第十五話 最強の陰陽師、三眼の王に謁見する


 翌日。

 菱台地の里で十分休んだぼくたちは、再び空の上にいた。


「うるさい、チビ」

「なんだとクソメガネこらァ!!」


 ヴィル王とガウス王は、また喧嘩している。

 この二人は昨日の夜からずっとこの調子だった。


「『二人ともいい加減にしないか。仮にも王たる者が見苦しい』と、王は仰せでございます」

「喧嘩なんて、フィリならぜったいしないな。だって銅貨一枚にもならないもん」


 アトス王とフィリ・ネア王まで喋り出す。

 蛟の上は、さらに賑やかになっていた。


「残りは、三眼トライア黒森人ダークエルフか。どちらから行こうか」

三眼トライアの王都から行くの。その方がいいの」


 ぼくが呟くと、リゾレラが即座に言った。


「どうしてだ? あと二箇所を今日中に回るなら、どちらからでもいい気がするけど」

「たぶん、そっちの方が早く済むの。片付けられるところから片付けた方がいいの」

「ふうん。わかった」


 ぼくはうなずいて、それから訊ねる。


「なあ。三眼トライアの王は、どんな人物なんだ?」

「いい子だけど……もしかするとちょっと、セイカは苦手かもしれないの」


 リゾレラは言う。


「今の王の中では一番、政治家っぽいの」



****



 三眼トライアの王都へとたどり着いたのは、昼を大きく過ぎた時分だった。


「また特徴的な街だな」


 眼下に広がる街並みを見下ろしながら呟く。


 三眼トライアの王都は、人間の都市に似ていた。

 道が敷かれ、石造りの家々が建ち並んでいる。昨日見た鬼人オーガや巨人の王都に比べれば、ずっと都市らしい都市だ。


 しかし……その色合いや形は、どこか独特だった。人間の影響を大きく受けた獣人の街とは、明らかに雰囲気が異なる。

 文化が大きく違う、遠い国の都市といった様相だ。前世で初めて西洋を訪れた時にも、こんな印象を抱いたなぁとなんとなく思い出す。


三眼トライアはあんまり人間と交流がないけど、でも暮らしはなんとなく似ているの。姿とか、寿命が近いからかもしれないの。もしかすると、はるか昔にはもっと交流があったのかもしれないの」

「ふうん。まあ、ありそうな話だな」


 と、そこでぼくは、後ろを振り返った。


「ところでみんな静かだけど、どうした? 疲れたのか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」


 ヴィル王がためらいがちに言う。


「僕、ちょっとあの王が苦手で」

「えっ」

「『宮廷内政治にばかり気が向いており、あまりいい君主とは思いません』と、王は仰せでございます」

「なんかネチネチしたいやらしい奴なんだよなぁ! オレは先王になっても、ぜってぇああはならねぇぞ!」

「えー? みんなそうなの? フィリはあの子好きだなー。だって、会ったら必ず趣味のいい贈り物くれるんだもん」

「うーん……?」


 どうやら政治家らしい王のようだが……いったいどんな子なんだろう?



****



 三眼トライアの王宮は、イスラムの宮殿にちょっと雰囲気が似ていた。


 これまでと同じように、蛟でそのまま王宮前に降りる。

 ただこれまでとは違い、ぼくらを出迎えたのは武器を持った衛兵ではなかった。


「ようこそ。お待ちしておりました、魔王様」


 王宮の前には、身なりの整った者たちが十数名、揃って立っていた。

 額には全員、第三の眼を宿している。三眼トライアの民だ。

 まるでぼくらの来訪を待っていたかのようだった。


 その中でも一際老いた三眼トライアの男が、一歩進み出て言う。


「私は宰相のペルセスシオ。本日の歓待を我が王より仰せつかっております」


 ぼくは蛟から降りると、戸惑いつつも笑みを浮かべる老人に訊ねる。


「……どうして今日、ぼくが来ると?」

「魔王様が各王にまみえるため、それぞれの種族の地を巡っているというお話は、私どもも聞きおよんでおりました」

「あー……なるほど」


 ぼくは合点がいった。

 ルルムの里を飛び出してから、もう二日経つ。いい加減、それぞれの種族の諜報部門が情報を掴んでいてもおかしくなかった。


 ぼくに次いで蛟から降りてくる王たちに目を向けて、老人が笑みを深める。


「これはこれは。アル・アトス陛下にフィリ・ネア陛下、ヴィルダムド陛下にガウス・ルー陛下、さらにはリゾレラ様までおいでとは……。本日は記念すべき日となりました。さあ、どうぞこちらへ。我が王がお待ちです」


 さすがに宰相なだけあって、各種族の王の顔と名前はしっかりと把握しているようだった。


 ぼくはほっと息を吐く。最初はちょっと身構えたが、どうやら荒事にはならずに済みそうだ。


 老人について王宮へと歩み入っていく最中、傍らでリゾレラがぼそりと呟く。


「……また門番をやっつけられなかったの」

「だからなんでちょっと残念そうなんだよ」


 穏便に済んだ方がいいだろうが。



****



 案内されたのは、王宮内にある議事堂のような場所だった。

 入るやいなや、何人もの三眼トライアに取り囲まれる。


「お目にかかれて光栄です、魔王様。議員のエルパシスと申します。我が一族は古くからの……」

「魔王様、財務官のセオポールです。王都視察の際には、ぜひ我が邸宅に……」

「私は造営官の……」

「初めまして、魔王様……」


 どうやら皆、議員や官僚のようだった。

 呆気にとられながら彼らの名乗りを聞いていると、奥の席から甲高い声が響く。


「これこれ、落ち着くのじゃ諸君。魔王が困っておるであろう」


 ぼくは声の方に目を向ける。

 議事堂の最奥に位置する、最も大きな席。そこに座っていたのは、三眼トライアの少女だった。


 見た目はリゾレラと同じか、さらに下といったところか。朽葉色の長髪を真ん中分けにしており、額には第三の眼が収まる縦の瞼が見える。


 少女は尊大な笑みを浮かべながら続ける。


「魔王は余に会いに来たのじゃ。のう、じぃや?」

「その通りでございます、我が王」


 話を向けられた宰相のペルセスシオが、一同に呼びかける。


「諸君、どうか今は控えられますよう。懇親の席は後ほど設けますので」

「おっと、これは失礼を」

「まさか私の代で魔王様のご降臨に立ち会えるとは思わず、つい」

「年甲斐もなく興奮してしまいましたな」

「はっはっは!」


 ペルセスシオの言葉に、一同が湧く。

 なんだか朝廷での宴席を思い出すような流れだった。絶対に皆、腹に一物抱えている。

 薄ら寒いものを感じていると、三眼トライアの少女が席から飛び降り、こちらへ駆け寄ってきた。


 正面からぼくを見上げるその背格好は、ずいぶんと小さい。

 三眼トライアは寿命が人間とほぼ変わらないから、おそらく見た目通りの年齢だろう。


 少女はふと、ペルセスシオに顔を向けて言う。


「ほれ、じぃや。魔王に余を紹介するのじゃ」

「ええ。魔王様、こちらは我らが王、プルシェ陛下にあらせられます」

此度こたびの降誕、誠に慶ばしく思うぞ魔王よ」

「はあ、どうも……」


 ぼくは少女が差しだしてくる小さな手を握り返す。

 プルシェ王は、なんだか生意気そうな笑みで言う。


「祝いの言葉が遅くなったことを許すがよい。できれば十六年前に伝えたかったのじゃが……余はその頃まだ、この世に生まれ落ちていなかったのじゃ。むははっ」


 一同が湧く。

 薄ら寒い流れに微妙な表情になっていると、プルシェ王がなおも続ける。


「そなたは今、種族の内情を知るため、そして王を集めるために各地を回っているのじゃったな」

「あ、ああ……一応そういう流れだけど」

三眼トライアの内情ならば、じぃやに訊くがよい。余が直々に教示したいのはやまやまじゃが、うむ、実のところ内政とかよくわからぬのじゃ。未だ余は幼く、まだまだ勉強中の身であるゆえ」

「……」

「その点、じぃやは頼りになる。長く宰相を務めているからの。ここにいる狸どもも、じぃやには皆一目置いていて、言うことを聞くのじゃ」

「おやおや陛下、狸とは心外ですな」

「ここにいる者は皆、真に種族のことを思っているというのに」

「うむ、そういうことにしておこう。よいな、じぃや」

「かしこまりました、陛下」


 ペルセスシオがうやうやしく礼をする。

 王にへりくだってはいるが、どうやら政治の実権はこの宰相が握っているようだった。


「魔王よ。誠に惜しく思うが、余はそなたに同行できぬ。内政がわからぬ以上意味がないこともあるが、なにより余は王として、この地を離れることはできぬのじゃ。たとえこのように、形ばかりの王であっても」

「……」

「代わりといってはなんじゃが、餞別を用意した。持って参れ」


 プルシェ王が言うと、使用人の一人が盆に載せた袋を運んでくる。


 そのまま差し出されたので受け取ると、袋はずっしりと重かった。

 ちらと中を覗き見ると、黄金の輝きが目に入る。


「うわ……」


 どうやらすべて金貨らしい。これだけで相当な額になるだろう。


「先の路銀には十分じゃろう」


 どこか満足げに、プルシェ王は言う。


「今日はこの地に滞在するがよい。宴席も用意してあるからの。ちょうどよい機会じゃ、余も他の王らと旧交を深めることとするか。むははははっ」


 機嫌良く笑うプルシェ王。

 その手を、不意にリゾレラは掴んだ。


「んあ?」

「ダメ」


 表情を変えないまま、リゾレラは言う。


「あなたも来るの」

「へ?」

「魔王様は、すべての王が一堂に会することをお望みなの。だから、あなたも一緒に行くの」

「……いやじゃっ」


 手を掴まれたまま、プルシェ王は一歩後ずさる。


「余は行かんぞっ! 使節団が同行してもよいのなら、うむ、考えなくもないが……」

「ダメ。あなた一人で来るの」

「いやじゃいやじゃ! 余の身になにかあったらどうする! 一度金を受け取ったであろうがっ! 余は認めんぞ!」

「あなたは認めざるを得ないの」

「な……なにをするつもりじゃ」


 そこでリゾレラの顔に、ほんの少しだけ、機嫌のよさそうな笑みが浮かんだ。


「ドラゴンでこの王宮、木っ端微塵にしてやるの」


 数瞬の静寂の後、議事堂が湧いた。


「はっはっは! それは恐ろしい!」

「よもやこの記念すべき日に王宮最大の危機が訪れるとは」

「リゾレラ様は冗談がお上手ですな」


 議員らの笑声も、にこりともしないまま沈黙を保つぼくとリゾレラの前に、徐々にしぼんでいく。


 やがて議事堂内が静まり返った頃、ペルセスシオがおもむろに言った。


「……もしや本気なのですかな?」



****



「いーやーじゃーっ!!」


 一刻後。ぼくらは再び空の上にいた。

 蛟には新たに、三眼トライアの王プルシェが乗っている。


「余は降りるーっ! 国に帰すのじゃーっ!」


 そのプルシェ王は、蛟の背にしがみついてわめいていた。

 どうやら本当に来たくなかったらしい。


「……こんなに嫌がられるのは初めてだな」


 なんだか申し訳なくなってくる。


「なあ。この子やっぱり返してこようか?」

「いいの」


 リゾレラに訊ねると、彼女は無慈悲にも首を横に振った。


「ちょっとわがままなだけだから、気にすることないの」

「わがままなわけなかろうがっ!!」


 聞こえていたのか、プルシェ王が叫んだ。


「王がこのようなっ、誰も味方のいない場所に一人きりなど、あ、ありえんじゃろうっ! せめて使節団を同行させんかっ!」

「ほら、わがままなの」

「加えて言うがリゾレラ! 余は初めに同行せぬと伝え、その後差し出した金を魔王は受け取ったのじゃ! 一度飲んだ要求を無理矢理反故にするなど外交儀礼としてありえんじゃろうがっ!」

「そんなの知らないの」


 リゾレラはつんと答える。


「魔王様の圧倒的力の前に、儀礼なんて意味を為さないの」

「んあーっ!!」


 プルシェ王が頭を掻きむしってわめく。


「んもう、うるさ~い。あきらめなよプルシェ。フィリだって同じように連れてこられたんだから。ほら景色見なよ。いくら積んでもこんなの買えないよ」

「『魔王様と共に行けることを、もっと誇りに思うべきではないか』と、王は仰せでございます」

「やかましいわ! 守銭奴獣人にどもり悪魔がっ! そなたらの感覚がおかしいのじゃ!」

「いい加減にしとけよアホ女」


 うんざりしたように言ったのは、ガウス王だった。

 小柄な三眼トライアの王を見下ろすようにして言う。


「外に出るいい機会じゃねーか。王宮の中で政治ごっこしてるだけじゃいつまで経っても真の王にはなれねーぞ」

「はああっ?」

「オレはバカだから難しいことはわからねーが、お前の普段やってることが空っぽだってことくらいはわかる。そろそろ中身のあることをしろよ」

「そ、そなたが余にまつりごとを語るなっ! このデクノボー!」


 蛟の上は、さらに賑やかになる。

 ふとヴィル王が静かなので振り向いてみると、愚かな言い争いには参加せず、黙々と本を読んでいるようだった。


 ぼくは前方を向き直って呟く。


「さて、最後は黒森人ダークエルフか」

「方角はこのまま真っ直ぐでいいの」


 横からリゾレラが言う。


「でも……ちょっと遠いから、夜になっちゃうかもしれないの」

「まあ仕方ないさ」


 目的地を見失いやすいから速度を落とす必要はあるが、夜であっても蛟は飛べる。

 みんなが疲れていないかの方が心配なくらいだった。


 ぼくはリゾレラに訊ねる。


黒森人ダークエルフの王は、どんな子なんだ?」

「うーん……賢くて常識的な、普通の子なの」


 それだけ聞くとまともな王様のような気がするが、リゾレラの表情は少々曇っていた。


「でも、それだけに……黒森人ダークエルフの中では苦労しているかもしれないの」

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