第二十六話 最強の陰陽師、確かめる
セル・セネクルの言っていたことは、事実だった。
蛟で果ての大火山へ飛び、眼下の山肌に見たのは、蒸気井戸がすべて破壊された荒涼とした光景だった。
「……」
王たちもリゾレラも、誰も言葉がなかった。
蒸気井戸はそのほとんどが土や瓦礫で埋まってしまっており、一朝一夕で元通りに直せるとはとても思えない。
内心で歯がみする。
昨日来た時、リゾレラの制止を押し切って蒸気井戸へ見物に降りていれば、力の気配に気づけていたかもしれない。
だが、それは無意味な仮定だった。
帝国の手の者も、火山が活発になり毒気も増えるタイミングだったからこそ、このような工作に踏み切ったのだ。見物などという理由で気軽に人が近づける状態だったなら、ぼく以前に魔族の誰かが気づいている。
「……猶予は、どれくらいあるだろう」
ぼくが静かに問うと、リゾレラがためらいがちに答える。
「わからないの……。でも、過去に火山が活発になった時は、一ヶ月くらいかけて少しずつ地震が増えていたの。今回だと、一番増えるタイミングは、たぶん今から半月後……。噴火が起こるとしたら、それくらいなの」
「半月後、か……」
破滅までの猶予は、ほとんど残されていなかった。
****
ぼくたちは、急いでルルムの里に戻ることとなった。
事は重大で、時間もない。
一刻も早い意思決定が必要だった。
被害の予測や付近の住民の避難、食糧の供給や復興への備えなど、決めるべきことは膨大で、とても一種族の事情に収まるものではない。
魔族全体としての意思決定が必要だ。
そのために――――魔王の処遇を決めるために集まった代表たちへ、話を持ち込むことにしたのだ。
彼らは彼らの種族の議会などから、一定の決定権を委任されている。
集まった目的からはずれてしまうが、噴火への対処のため横断的に物事を決めるにあたり、今彼ら以上の適任はいなかった。
しかし。
「我ら悪魔族は特に、何らかの対処をするつもりはないのである」
王たちを伴って代表たちへ経緯を説明し、驚愕されながらも話し合いが進み始めた時、エル・エーデントラーダ大荒爵が唐突にそう言った。
神魔の代表レムゼネルが、信じられないかのような表情で言う。
「エーデントラーダ貴様、何を言っている……状況がわかっていないのか!?」
「無論、よくわかっているのである」
金の悪魔は、こみかみに指を当てて言う。
「幸いにして、果ての大火山の近辺に悪魔の集落はないのである。おそらく同胞への被害はないであろう。対処の理由がないのである」
「っ……! 貴様の同胞が人間に寝返り、引き起こした事態だろう!」
「魔王様のお話を聞いていなかったであるか? セル・セネクルは魔王様と行動を共にしており、今回の破壊工作には直接関わっていないのである。蒸気井戸を破壊した工作員が、我が種族の者である証拠はない」
「そのような詭弁を……!」
「詭弁はそちらであるぞ、レムゼネル。間諜が潜んでいる可能性は、どの種族にもある。それは以前から周知の事実であったはず。今一人判明したに過ぎない我が種族にばかり責任を求めるのは、筋が通らないのである」
レムゼネルが押し黙る。
エーデントラーダ大荒爵の言うことには、一見筋が通っているようにも思える。
だが、実行部隊も悪魔族であった可能性は十分にあるのだ。それにもかかわらず何もしないというのは、その実ただ自分たちの負担を避けているだけでしかない。
レムゼネルは、あきらめたように
「……ドムヴォ殿は、どうされるつもりか。果ての大火山の麓には、
「儂らも、何もせん」
レムゼネルが目を見開く。
「な、なぜ……」
しかし、答えは冷酷だった。
「そこに住む者らは、火山の脅威を知ったうえで暮らしを営んでいたはず。普段は魔石や鉱石など火山の恩恵にばかりあずかり、いざ脅威が迫れば同胞へ助けを求めるなど、弱者のすることよ。そのような者は同胞ではない。彼らは、彼ら自身で助からねばならぬ」
「か、勝手だ!」
こらえきれずに叫んだのは、ヴィル王だった。
「彼らが採掘した富の一部は、僕らにも恩恵を与えていたじゃないか! 収益からは税収が上がり、彼らの使う金は行商人などを通じて他の集落にも巡っている! 蒸気井戸をずっと手入れしていたのも彼らだ! それなのに、災害が起こったら見捨てるだなんて……っ!」
「それは、これまでがそのような形であっただけのことですぞ、陛下。儂らと彼らはなんの約束事も交わしておらぬ。状況が変われば、自然と形も変わる。ただそれだけのこと」
「そんなっ……安全な者にばかり都合のいい理屈、僕は認めない! 王として命ずる! 他種族と協力し、噴火への対処を決めるんだ!」
「陛下」
ドムヴォは、静かに問う。
「国母様は……メレデヴァ王太后陛下は、なんと?」
ヴィル王は愕然として目を見開く。
「母上は……関係ない……っ!」
「グフ……陛下も
ドムヴォは、例の怖気のする笑みと共に言う。
「力ない者は、何一つとして為せぬのだ……と」
言葉を失うヴィル王。
そんな中、獣人の代表であるニクル・ノラが言う。
「わいらは、同胞くらいは助けんとなぁ。もちろん猫人に限らず、他の連中も。あの辺にも集落があったはずやから」
「ニクル・ノラ殿……ならば、避難民への食糧供給や、復興のための資金の拠出も願えないだろうか」
レムゼネルが言う。
「現状、魔族の中で最も財力を有するのが獣人族だ。無論ただ資金提供を頼むのではなく、各種族で債券を発行し、それを買ってもらうという形ではどうか。将来的に、発展に伴って返済を……」
「できひんなぁ、それは」
ニクル・ノラは冷たく言い放った。
レムゼネルが、歯がみするように問う。
「……なぜ」
「あんなぁ、金っちゅーのは返せる奴にしか貸さへんもんなんやで? しかも噴火の復興資金なんて、物乞いに気まぐれに施すのとはわけが違う額や。発展したら返しますーって、五百年かけて大して変わってへん連中もおるのに、何を期待せぇ言うねん。アホくさ」
「あ、あの……」
小さく声を上げたのはフィリ・ネア王だった。
「フィリは……」
「ん? ああ、お嬢もおったんやったっけ。お嬢の方からも言ってやってくれへんか? 泥船に金貨積むなんてアホのすることやって」
「え……で、でも……」
フィリ・ネア王はそれ以上何も言わず、そのままうつむいてしまう。
ニクル・ノラが続ける。
「そうそう。食糧供給なら、巨人族がやればええんやないか? よくわからんバカでかい作物ぎょーさん作っとるやろ。わいらが食べられるのかは知らへんけども、それを少し回すだけで避難民の食糧には十分なんと違う?」
「……断る」
巨人の代表エンテ・グーは、迷いない口調で言った。
「これ以上……他種族のために、我らが負担を強いられる筋合いは……ない。同胞へ……施すのみだ」
「……いつまでそんなこと言ってやがるんだ!」
声を上げたのは、ガウス王だった。
「五百年も前のことをうだうだうだうだと! オレはバカだが、そんな女々しい真似は絶対に許さねぇ! 食糧くらい回してやったらいいじゃねーか!」
エンテ・グーは、ゆっくりとガウス王を見る。
「先王陛下ならば……そのようなことは、おっしゃらない」
「っ……!! オレとっ、オレと親父の何が違う!!」
「ご自身で今、おっしゃったはず……自分は馬鹿なのだと。それが……答えです。もっと、学ばれなさい。いずれ先王の地位に……就くまでの、長い間に」
ガウス王が目を見開き、唇を引き結ぶ。
他の者たちに続き、
「我ら
「我々
「パ、パラセルスよ。なにもそう薄情なことを言わずともよいではないか」
その時、おずおずといった調子で、プルシェ王が口を開いた。
「魔族のためになることなのじゃ、もう少し前向きに検討しても……な? そうじゃ、余は今回、魔王と共にあちこちを回ってな。そなたの母君と妹君の喜びそうな物を、また……」
「陛下」
パラセルスが横目でプルシェ王を見やり、冷たい声音で言う。
「ここは王宮ではございません」
「え……」
「そのようなことは、この場ではお控えください。私はペルセスシオ宰相と議会の承認を得て、種族の意思決定を委任されています。私はそのような立場、ここはそのような場なのです。ご理解ください」
途方に暮れたような表情で、プルシェ王が立ち尽くす。
見かねたように、今度はシギル王が口を開く。
「な、なあ。おれらは、協力してやってもいいんじゃねーか? 復興となると人員が必要だろうし、兵たちのいい経験になるじゃねーか。軍事費っつっても、このままじゃ戦争どころじゃなくなる。だから……」
シギル王の声は、次第にしぼんでいった。
ガラセラ将軍は、何も答えなかった。
自らの王へ、視線を向けることすらもせず、ただ沈黙を保つのみ。
シギル王の表情がこわばり、その拳が強く握られる。
「貴様ら……いい加減にしろ!! 状況がわかっているのか!?」
レムゼネルが、強く言い放つ。
「人間側の破壊工作により、魔族領が危機に陥っているのだぞ!? 果ての大火山の噴火ともなれば、被害が周辺の集落だけでは済まない可能性もある! 漫然と対処していれば種族間の損害の差が大きくなり、我らの分断は進むだろう! それこそ人間どもの思う壺だ! そんな状況にもかかわらず貴様らは……っ!」
「もういい」
その声を遮るように――――ぼくは言った。
「もういい……もう、わかった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。