたのは、僕らふたり。伏見さんが1番行動が早かったので、受け止めている。しかし、勝手にやったのはイラついている鵜沼さんじゃないか。八つ当たりは辞めて欲しい。

 その後の作業は新しいしめ縄を、岩の周りにグルリと並べる。それにまた新しい細い縄を掛け、上にいる鵜沼さんのほうに投げる。受け取った彼女が別方向へ、縄の先端を垂らすので、それをしめ縄へまた掛ける。「遅い」「のろま」と、罵声を浴びせられながら、しめ縄に掛けるために、太田と僕だけが走り回っていた。

 微動だにしない伏見さんだったが、最後においしいところだけ持っていった。垂れ下がった縄をグイッと引っ張ると、しめ縄が持ち上がり岩を周りに固定する作業を、彼女ひとりがやった。


「こんなもんか……」


 鵜沼さんも岩から下りてくる。

 手慣れたものだ。

 前にもやったことがあるのかな? そう思ったが、今日は話しかけないでおこう。


「長月様、終わりましたよ」


 未だに不貞腐れている神様。

 ふと見れば、地面にのの字を書いていた。それに、もうひとつ入ってきたものがあった。


 ――これって、神社のちいさいヤツだよねぇ。


 それは小さく古ぼけたおやしろであった。

 これが地主神、長月様の神社なのであろうか? だとしたら、見捨てられ傾いた社に、この神様が住んでいることになる。


 ――僕は……僕らはなんて非道いことをしているのか。


 地主神がいることも、数ヶ月前に知った。

 こんな小さな姿の神様を、僕は小馬鹿にしていた。

 やはり旅行費は請求しなくてよかった。こんなところに住んでいる神様に。人に忘れられた神様に、お金を請求するなんて……なんて愚かであろうか。

 年の暮れになって、後悔することばかりだ。疫病神だのなんだの思っていた自分が恥ずかしい。

 鵜沼さんはそれを知っているのだろうか? こんな邪険に扱って……

 そもそもしめ縄って、30日よりも前に新しくするものじゃないのか?

 こんな年の暮れまで、ほったらかしにして、大晦日に慌ててるなんて。ここにいない一夜先輩だって――


 ふと、長月様が地面に落書きするのを辞めて顔を上げた。


「お主――」


 僕を見ている。純粋な目だ。僕は人として非道く悪いことをしてしまった。

 後悔が――


「なんか勘違いしているだろ?」



 ※※※



 うちでお茶でも飲んでくれ、と言われるまま僕達は長月様に付いていった。

 茂みを抜け、茂林寺の境内を抜けると、人目に付きにくいようにかこいがされた場所に、家が建っている。

 古びてはいるが、昔のドラマなんかで出てきそうな……そう金田一という探偵が活躍しそうな、豪農のお屋敷といった感じの建物だ。

 長月様を先頭に、門を抜けて玄関を開ける。


「ただいまッ!」


 あたかも自分の家のように長月……えっ?


「ワシのうちじゃか?」


 と、そそくさと疫病神は家へ上がり込んだ。


「えっ? お寺の人の家じゃぁ。神社とお寺って別々じゃぁ――」

「……………………今須さん。それは明治に人間が勝手に決めたことですよ」


 と、伏見さん。


「知らないのか馬鹿だなぁ」


 と、太田と鵜沼さんにも言われた。

 伏見さんはともかくとして、勉強の出来そうもないふたりに言われるのはムカつく。


 ともかくとして、ここが長月様の家らしいことは確かなようだ。しかもお手伝いさん付き!?

 ホントかどうかわからないが、長月様の説明によると……いつの時代からか、地主神とお寺の僧侶を交代で、ここの家系が入れ替わり務めているそうな。しかも何の因果か、ちゃんと1世代おきに、神様の力を授かっているとか。というと、先代の地主神は長月様の祖父ということになる。でもって、長月様本人は、見た目通り小学生だ。

 平日はちゃんと義務教育に勤しんでいるとのこと。


 ――旅行代金請求してもいいよねぇ。


 長月様の両親を捕まえて――説明が正しければ茂林寺お寺の住職だろう――9月の旅行費を改めて請求しようかと思った。が、年末年始で忙しそうだ。家の中は大騒ぎだ。大人達がいっぱいいるし、走り回っている。

 この中で探すのは難しいだろう。まあ場所はわかったのだから、改めて請求しに来ることとしよう。


 さて僕らはそのまま、長月様の部屋へ案内された。

 8畳ほどもある、あきらかに僕の部屋よりも大きな子供部屋。専用のコタツもあるし、専用のテレビ……うちのメインのより大きいんじゃないか? それに――


「中々手に入らないゲーム機があるじゃないか!?」

「くくくッ、お主も好きじゃのう」


 太田が見つけたのは、転売ヤーの所為で品薄になっている最新型のゲーム機。いや、それ以外にも色々とゲームは揃っている。キャンディー棒みたいな古めかしいコントローラーのゲーム機は何だ?

 ふたりは……いや、鵜沼さんも含めて、ゲームに没頭しはじめた。


「私は電源をいただければ……」


 伏見さんは、コンセントを見つけると、お腹の下からケーブルを出して充電(?)しはじめている。てか、それで動いているの?


 ――僕はどうしようか?


「隣の部屋に本があるから」


 言われるままにそこを覗いて見ると、ホントに個人の家だろうかと疑いたくなる光景が広がっていた。

 漫画喫茶並み……いや、それ以上だろう。いったい何冊ぐらいあるのだろうか?


「10万はくだらんだろうなぁ」


 長月様はゲーム誌をしながらでも、僕の問いに答えてきた。てか、変なことに神様の力を使わないほうが――

 ともかく、漫画や小説、専門書などが所狭しと並べられている。奥に行けば行くほど年代が遡っているようだ。


「読んだらちゃんと戻して置けよ。親父殿は整理にうるさいからな」

「はいはい。わかりましたよ」


 さて、どこから手を付けていこうか――



 ※※※



 何か忘れているような気がする。

 忘れるぐらいだから、たいしたことではないのであろう。

 時間がどんどん過ぎていった。夕方になれば、忙しいからと夕食が出された。海苔巻きといなり寿司のいわゆる『助六弁当』だけど、ちゃんとお清汁(インスタント)も付いてきた。

 相変わらず、ゲーム組と読書組に分かれている。

 読書組の僕には気が付けば、伏見さんが増えていた。ただ、彼女は読んでいるのかよく分からない。本を手に取り、ペラペラとめくるだけ。それで読んでいるのか? 速読術なのだろう。そう思いたい。


「あっ、思い出した!」


 そうだ、忘れていた。

 大晦日なのにソバを食べていない。除夜の鐘も突いていない。


「ソバなら、外で炊き出しやっているから並ぶか?」


 長月様は僕の思考を詠んでいたようだ。チラリとゲーム画面を見ると、レースゲームでボロ負けしているのが目に入った。


 ――逃げたいのか。しかし、太田、鵜沼さん、小学生に手加減しろよ。


 全員揃って外に出る。食事が出来ない伏見さんも付いてきたが、まあひとりでいる気がないのだろう。

 外はさすがに寒い。

 もうあと1時間もすれば1月だ。さすがに寒くて当たり前か。

 境内のほうは、厳かというよりも賑やかだ。屋台も出ているし、炊き出しの甘酒とソバも振る舞われているからであろうか。

 ふと、鐘撞き堂を見ると人だかりが出来ていた。

 時間になる前にいい場所で見たいのか、自分も突きたいのか。


 ――あれだけいると、除夜の鐘は突けそうにないな。


 今回は音だけ楽しむこととするか。

 うちの近所のお寺なら、人が少なかったから突かせてもらったけれど。

 それよりも炊き出しの列が長い……寒い。


「寒すぎる。あたし走ってくるは!」


 我慢できなくなったのか、鵜沼さんは列から抜け出して行ってしまった。


 ――人の邪魔になるのだけは止めて!


 彼女は止めるまもなく、縫うように人をかき分けて消えてしまった。

 どこまで行くのか知らないが……ひょっとして、狼の本能が人間の理性に勝ったのかな。どうせ山の中、駆けずり回っていそうだけれど……って今、ジャージ姿だったよねぇ。完全な狼になったときに、服とかどうする気なんだろうか?

 そして、暖まったと人間の姿に戻ったときに……


 ――そっちのほうが寒すぎる!


 裸の鵜沼さんを想像してしまった。

 エロというより、この寒さで真っ裸なので異常者だろう。むしろ風邪を引かないか心配だ。



 ※※※



 時刻はどんどん過ぎ、夜は更けていく。

 スマホの時刻を見ると、午前1時を指している。それでも人のはける気配はない。初詣でお寺というのは如何なのかと思うが、まあ自分もここにいるのだ。人に文句を言う立場ではないか。


「ハッ、ハッションっ!!」

「………………仁美。無理しすぎです」


 豪快にクシャミをしているのは、鵜沼さんだ。案の定、ブルブル震えて帰ってきた。

 食事を摂取する必要がない伏見さんが並んでいたのは、彼女のためだったようだ。

 散々並んで甘酒――もちろん、ノンアルコール――だけが手に入った。ソバは早々に配り終わったそうだ。でも、寒い中で湯気を上げる甘酒は旨い。

 ポカポカする……ホントにアルコールは入っていないよねぇ~。

 底冷えする境内でずっと立っていた体に染み渡る。耳たぶまで温まるん。何だろうか……クラクラする。目が回り始める。目の前に立っている太田が2人に見え、3人に見え――


「おい、今須、大丈夫か?」

「へぇ? 太田、何が?」

「顔が真っ赤だぞ」

「………………………………大変です。今須さんから異常な体温を検知しました」


 とのことデス。

 伏見さんがなんかいっているが何だろう……理解できない。

 理解できないのは、他にも――


 目の前に、居ないはずの黒髪のお下げの小学生が立っていたぐらいか。


〈了〉

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