第十四話 最強の陰陽師、巨人の王に謁見する
日暮れ時に差し掛かる前に、ぼくたちは巨人の王都にたどり着いた。
「うーん、こちらも王都っぽくはない……というか人間の村に似てるな。形だけは」
眼下には、主に木で造られた素朴な家々が建ち並んでいた。
ただし、その大きさを別とすれば、だが。
「でかいなぁ、何もかも」
家の一軒一軒が、まるで街の聖堂のような大きさがあった。
使われている木材からして違う様子だ。
農園地帯に目を向けてみれば、見たこともない巨大な作物が栽培されている。
「巨人族は、人間とも他の魔族とも、けっこう違った生活をしているの」
リゾレラが言う。
「食べ物も、使う道具も……。だから、あんまり余所との交流がないの。
「ふうん、そうなのか」
まあ、あれだけでかい種族なのだ。文化も独特で当然だろう。
ぼくはヒトガタの束を眺めながら呟く。
「さて、今回は巨人相手だからなぁ……どうやって大人しくさせようか……」
衛兵も間違いなく巨大だろう。土蜘蛛の糸や《
どうしようかと悩んでいると……。
「門番のことなら、心配いらないと思いますよ」
言ったのは、ヴィル王だった。
「我が種族の者たちとは違い、いきなり襲いかかってくるようなことはないかと」
「いや……実は悪魔のところでも獣人のところでも、同じように襲いかかられてるんだ。だから、きっと今回も同じだよ」
「それはおそらく、兵を怯えさせてしまったためでしょう」
顔の割りに小さな眼鏡を直しながら、ヴィル王は言う。
「巨人は違います。彼らは自分たちに力があることを知っている。たとえドラゴンに乗っていても、対話ができる相手であることがわかれば、礼を持って接してくれるはずです」
「へえ、そうなのか? それなら……」
「ただし」
ヴィル王は釘を刺すように、わずかに表情を歪めながら言う。
「王は別です。あいつは粗暴な男ですからね。一度はっきりと実力を見せつけてやった方がいいくらいかもしれません」
「き、君もそう言うのか……」
ヴィル王の時とは真逆の評判だった。
いったいどんな王なんだろう?
****
巨人の王宮は、人間には切り倒すことすらできなさそうな太い丸太で造られた、一際巨大な屋敷だった。
屋敷と言っても、フィリ・ネア王の屋敷とは違い、王の個人的な所有物ではないらしい。だから一応“王宮”なのだと、リゾレラは言っていた。
「止まられよ」
龍で王宮前に降り立つと、ただ一人の門番が威圧感のある声でそう言った。
この門番も、またでかい。ルルムの里に来ていた代表と同じくらいはあるだろう。
門番の巨人は槍を立てたまま、ぼくらへと告げる。
「何者か。用向きは」
ぼくは蛟から降りて答える。
「ぼくはセイカ・ランプローグ。一応、魔王ということになっている者だ。巨人の王に会いに来た」
「……。何か、証は」
門番は表情を変えることなく、言葉少なに問いかけてくる。
ぼくは少し迷ったが、蛟とそれに乗る王たちを示して言った。
「下僕であるドラゴンと共に、悪魔、獣人、
門番はしばし沈黙していた。
この門番の巨人は、当然他種族の王の顔なんて知らないだろう。だから問題は、ぼくの言葉を信じてもらえるか……ということになるのだが。
わずかに緊張しながら待っていると、不意に、門番は踵を返して言った。
「来られよ」
そのまま開け放たれた門へと歩いて行く巨人の後ろ姿を見て、ぼくは思わず感心して呟いた。
「……おお、本当に襲いかかってこなかったよ」
****
案内されたのは、
「ようこそ、魔王様。よくぞ来られた」
待っていたのは、一人の小柄な巨人だった。
一丈半(※約四・五メートル)ほどだろうか。でかいにはでかいが、代表や門番ほどではない。
老人というほど老いてはいないものの、長命な種族の中でもそれなりに歳を重ねていそうな容貌だった。身に纏う装束からは、高い地位にいることがわかる。
「私はヨルムド・ルー。巨人族の先王にして、現在の政務を取り仕切っている者です」
まるで鯨が歌うようなゆったりとした口調で喋りながら、ヨルムド・ルーが屈むようにして手を差しだしてくる。
ぼくはその巨大な手を握り返しつつ、微妙な表情で言った。
「……やはり其の方も、王には会わせてくれないのかな。先王殿」
「……? いいえ。間もなく来るかと思いますが」
ヨルムド・ルーが不思議そうな顔で答えたその時、広間の扉がバーンッと開いた。
「親父ィーッ! すまねぇ、遅れちまったァ!」
現れたのは、上半身裸の少年だった。
巨人にしてはかなり小柄だ。見た感じ、八尺(※約二・四メートル)ほどしかない。鍛錬でもしていたのか、腰には模擬剣を提げ、汗を掻いていた。
髪を短く刈り込んだその顔立ちは、髭面ばかりの巨人の中にあってずいぶん若々しく見える。
巨人の少年は、ぼくらを見るとぎょっとしたような顔をした。
「うおっ、客人か! すまん! なんだよ親父、誰か来てるなら言ってくれよなぁ!」
「……伝えていたはずだぞ、ガウス。王たる者が、そのような出で立ちでどうする」
ヨルムド・ルーが、呆れたように言った。
「魔王様の御前だ。ふさわしい格好に召し替えてきなさい」
「おう!」
ガウス王が退室した……かと思いきや、再び広間の扉がバーンッと開いた。
「何ィ!? 魔王だと!?」
頭を押さえる先王を余所に、ガウス王はこちらに駆け寄ると、ぼくの手を強引に取った。
「あんたがそうだったか! 会いたかったぜ魔王様!」
ぼくの手をぶんぶんと振りながら、ガウス王は豪快な笑顔で言う。
「神魔の里にいるんじゃなかったのか? なんだってこんなところにまで来てるんだよ!」
「えっと……エンテ・グー殿の話だけでは巨人族の内情がよくわからなかったから、それを君に訊きたくて……」
「要するに、オレと話したかったってことか!? それは願ってもないことだぜ! 実はオレも、あんたにぜひ頼みたいことがあったんだ!」
「た、頼み……?」
勢いに面食らうぼくに、ガウス王は自らの胸を叩いて言う。
「魔王軍を結成したなら、絶対にオレを一番槍にしてくれよな!」
「ガウス……」
ヨルムド・ルーが苦々しげに言う。
「いい加減にしないか。それに一番槍などと、まだそのようなことを……」
「親父ィ! だから何度も言ってんだろ、このままじゃダメだって!」
ガウス王が大声で言い返す。
「オレはバカだから難しいことはわからねーが、昔からの暮らしを永遠に続けられるわけないことくらいわかる。外の世界は発展し続けているんだ、このままじゃいつかオレらの種族は滅びる。戦う意思を持たなきゃならねぇーんだよ!」
それからガウス王は、ぼくへ向き直って言う。
「なぁ。あんたまるで人間みてぇーに小さいが、魔王なんだから強いんだろ? オレの兵に稽古をつけてくれよ! 手始めに、オレからどうだ?」
「ガウス」
ヨルムド・ルーが、咎めるような口調で言った。
「もういい、一度下がりなさい。そのような格好で話し込むものではない」
「チッ……確かに親父の言うことには毎度毎度一理あるな! わかったぜ!」
ずんずんと、大股に歩いてガウス王が退室する。
なんとも言えない空気の中、ヨルムド・ルーが疲れたように言う。
「お恥ずかしい……。あれでも一応は、我が息子であり巨人族の王なのです。今は実権はないとは言え、いずれ先王の地位を継がせてよいものか、迷うこともあります」
ヨルムド・ルーは申し訳なさげに続ける。
「魔王様は、我が種族の内情を王から聞きに来たのだとおっしゃいましたな。しかし……ご覧の通りです。できうるならばこのヨルムド・ルーに、魔王様への上奏をお許しいただければと」
「うーん……」
ぼくは、ちらとリゾレラを見た。
この先王は十分まともそうだし、なんだかぼくもその方がいいような気がしてきたけど……。
リゾレラはぼくの視線に気づくと、ヨルムド・ルーへと言う。
「えっと……魔王様は一応、すべての王が一同に会すること望んでいるの。今そういう流れになってるの」
なんだかこの子も自信なさげだった。これまでの勢いがない。
ヨルムド・ルーはしばし迷うように沈黙していたが、やがて言った。
「よいでしょう」
「ええと、いいのか? 一応、其の方らの王を連れ出したいって言ってるんだけど……」
「ええ。あれは私と妻に似て小さく生まれましたが、それでも巨人の者。自らの身を守るに十分な力を持っています。魔王様に同行することは、見聞を広げるいい機会となるでしょう。……ですが、魔王様。あれに何を言われても、くれぐれもお忘れなきよう、お願い申し上げます」
ヨルムド・ルーは、先王という地位にふさわしい、重みのある声音で言った。
「我ら巨人族は――――何よりこれまでと変わらぬ、平穏を望んでいるのです」
****
「穏便に出てこられはしたけど……」
一刻後。ぼくらはまた、空の上にいた。
蛟には、新たに巨人の王、ガウス・ルーが乗っている。
「うっひょおおおお! 空を飛ぶのは初めてだぜ! こりゃ最高だなぁーっ!」
「……相変わらず、騒々しい男だ」
後ろで騒ぐガウス王に、ヴィル王が眼鏡を直しながら言った。
「知性が欠片も感じられない。これが巨人の王とは、先王もきっと頭が痛いだろうね」
「おい。学者気取りの
なんだか勝手に険悪なムードになっている。どうやらこの二人は相性が悪いようだった。
「この二人は、前からこうなの。あまり気にしなくていいの」
「ふうん」
適当に相づちを打つと、リゾレラは続けて言う。
「ちなみに
「……」
ぼくは、無言でリゾレラを振り返った。
神魔の少女は、沈み行く夕日を眺めながら言う。
「さあ、セイカ。菱台地の里に戻るの。早くしないと夜になっちゃうの」
「……ああ」
ぼくは蛟を駆る。
同時に、頭の中には疑問が浮かんでいた。
神魔の寿命は、人間の倍程度だったはずだ。巨人はもちろん、
リゾレラはなぜ、先王の幼少期を知っているのだろう。
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