第十八話 最強の陰陽師、嘯く
立派な市庁舎は、今は混乱の最中にあった。
「北の城壁に人を回せ。
慌てふためく人々の中心で、報告を受けるサイラスだけが、椅子にふんぞり返って鷹揚としていた。
「ずいぶん余裕そうで」
「む……? 小僧か」
街の地図と被害状況の記録を見比べながら、サイラスが皮肉げに笑う。
「ふん、ただの空威張りじゃ。ワシが狼狽えておったら、部下が安心して動けまいて。しかし……貴様らも災難だのう。帝国から逃げてきた地で、スタンピードに遭うとは」
ぼくは、ここを亡命の地にと言った、フィオナの思惑を考える。
もしも彼女が、このスタンピードが起こる未来を視ていたのだとしたら……ぼくとアミュをここに送り込んだ意図がよくわからない。
ぼくを謀殺したかったのだとしたら、手段としてあまりに手ぬるすぎる。この程度では死にようがないし、そんな未来が視えていたわけもない。
あるいは支援者であるラカナを救いたかったのなら、少なくともそのことを事前に伝えたはずだ。成功してもぼくに不信を抱かれうるような真似を、あの聖皇女が安易にするとも考えにくい。
だからこの事態は、きっとフィオナも予見できていなかったのではないだろうか。未来視の力だって、決して万能ではないはずだ。
どちらかと言えば、そう思いたいという気持ちが強いが。
サイラスがぶっきらぼうに言う。
「ワシは忙しい。用があるならさっさと言え。いくら姫さんの客人と言えど、逃がせという相談は聞けんぞ。そんなことができるのならワシがとっくに逃げとるわ」
「この子らが手伝いたいと言うので」
ぼくは、後ろのアミュたちを顎で示す。
「使ってやってください。戦力になると思いますよ」
サイラスが顔を上げ、ぼくたちを見る。
「……戦力が必要な場所に安全などはないが。いいんだな?」
「そんなの、冒険だって同じじゃない。今さらよ」
アミュが言い返すと、サイラスはふと笑った。
「北の城壁へ行け。治癒魔法を使える者はいるか?」
アミュと、そしてイーファが手を上げる。
「金髪の嬢ちゃんは魔術師か、なら回復に回れ。そっちも欲しかったところだ。勇者は魔法剣士だったな。ちょうどいい。城壁の上はモンスターが飛んでくる、剣も使えた方が好都合じゃ。そっちの斧使いは、飛び道具は扱えるか?」
「一通りできる。弓、貸して」
サイラスがにやりと笑う。
「城壁塔の近くにいる者に言え。いくらでも寄越すだろう。準備ができているのなら、すぐにでも向かえ。向こうは増員を今か今かと待っておる」
「ええ」
アミュがうなずく。
「じゃ、セイカ。行ってくるわね!」
「ああ……気をつけるんだぞ」
「うん! セ、セイカくんもがんばってね!」
「終わったら、またお祝いする」
北へと駆けていく三人の後ろ姿を見送っていると、サイラスの声がかかる。
「して、小僧。貴様は何をする気だ?」
「もちろん防衛のお手伝いですよ。ただ、あなたの指示には従えません。ぼくはぼくでやることがあるのでね」
「……ほう」
「サイラス市長。あなたはこの戦い、どの程度勝ち目があるとお思いですか?」
サイラスが表情を消す。
「……こんなものは戦いですらない。いつか来るのではないかと恐れておったが……並みのスタンピードとはレベルが違う。山火事の炎を手水で消すようなものじゃ……ラカナは、滅ぶだろうの」
「そうですか。ぼくの見立てとは違いますね」
ぼくの言葉に、サイラスが眉をひそめた。
「何……?」
「勝ち目がある、ということです」
ぼくは、街の周囲に広がる力の流れに意識を向ける。
何かを生み出すには、必ず対価が必要になる。
それはあらゆる物事で変わらない、真理の一つだ。
モンスターも、無から生まれ出てくるわけではない。
ぼくはサイラスへと笑みを向ける。
「皆の奮闘があれば、勝てます。あなたはそのまま、ここで指揮に励んでください」
****
ラカナで最も高い塔の真上から、ぼくは街を見晴らしていた。
聖堂の鐘楼だった。時を告げる役割も、モンスターを呼び寄せる危険があるため今は果たしていないが、何かを知らせるには都合のいい場所だ。
「セイカさま」
頭の上から顔を出し、ユキが言う。
「よろしかったのですか? あの娘たちを
「目の届くところには置いているさ。あの子らのことはちゃんと式神の目で見ている。身代も作ったから、致命傷を受けたくらいで死にはしないよ。いざとなったら助けにも入れるしね」
カラスの目に意識を向けると、三人ともなかなか活躍しているようだった。
メイベルは弓も扱えたようで、城壁を登ってくる大型のモンスターを重力魔法付きの矢で叩き落としている。イーファは負傷者の治癒も、空から強襲してくるモンスターの迎撃も担えるため、城壁塔の拠点で重宝されていた。
そして、アミュだ。
剣も魔法も使え、治癒すらも自分で行える万能の勇者。
だが戦力として以上に、あの子の活躍は他の皆の励みになっているようだった。
戦いぶりに華がある。あの子自身も生き生きとしている。何より可憐な少女の奮戦は、周りを奮い立たせているように見えた。
戦場でこそ輝く人間というのは、確かに存在する。アミュがそうであることに、いささか複雑な思いもあったが……今はこれでいい。
「あの子たちも、いずれは自分の力で生きていくんだ。いつまでも過保護なのもよくないだろう」
「いえその、十分、過保護に思えますが……」
ユキが呆れたように言った。
「して、セイカさま。ここでは何を?」
「つまらない為政者の真似事さ。耳を塞いでおけよ、ユキ」
「……?」
「あ、あー」
頭上からの音を聞きつつ、ヒトガタに組んだ式を調整する。
西洋の風変わりな音楽家曰く、音とは空気の振動であり、時間あたりの振動数という形で数式に直せるそうだ。
この数式の通りに発声すれば、理論上どんな音でも歌える。のみならず、一部を直せば高低や、音量なども自在に変えられるのだという。
面白いと思い、自分でも式を組んだことがあったのだが……まさか、こんな場面で役立つ日が来るとは思わなかった。
ぼくは息を吸い込む。
「戦士諸君よ、聞け!! 朗報だ!!」
大気を振るわす大音声が、街全体に響き渡った。
城壁で戦う冒険者が、怪我人の治療を行う者が、建物に避難していた住民たちが、何事かと顔を上げる様子が式神の目に映る。
ぼくの声は、手に持ったヒトガタを通じて一度数式に直され、振幅を大きく増幅された後、はるか頭上に浮かべたヒトガタから再び音となって発せられていた。
鐘にも匹敵するほどの声が、再び響く。
「援軍の報せが入った!! じきに外からの助けが来る!! もうしばらくの辛抱だ!!」
街全体が、にわかに色めき立った。
すでに目的は達したが……ぼくはなんとなく、続けて言う。
「其の方ら勇者たちの活躍は、千年に渡って言い伝えられることだろう!! 今こそ奮え、戦士諸君よ!! 先の語り部を担う、子や孫たちの未来を守れ!!」
冒険者たちの間から、勇ましい鬨の声が上がる中……ぼくは式を解き、ヒトガタを散らす。
「あの、セイカさま。いつの間に援軍の報せなど……」
「嘘に決まってるだろ、あんなの」
「ええ……」
「いつ終わるか知れない戦いなら、絶望に折れてしまう者もいる。だが、わずかにも希望が見えていれば別だ。誰もが死の間際まで必死に戦う。人間とはそういうものだ……彼らには、もう少しがんばってもらう必要があるからね」
「うむむ、まるで暴君の台詞でございますね……。バレたらどうするのです?」
「勝ってしまえば酒盛りが始まる。いつまでも来ない援軍のことなんて皆忘れるさ。人間とはそういうものだ」
「人とは愚かなものでございますねぇ……。ふふ、でも……」
頭の上で、ユキが小さく笑う。
「以前から考えていたのですが、セイカさまにはやはり……政治家の素質があると、ユキは思います」
「ぼくに? 馬鹿言うなよ。騙し合いとか苦手だぞ」
「そのようなものが大事だとは思いません」
「……? じゃあ、なんだよ」
「大事なのは、誰もがちゃんと、セイカさまのお話には耳を傾けるということです。政治家の素質とは、なにより……人に好かれることなのではないでしょうか」
ユキが言う。
「セイカさまの治める国は、きっと良き国になると、ユキは思います」
「ははっ、馬鹿馬鹿しい」
「むっ!」
ぼくは冗談を聞いた時のような答えを返すと、不満げなユキに告げた。
「そんなことより、さっさとこの災害を鎮めるぞ」
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