第四話 最強の陰陽師、話し合う
ぼくらはその後、ルルムの屋敷の離れに案内されることとなった。
当面の間は、ここで寝泊まりすることになるようだ。
アミュが室内をキョロキョロと見回して言う。
「けっこう広いわね」
「客人用の離れみたいだからな」
里長の屋敷ともなれば、こういうのも必要になるんだろう。
「……まさか、魔族の里を見られるなんて思わなかった」
石造りのベッドに腰掛けたメイベルが、ぽーっとしながら言った。
「人生、なにがあるかわからない」
「何か、魔族の里に思い入れでもあったのか?」
ぼくが訊ねると、メイベルがこちらを見て答える。
「育成所のみんなと昔、話したことがあった。どんなところなんだろう……って。冒険者に憧れてた子も、多かったから」
「……」
「でも、結局……その時いちばん怖がってた、私だけこうして見られた。ちょっと申し訳ない、かも」
そういえばこの子は、つい二年ちょっと前まで奴隷身分で傭兵として育てられていたのだった。
二年後にこんな場所にいるなんて、確かに思いもよらなかっただろう。
メイベルは視線を下げて呟く。
「……みんなの分も、もっといろんなところに行けたらいい」
ぼくはふと笑って言う。
「君が今ここにいるのは、君自身が選んだ結果だ。これからもそのような道を選んでいけば、自ずとそうなるさ」
メイベルがうなずく。
少し経って、アミュが天井を見上げながら言った。
「それにしても……まさかあんたが魔王とはねー」
「……」
ぼくは沈黙で答える。
ルルムに言われたことは、魔族領へ向かうと決めた段階から三人にも話していた。
「最初に会った時から、変なやつだとは思ってたけど」
「そんな風に思われてたのか、ぼく」
「でも、ちょっと納得できるとこあるかも」
アミュが軽く笑って言う。
「もしかしたらあたしたち……出会う運命だったのかもね。勇者と魔王だし」
ぼくは少々居心地の悪い思いをしながら答える。
「運命なら、出会うなり戦っていただろうな。勇者と魔王なんだから」
「それもそうね。悔しいけどあんたには敵う気がしないから、そうならなくてよかったわ」
「ん……」
「あ、そういえば」
アミュが思い出したように言う。
「あたしが勇者だってこと、ルルムに言ってなかったわね。今からでも言っておいた方がいいかしら……?」
「絶対やめろ」
確実に尋常じゃなくややこしいことになるわ。
「いいか、絶対に黙ってろよ。会話を聞かれるのもダメだからな」
「わかったわよ」
「ねえ、セイカくん……」
その時、タイミングを見計らったようにイーファが口を開いた。
不安そうな表情で続ける。
「その、ほんとうに……ほんとうなの? セイカくんが、魔王……って」
思い詰めたような声に、軽口を叩ける雰囲気ではなくなる。
ぼくは静かに答える。
「わからない。ただ……そうであってもおかしくないのは確かだ」
「お……おかしいよ! だってセイカくんは、あのお屋敷で普通に、人間として育ったのに……」
「だが、生まれはわからない。思えば多少、不自然なところもあった。ぼくの母については、侍女からも家族からも、どこの誰なのか、その生死すらも一度も聞いたことがない」
まるでまったく知らないか……もしくは、意図的に隠していたかのように。
イーファはうつむきがちに言う。
「もし、ほんとうに魔王なら……セイカくん、ここに残るの? 帝国にはもう帰らないの?」
「え?」
「それでもし、帝国と戦争が起きちゃったりしたら……」
「いやいや、当然帝国には帰るよ」
ぼくは笑みを作って答える。
「魔族領に来たのは、単に元奴隷の神魔たちを見送るためだ。元々ここに残るつもりなんてない」
「そうなの? でもこのままだと……」
「確かに、なんだか大事になってきてはいるけど……大丈夫。なんとか言いくるめて帰れるようにするから」
そう言ってイーファの頭に手を伸ばすと、彼女は大人しく撫でられるがままにしていた。
たとえ言いくるめられなくても、問題はない。
帰る方法なんて、いくらでもある。
ぼくらの様子を生暖かい目で見ていたメイベルとアミュが言う。
「セイカ、そういうの得意?」
「あんたって
「不安しかないんだが」
どうして自信満々なんだ……。
と、その時。
「みんな、いるかしら……?」
遠慮がちな声と共に、入り口からルルムが顔を覗かせた。
「あっ、ルルムさん」
「ルルム! そんなとこいないでこっちきなさいよ」
どこかはしゃいだ様子の女性陣に招かれ、ルルムが少し申し訳なさそうに入室する。
「みんな、ごめんなさい……この建物しか用意できなくて」
「平気。冒険者だから」
「えっとぉ……部屋を仕切ったら、大丈夫ですよ」
「…………ぼくはさすがに気を使う」
ぼそっと言うと、女性陣が笑った。
「でも、父が里長になっていて助かったわ。前の家も大きかったけれど、さすがに離れまで用意できなかったから」
「元々、人間で言う貴族のような地位だったのか?」
ぼくが訊ねると、ルルムが少し考えてうなずく。
「そうね……魔王の誕生を予言する託宣の巫女の家系だから、そう言っていいと思うわ。血を繋ぐ責務を負う代わりにいい暮らしをさせてもらっていたし、里の中での発言権も強かった。父が里長になれたのは、タイミングもあったと思うけれど」
やっぱりか、とぼくは自分の中で納得する。
かつては人間の国でも、託宣の巫女の家系は似たような扱いだったのだろう。
「ここにいる間は、できるだけ不便がないようにするわ。必要なものがあったら言ってちょうだい」
「ねえ、里を見て回ってもいい!?」
意気込んで訊くアミュに、ルルムは微笑んで答える。
「ええ。明日、私が案内するわ」
「やった! 店とかあるのかしら。帝国のお金も使える?」
アミュがはしゃいだようにまくし立てる。
なんだかんだ言って活動的なイーファとメイベルも、乗り気なようだった。
ただ、歓迎されたとはいえここは魔族の地だ。万一を考えると、特にアミュが目立ってしまうのはまずい。
ルルムの前なので、ぼくは慎重に言葉を選びながら言う。
「いや、あの、一応ぼくらは人間で余所者だから、ここではなるべく大人しく……」
「私たちの客人なんだもの、里を出歩くくらい大丈夫よ。それより、セイカも来るでしょう? 魔王ということは、まだ里のみんなには明かせないけど……どこか行きたいところはある?」
ぼくの心配を一蹴し、ルルムが問いかけてきた。
ぼくはわずかに口ごもると、少し考えて答える。
「行きたいところ、というわけではないが……」
「……?」
「その、メローザという神魔の両親は、今もこの里にいるのか?」
ルルムがはっとしたような表情を浮かべた後、首を横に振った。
「いいえ……。聞いた話になるけど、旅の途中でこの里を訪れた神魔が、まだ小さかったメローザを神殿の前に置いていったそうなの。だからメローザに、元々家族はいないわ」
「……そうか」
短く答えると、ルルムは申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい……。あなたには、もっと早く話しておくべきだったわね」
「いや。別にそんなことはない」
ぼくは首を横に振る。
気にならなかったと言えば嘘になるが、それは何も本当の祖父母に会いたかったからではない。
むしろ、その逆だ。ぼくは内心でほっとしていた。
これ以上、魔族と余計な繋がりを持ってしまってはたまらない。
「明日どこに行くかは任せるよ。ぼくも一応ついていくけど、後ろの方で大人しくしておくことにする」
それから、自嘲気味に付け加えた。
「こんなところで目立ってしまっては困るからな」
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