出演者① - 主催者とその護衛役


 豪華絢爛ごうかけんらん。という四字熟語がある。

 この言葉は目を奪われる程に鮮やかで、贅沢で、華がある様を現したものである。

 そのビルはまさに、その言葉が使われる為に存在していると言っても過言では無かった。

 無数のシャンデリアとシャンパン。

 どの席にも高級食材がふんだんに使われた料理が並び、机に敷かれている白いシートには皺一つ存在しない。


 例えるなら、貴族の集会とでも言おうか。

 一般市民は生涯踏み入れる事のできない領域。

 そんなビルは今、一人の男の為に貸し切られていた。


 その男は外国人であった。

 しかし外国人だからと言って、日本語が話せない訳ではない。

 寧ろ日本語は日本人よりも丁寧な節が見受けられ、相当頭の良い人間なのだな、と感じさせられるレベルである。

 何故そんな男が、高級ビルを貸し切っているのか。

 それは、とある祝いのパーティーの為だった。


 ハルネ・ハーネスト。

 それが男の名前である。

 そして彼は────札幌の新市長である。

 何年か前から北海道に住み始め、市長になった理由としては、心底札幌という街に惚れ込んでしまったのだと本人は語っている。

 しかし、いつから滞在していたのかなどは全く語ろうとしない為、市長候補に落選した人々には少し怪しまれている節があるが、ハルネ自身はそんな噂話など全く気にしていなかった。


 ハルネは、とにかく立ち回りが上手い人間であった。

 他の市長立候補者と違い、常に主張は最低限度に。その代わり最低限度の中に最高の案を。

 最初は選挙車をよく思っていない市民の間から、ハルネの噂は広まった。

 ハルネは選挙に参加する前に、ネットで選挙車の近所迷惑についてソイッターで調べていたのだ。

 その結果、テレビだけでハルネは主張を続けた。何故選挙車を出さないのか、一部から批判を買うようなもので勝ち取った市長の座は偽りでは無いのか。

 この放送から、外国人という注目要素も相まってハルネの人気は高まっていった。


 更には持ち前の八方美人を存分に活かし、国の上層部ともコネを作る事で、有利にその選挙を進めていったのだ。

 一部の上級国民からは、体制を批判した者を市長の座に就かせるなど出来ないという声も出たが、ハルネは無事勝利を収めたのであった。最もそれには影があるようだったが────

 しかし大抵の市民は、そんな『裏』の事など知る由はない。知らなければ幸福でいれる事が、この世の常である。


 そんなハルネは綺麗に整えられた会場に足を踏み入れる。

 ハルネが会場に入ると、黒いスーツに身を包んだ護衛役の男達が仰々しく礼をして見せ、ハルネの事を歓迎した。

 ハルネもその雰囲気に相応しいスーツと本革の黒靴を纏っていた。

 しかしその場の雰囲気に似つかわしくない男が一人……


「随分なもてなされ方だな」


「まあね」


 黒服達の礼が続く一番奥にその男は立っていた。

 黒スーツがうざったらしいのか、わざとらしくネクタイを緩め、全体的に着崩している事で周りの雰囲気から明らかに阻害されている男は、別にそんな事を微塵も気にしていないのか、我が者顔でその場に腕を組みながら立っている。

 その男とは────


「もう、お兄ちゃんはもう少しマナーをだね?」


「あー?このスーツで締め付けられる感じが嫌なんだよ」


「かと言ってオーバーサイズを選んでも変だから我慢して」


「はは、仲がいいね」


 沙羅さら 篶成すずなりとその妹、沙羅 美鈴みすず

 街で『何でも屋』を名乗り活動をしている者達であり、そこそこにこの街では名が知られている人物である。

 何より有名になったのは、そのペアの異質さだろう。

 街の最強の一人と言われる20歳前後に見える男、沙羅 篶成。そしてゴシック調の黒ドレスを纏っている、中学生程の歳に見えるその妹、美鈴。


 まずはこの二人の歳の離れようだろう。

 篶成が何でも屋をしていると言われても納得はできるが、その横にいる女の子も何でも屋をしていると言われると、疑問が生じる。

 危険なのではないか?児童虐待では無いのか?と何度も篶成は街に蔓延る自称保健センターの人間達に言われているが、篶成は毎度ひと殴りで追い返している。

 美鈴も「今ならまだ真っ当な道に戻れる……!」と言われても「今の生き方のほうが合ってるんです。それに私が好きで付いているだけなので」と返すばかりで、保健センターの人達は思わず口を閉じざる終えなかった。

 やがてこの街で最強と言われて以降は、そんなに野次は飛ばされ無くなって来たのだが。


 そんな二人は今日、ある仕事を依頼されてこのビルに居た。

 ハルネ・ハーネストの護衛役。

 三日前の『リバース』との抗争にて、ハルネが篶成達に持ちかけた仕事である。

 仕事を果たした暁には、篶成と美鈴が欲しているという情報をハルネが提供するというので、篶成達はしぶしぶ協力する事にした。


「まあ、会場を開けるまでは自由にして居てよ。開場後、開会式の挨拶の時までに正装にしてくれれば良いからさ」


 そういうとハルネは、そのまま篶成の横を通り過ぎ、裏の控え室へと歩き始めた。


「何かあったら僕の部屋まで連絡をくれ。それまでは堅苦しくしていても息が詰まるだろう。どこかのソファに腰を掛けてゆっくり休んでいてくれ。それかこのビルの中を歩き回るのもいいだろう。どの階にも素晴らしい展示品があったりと、見ていて飽きないと思うよ。あっ、でも上の階には裕福層の方々がパーティーのついでにホテルを利用しているから、迷惑をかけない様にね。僕が貸切してるのはあくまでエントランスと3階までだから」


 ハルネは注意点等を伝えると、そのまま裏口に進んでいき、その後ろ姿が角を曲がった所で完全に見えなくなった。

 篶成は一旦ソファに腰掛け、美鈴に空いた時間をどう過ごすか尋ねた。


「ここで開場までの残り1時間を過ごすってなると暇じゃねえか……?」


「まあね〜最上階も見て来たいけどこの高さなら登るのも億劫だよね」


 パーティーが行われるビルは、札幌の中でも随一の高さを誇っている場所であった。

 全37階建。そう聞くとそうでもない風に聞こえるが、一つ一つのフロアの天井がかなり高い為、実際の外見はかなりの高さを誇る。

 今の札幌の中では、GRタワーと背を並べるレベルであろうか。


 そんな高さについての雑談をしているうちに、二人の後ろから一つの声が現れた。


「よっ。今回は悪いな。ハルネの我儘に付き合わせてよ」


「ん?ああ。アンタは確か……」


 プラト・レディケータ。

 ハルネの護衛役、もしくは友人なのか『リバース』との抗争の際は常に隣にいた人物である。

 そして今回もプラトがいるという事は、護衛役という予想は恐らく当たっているのだろう。


「いい所に連れて行ってやるよ」


 プラトは親指をエレベーターに向け、二人に興味を惹かせる。


「どこに行く訳だ?」


「まあついて来いって。いい所なんだからよ」


 ×                    ×


「こりゃあ……」


「いかにもって感じですね……」


 篶成と美鈴が連れて行かれたのはビルの地下。イベント用のアイテムを収納している場所であった。

 壁際にはいくつもの冷凍庫が用意されており、そのせいか全体的に室内の温度は低くなっている。

 そんな部屋の中央にあきらかに場違いとしか言えないものが一つ────


「今回のパーティーの目玉ってやつだな」


 プラトは自信満々にその『目玉』に近付きその紹介を始める。

 その目玉は少し大きめな正方形のガラス張りのケースに入れられており、その中心に位置していた。


「某有名宝石メーカーに特注で作らせたダイヤモンドの指輪だ」


 指を包むリングの真ん中に位置する特徴的で煌びやかな銀色の宝石。

 誰が見ても一目でその人の地位の高さを示す一品。

 そんな風格をその指輪は放っていた。


「いくらすんだよ……?」


 こう言ったアクセサリーに一切の興味も示さない篶成が思わず質問をするとプラトは自信満々にその値段を言ってみせた。


「まあ……三千万ってとこだな」


「……!?」


「スケールがデカすぎて庶民の私たちにはよくわからない値段ですね……」


「まっ、アイツハルネは金だけはあるんだよ。昔色々やっててな」


 そう言いながらプラトはダイヤの指輪に踵を返してロビーへと戻り始める。


「そろそろいくぞ。あんまりここに長居したら万が一があった時に怪しまれるからな」


 そんなプラトの後ろを篶成と美鈴が歩き始める。

 実物のダイヤモンドなど初めて見たからか二人の表情はどこかふわふわとしていて驚きが垣間見えた。

 すると美鈴がふと疑問に思った事を口にしてみせた。


「そういえば、目玉って言ってましたけど見せるだけなんですか?」


「ふふふ……それは違うんだな」


 プラトは美鈴の質問にわざとらしい笑みを浮かべて、あの宝石について再度語り出す。


「ありゃあの景品だよ」


「……は?」


「景品って……」


 篶成と美鈴が再度呆けた顔を露わにした事を確認したプラトはさらに言葉を揚々とさせながらその説明をしていく。


「アレをパーティーの中盤にエントランスに持っていく。そこでハルネが司会で開かれるくじ引き勝負の始まりだ」


 くじ引き。最も一般的であり単純な運試しのゲーム。

 今回のゲーム的にくじに参加者の名を書き、それを中に入れてハルネが引いていくというものだと推測できるが景品とゲームが些か見合っていないように美鈴は感じた。


「そんな単純なゲームであの宝石を渡してしまって良いんでしょうか?」


「あぁ、良いんだよ。あれはただの余興だからな」


「随分豪華な余興だな」


「しきたりみたいなもんなんだよ。今回の余興で自身の財産力を上の連中に示す為のな。全く、どこの国の上級国民も考えは同じって訳だ」


 外国で生まれたプラトは故郷の忌々しい上級国民を思い出しながら話を締めに入る。


「ま、とりあえずアレが最大のお楽しみってやつだ。ここからが本当のお楽しみだけどな」


「……?」


 プラトのわざとらしい笑みに篶成は頭を傾げながら、耳を貸す。


「アレはパーティーに参加してるやつ全員に参加券があるんだよ。勿論お前らみたいな護衛役もな」


「……マジで?」


 プラトの自信満々の表情を見るに嘘ではないのだろう。

 しかしこれは良い事を聞けたと篶成と美鈴は考えた。

 かなり低い確率ではあるが、一攫千金を狙うには充分である。

 ダイヤモンドを売り払えばそこそこの額になり、今後の活動資金になり得る。

 こんな美味い話に参加しない手は無い。


「いいね、最高だ」


 篶成はようやく普段通りの何処と無く強面に見える表情に戻りロビーのソファに腰をかけた。


「護衛代だけでかなりの額なのにそれにダイヤモンドが来る。さらにはの情報も貰える。充分に釣りが来るってもんだ」


「ハハッ、楽しみが増えて何よりだ。じゃ、また後でな」


 そう言うとプラトは、自室に足を向けながら背後にいる篶成達に小さく手を振った。

 そんなプラトを見送ると、篶成と美鈴はお互い顔を向き合い、小さな声で会話を始める。


「魔術でちょちょいと細工は出来るか?」


「誰に聞いてんのお兄ちゃん!そのぐらいお手のものですよ」


 美鈴は私に任せろと言わんばかりに腕を組み、自信満々に返答してみせた。


「流石俺の妹だぜ。その辺は任せたぜ」


 斯くして、今宵も一つの歯車が動き出す。

 この場が血飛沫あまねく、狂気の場になる事など知る由もなく────


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