第三話 最強の陰陽師、事情を説明する
「まさか、魔王だと……」
ルルムの父であり神魔の里長――――ラズールムは、信じられないかのように口元を手で押さえ、呟いた。
あれからぼくらは、全員で神魔の里に入ることとなった。
白い建物に、白い装束を着た、白い肌の人々。
実に奇妙な風景の集落だったが、それはともかく。
当面の住まいに案内される元奴隷の神魔たちと、神殿へ帰郷の挨拶に向かうというノズロを見送った後、ぼくらはルルムの家に案内されることとなった。
他の家々よりもだいぶ大きい。どうやらここは、里長に選ばれた者が住める屋敷であるらしい。
実に十五年ぶりの帰郷だというのに、ルルムは他の家族との挨拶もそこそこに、ぼくらと父親と共に屋敷の一室へと入る。
そこで、話し始めた。
ぼくが、おそらく魔王であろうという事情を。
「信じられん。信じられんが……本当なのか? 君があのギルベルトと同じ、ランプローグの家名を持っているというのは」
「……ええ」
わずかにためらった後、ぼくはうなずく。
「とは言っても、ギルベルトという人物は知りません。父はランプローグ家当主、母は愛人だったと聞いています」
言いながらふと、あの研究馬鹿のブレーズに愛人がいたというのも、よくよく考えたら違和感があるなと気づく。
魔王である根拠がまた増えてしまった。
ラズールムが問いかけてくる。
「君の母だという人は?」
「会ったことはもちろん、家の者から所在を聞いたこともありません。生きているのか死んでいるのかも、わかりません」
「そう、か……」
ラズールムが眉根に皺を寄せながら続ける。
「だが……君の髪と眼は神魔と同じものだ。それに、年もメローザの子と近い。確かに、無関係とはとても……」
「それだけじゃないわ。セイカは、魔王と呼ぶにふさわしい実力も持っているもの。ほらセイカ、父様にあれ見せてあげて、あれ」
「えっ、何?」
思わず素で聞き返すと、ルルムはじれったそうに言う。
「あれよあれ。レイスロードを吸い込んだ、闇属性の
「あれ
「もう。じゃああれでいいわ、鉄を腐らせるやつ」
「……まあそれくらいなら……」
ぼくは渋々、ルルムが差しだしてきたナイフへと、ヒトガタを近づける。
軽く真言を唱えると、《
ラズールムは目を見開く。
「まさか……これは……!」
「伝承通りでしょ、父様」
にわかに盛り上がる神魔の親子に、ぼくは少々気が引けつつも一応言っておく。
「あのう、これはたぶん魔王の伝承とは関係ないものですよ。ガリウムという人肌で融ける金属がありまして、それが他の金属に触れると……」
驚きに水を差すような解説にもかかわらず、ラズールムは感心したように聞いていた。
「なるほど……聞いたこともない魔法だ。かつての魔王は、このようにして人間の軍の武装を破壊していたのか」
「私の言った通りだったでしょ、父様」
ダメだ、全然理解されてない。
というよりよくよく考えると、仮に過去の魔王が同じような魔法を使っていたならば、仕組みを解説したところで意味はなかった。
「セイカはたった一人で、アストラルの群れとレイスロードを倒したの。白のヒュドラだって、セイカがいなかったらみんな毒でやられていたわ」
「それだけの力がある、ということか。ならば……」
ラズールムが険しい表情で呟く。
「ひとまずは魔王と考えておくべき、なのだろうな」
神魔の里長も、結局はぼくと同じ結論に至ったようだった。
一度見失った以上、誰が魔王なのか、確実なことは言えない。
勇者も魔王も、本来は予言の内容ではなく、その実力によって見出される存在なのだ。
力以外の要素で見つけようとするなら、それこそ状況証拠で判断するしかない。
ラズールムは張り詰めた声音で言う。
「事は私一人で判断できるものではなくなってしまった。これは魔族全体に関わる事態だ。まずは他の里長に報せを出し、会合を開こう。そして場合によっては……他種族の代表も、呼び集める必要がある」
ぼくは思わず眉をひそめた。
やはり、大事になってしまいそうだ。
ラズールムは、ぼくに目を向けて言う。
「君も……いや魔王様も、それでいいだろうか」
「正直いろいろ困るんですが、そちらの事情を考えれば仕方ありません。ただ……その魔王様という呼び方はやめてもらえませんか。まだ確定したわけでもないのですから」
「私はかまわないが、おそらく事情を聞けば他の者は皆、君をそのように呼ぶことだろう」
嫌な顔をするぼくに、ラズールムは微かに表情を緩めて言う。
「では今ばかりは、セイカ殿と呼ぶことにしよう。君が魔王であることはまだ公にできない以上、その方が都合が良い」
「助かります」
「あらためてになるが、セイカ殿。娘を助けてくれて……そして我らの里に帰ってきてくれて、感謝申し上げる」
ラズールムの真っ直ぐな言葉に、ぼくは堪らず目を逸らした。
「……いえ」
変な期待を持たれても困る。
本来は、魔族になど関わる気もなかったのだ。
帰ってきてくれて、などと言われても、ここはぼくの故郷でもなんでもない。
「ところで、
と、そこで、ラズールムは大人しく話を聞いていたアミュたちへと目を向けた。
「彼女たちは、セイカ殿の従者か何かなのだろうか」
「はあ? そんなわけないでしょ」
アミュが怒ったように言う。
「なんであたしがこいつの家来なのよ」
「ただのパーティーメンバー」
「わたしは、従者でもあるんですけど……」
続けて、メイベルとイーファも言う。
ラズールムは気を悪くした様子もなく、わずかに口元を緩めた。
「……そうか」
「どうしました?」
「いや……セイカ殿は、パーティーメンバーとはぐれずに済んだのだなと思っただけだ」
訝しげにするぼくに、ラズールムは穏やかな口調で説明する。
「君の父親……か、どうかはまだ定かでないが、ギルベルトは仲間をかばって崖から落ち、遭難してこの里に流れ着いた。ここに居着いてからもずっと、奴ははぐれた仲間たちのことを案じていたんだ。それを今……少々思い出した」
「あの……ギルベルトさん、ってどういう人だったんですか?」
問いかけるイーファに、ラズールムは薄く笑って答える。
「調子のいいところもあったが……好ましい人物だった。快活で、奴がいると場が明るくなった。初めは受け入れることに抵抗のある者も多かったが、いつのまにか奴が人間であることを気にする者はいなくなってしまった。里の仲間たちは皆、ギルベルトを好いていたよ」
ラズールムは、静かに付け加える。
「あのようなことが起こってしまった後でも、それは変わらない」
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