第二十八話 最強の陰陽師、頼む


 翌日。

 ぼくはリゾレラと王たちを蛟に乗せ、再び空にいた。

 どこかへ向かおうとしているのではない。これからする話を、誰かに聞かれたくなかったためだ。


 沈んだ表情の王たちが、何を言われるのかとこちらに顔を向けている。

 ぼくは、この期におよんでも未だためらっていた。

 しかしそれでも口を開く。


「……ぼくは人間の統べる国で生まれ、人間の術士として育った。これまでずっと」


 幼き魔族の王たちに向かい、ぼくは続ける。


「人ならざる者は、ぼくにとっての敵か、あるいは力で従わせ利用する下僕か……その程度にしか考えてこなかった。多少の例外はあっても、だ」

「……」

「魔王などと言われても、未だに実感は湧かない。人外の者たちを導こうなどという気は、今に至ってもまったく起きない。ぼくはどこまでも人間で、人間以外の存在にはなれないのだろう。……だが」


 ぼくは、わずかに口ごもった後に告げる。


「それでも……君たちとは縁が生まれてしまった」

「……」

「いや、君たちだけじゃない。ぼくたちは様々な場所へ赴き、そこに住む者たちと出会った。世話になった者、言葉を交わした者たちがいる。その記憶はもう、ぼくの中で無視できないものになってしまった」

「……」

「ぼくはすべての者を等しく救いたいと思うような善人ではない。そこまでの慈悲の心は持ち合わせていない。だが……縁や義理のある者は、助けることにしているんだ」


 ぼくは、王たちを見つめながら告げる。


「率直に言おう――――ぼくならば、噴火を止めることができるかもしれない」


 皆が、驚いたように目を見開いた。

 ぼくは続ける。


「だが、確実ではない。試み、もし失敗すれば、その瞬間に噴火が起きてしまうだろう。溶岩や土砂が麓の集落を飲み込み、高く舞い上がった灰がその周囲の集落をも白く埋める……そうなってしまう可能性がある」

「……」

「ぼくにその責任は負えない。所詮人間でしかないぼくには、ここに住む者たちの命運を左右する道理がない。このままでは、残念だが何もすることはできない。――――だから、」


 ぼくは、幼き王たちへと呼びかける。


「君たちに――――すべての魔族を動かしてもらいたいんだ」


 王たちの反応を待たず、ぼくは続ける。


「噴火の影響を受けそうな集落の者たちを、どこかへ避難させてほしい。ぼくが彼らを滅ぼしてしまわないように。同胞は助けると言っている種族もあるが、金や人手には限りがある。おそらく完璧に対応しきれるものにはならないだろう。取りこぼしなくやり遂げるためには、魔族全体が協力し合うことが必要だ。だが……現状はとてもそのような状態にない」

「……」

「だから、王である君たちを頼りたいんだ。もちろん君たちの状況はわかっている。君たちにとってそれが、どれだけ困難なことかも。しかし……もうそれ以外に、方法は思いつかない。だからどうか……君たちの手で、自らの種族を動かしてはもらえない、だろうか……」


 言いながら、ぼくの内心には罪悪感が募っていった。

 ユキに言われ、一応伝えてみることにはしたが……こんなこと、やはり頼むべきではない。


 彼らは、まだ子供なのだ。

 王としての実権もなければ、強大な暴力も持たない。

 弱いこの子らにとって、こんな頼みごとをされても途方に暮れるばかりだろう。

 それを理解しながら……ぼくは、なんて重荷を背負わせようとしているのか。


 やっぱり忘れてくれ、違う方法を考えるから、と、取り消しの言葉を発しようとした――――その時だった。


「やるよ!」


 王たちの中から、声が上がった。


「フィリ、やる! フィリにまかせて! ぜったいみんなを説得するから!」


 フィリ・ネア王だった。

 その青い目にうっすら涙を浮かべながら、それでもまっすぐにこちらを見つめ返してくる。


「いい……のか? しかし君の立場では……」

「いい。いいの」


 両目をごしごしと手で擦りながら、フィリ・ネア王は言う。


「きっとパパなら……同じように言ってたと思うから」

「……ならば、余も力を貸すとしよう」


 静かに言ったのは、プルシェ王だった。

 微かに笑い、ぼくに言う。


「なに、案ずるな魔王よ。他の者はともかく、余にはその程度わけもない」

「じゃ……おれもやるよ」


 そう言って困ったように笑ったのは、シギル王だった。


「まあ、なんとかなるんじゃねぇかな……やれるだけやってみるよ」

「それならオレも負けてらんねぇな!」


 ガウス王が、そう言って豪快に笑う。


「親父は話がわかるからな! 全力でぶつかればきっと大丈夫だ!」

「僕もやります」


 強い眼差しと共に、ヴィル王が言った。


「果ての大火山の麓に住むのは、多くが鬼人オーガの民だ。王である僕が、ここで弱音を吐く資格はない」


 ふと視線に気づき、ぼくは最後にアトス王を見た。

 従者を失った悪魔の王は、こちらをまっすぐに見つめながら深くうなずいた。


 ぼくは思わず、ためらいがちに言う。


「本当に……いいのか? ぼくが言うのもなんだが、これは君らが背負い込むようなことでは……」

「セイカ。みんな、覚悟してるの」


 答えたのは、リゾレラだった。

 真剣な表情で言う。


「この子たちは、子供である前に王様なの。その覚悟を、軽く見るべきではないの」


 その言葉にはっとし、ぼくは王たちを見回した。

 彼らは一様に、見覚えのある表情を浮かべていた。

 巣立っていったかつての弟子たちと、同じような――――。


「任せてみるの。いい、セイカ?」

「……わかった」


 ぼくは静かにうなずいて答える。

 ああ、そうか――――、


「頼んだ、みんな」


 この子たちも、ぼくを置いていくんだろう。

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