第十四話 最強の陰陽師、また勧誘される


 大男はテーブルに足を乗せると、暑そうに胸元を扇ぐ。

 その様子を眺めながら、ぼくは言う。


「ここは酒場ですよ。飲み物でも頼んだらどうです。ザムルグさん」


 ラカナ第一位のパーティー、『紅翼団』リーダーのザムルグは、うっとうしそうな目でぼくを見る。


「いらねぇよ。今まで俺様がどれだけここに金を落としてると思ってる。ちっと居座ったくれぇで文句言われてたまるか」


 おそらく、それは事実なのだろう。

 冒険者用の装備ではないが、服も靴も上等なものだった。ラカナの冒険者パーティーの頂点に立っているだけあり、相当の稼ぎがあるようだ。


「で、ぼくに何か用ですか? 今日は暑いので、なるべくなら近くに寄らないでもらいたいものですが」


 ザムルグが足を下ろすと、テーブルに身を乗り出し、ぼくを正面から睨む。


「俺様にそんな口を利くか。なかなか肝が太いじゃねぇか」

「……」


 黙ってその目を見返していると、やがてザムルグが椅子の背にもたれかかり、口を開いた。


「はっ、なるほど。親父の客人なだけはある」

「親父……? ああ、市長のことですか」


 別に血縁ではないだろう。そう呼ばれることもあると、いつだか本人が言っていた。


「どうでもいいですが、先に用件を言ってもらいたいものですね」

「新入りの分際で、ずいぶんと調子がよさそうだな。セイカ・ランプローグ」


 ぼくの要望を無視し、ザムルグが言う。


「どこぞの貴族のガキが女連れで冒険者になったと聞いた時は、何日で死ぬか仲間と賭けたものだが……まさか生き残るどころか、中堅向けのダンジョンにまで顔を出すようになるとはな。おかげで大損だ」

「それは残念でしたね。まあ、こちらは運に恵まれました」

「運? 違うな。お前は本物だ」

「……」


 ザムルグはそこでわずかに間を置くと、話題を変える。


「ロイドの野郎に勧誘されたそうだな」

「ええ。加入はお断りしましたが」

「なぜだ」

「別に。彼の考えに共感できなかっただけですよ」

「はっ、そうだろうなぁ!」


 ザムルグの声が大きくなる。

 その様子に、ぼくは目を眇めて言う。


「……あなたも、どうやらそのようですね」

「当たり前だ」


 大男が鼻を鳴らす。


「大人数のパーティーで助け合いだぁ? バカが。冒険者をなんだと思っていやがる。肝心なもんがさっぱり見えてねぇ」

「よくわかりませんが、冒険者にとって何が肝心だと?」

「自由だよ」


 ザムルグが言い切る。

 荒くれ者の言葉の、そこだけに真摯な響きがあった。


「自由が何だか、お前にわかるか? 誰の支配も受けず、それゆえに誰の助けも借りないということだ。自由だから欲望に忠実になれる。自由だから、生き残るために懸命に力を磨く。ラカナはそうやって、欲望と生への渇望で発展してきた」

「……」

「力ない者が死に、力ある者が生き残る。それのどこがおかしい? 常に力を求めてきたからこそ、今この街は自由都市でいられる。奴の甘えたパーティーのルールが冒険者すべてに広まれば、街から欲望も生への渇望も失われる。そんなラカナなぞ、いずれ帝国に飲み込まれるのがオチだ」

「……」

「あんなパーティーがラカナの頂点に立つなど、あっちゃならねぇ。この街の冒険者の指針となるのは、力あるパーティーであるべきだ。かつて、親父が率いていたパーティーのような……」

「ロイドの考えには共感できませんでしたが」


 長い話に辟易していたぼくは、やや強引に口を挟む。


「あなたの持論にしても同じですね」

「あ?」

「冒険者の、一体どこに自由があると言うんです?」

「……なんだと?」

「冒険者の多くは仕方なくこの街に流れ着き、金もない、伝手もない、情報もない中、ただ生きるため闇雲にダンジョンへと潜っていく。これのどこが自由だと? 手足を縛られ、状況に引きずられているも同然ではないですか」

「っ……」

「そしてこんな状況では、力などはほとんど役に立たない。生存を決定づけるのは、ただの天運だ……あなたや市長が今の地位にいるのは、力を持っていたからではなく、ただ運に恵まれていただけなのでは?」

「てめぇ……」

「まあしかし、あなたがロイドを目の敵にしていた理由は、今日わかりましたね」


 ぼくは口の端を吊り上げて笑う。


「敬愛する市長に、気にくわない相手が重用されていて……嫉妬していたんでしょう?」


 サイラス市長の応接室に、ロイドが呼ばれていた時のことを思い出す。

 あれはどうも、普段から頼まれごとをされているような様子だった。


 ザムルグは、その顔から表情を消していた。


「……それは、俺様への侮辱か?」


 冒険者は、面子を重視する。

 特にラカナの冒険者の頂点に立つこの男ならば、自分への侮辱を見過ごすことはできないだろう。


「さあ……ぼくとしては、どう捉えてもらってもかまいませんが」


 殴りかかってこようがどうでもいい気分だったけれど。

 ただこの男も、何か用があって来たに違いない。それを聞かないまま撃退してしまっても、なんだか収まりが悪い。

 仕方なく、収拾が付けられるよう一言付け加える。


「ただ彼には、これまで何度か世話になっているのでね」

「……あの野郎に恩義なぞ感じる必要はねぇ」


 恩のあるロイドの名誉を保つための物言いだったと、ザムルグは自分の中で整理したようだった。

 そしてようやく本題に入る。


「俺様のパーティーに入れ。セイカ・ランプローグ」

「……え、あなたも勧誘だったんですか?」


 意外な用件に拍子抜けする。


「それは……ぼくら四人で、『紅翼団』に入れと?」

「四人じゃねぇ、お前一人だ。余計なのは邪魔なだけだからな。だが、十分な報酬は約束してやる。仲間に分けてやっても今以上の稼ぎになるだろうよ」

「……ずいぶんな過大評価をしてもらっているようですね。ぼくはただの運搬職ポーター回復職ヒーラーなんですが」

「つまんねぇ嘘つくんじゃねぇ。ランプローグ家の出であの女どものパーティーリーダーやってる奴が、ただの支援職なわけあるか」

「……確かに、多少の魔法は扱えますけどね。いずれにせよお断りします。ぼくの仲間は、ただ施されるのは居心地が悪いと言っているのでね。かといってあの子らだけで冒険に向かわせるのも、少し不安ですから」

「お前は、あいつらの親か何かか?」


 ザムルグが怪訝そうに言う。


「なら、いい。一度だ。一度、冒険に付き合え。望むだけの報酬はやる」

「一度……? どこへ向かう気ですか」

「南の山だ。ボスを倒す」


 長い沈黙の後、ぼくは口を開く。


「それは……ロイドが計画している、東のボス討伐に対抗して、ということですか?」

「そうだ。あいつらにボス討伐の栄誉を独占させるわけにはいかねぇ。『連樹同盟』があらゆるパーティーの頂点に立ち、大勢の冒険者が奴の思想になびくようになれば、この街は腐る。ラカナ第一位のパーティーとして、それだけは許しちゃならねぇ」


 ザムルグが続ける。


「少数精鋭ならば、東よりも南の山の方が地形的に攻略しやすい。この暑さで、奴も計画を止めざるをえないでいる。今が絶好の機会だ」

「……」

「だがいくら俺様のパーティーでも、ボス討伐に五人ではさすがに厳しい。だから使える人員を集めていたところだ……お前も協力しろ、セイカ・ランプローグ」


 ぼくは思わず苦い顔になる。

 こいつらまでボスを倒そうとしているのか。


 溜息をつき、首を横に振る。


「悪いですが、お断りし……」


 そこで、ふと言葉を止めた。

 ザムルグをちらと見て、しばし黙考し……思い直す。


「……いや、いいでしょう」


 ぼくは薄い笑みと共にうなずく。


「一緒に南のボスを倒しましょうか」



****



 ギルドを出てぼくの部屋へと戻ると、ユキが頭から顔を出して、困惑したように言った。


「あの、セイカさま? よろしいのですか? 南のボスを倒してしまっても。龍脈の話はどこに……」

「よろしいわけないだろ。倒さないよ、ボスは」

「え?」

「あのザムルグって冒険者……たぶん、それなりに強い。仲間や集めている人材も同じ程度なら……下手したら、本当に討伐されてしまうかもしれない。ロイドの方は放っておくことも考えたが、こちらは危険だ」

「ええと、それならば……」

「だから、妨害するんだよ。協力すると言って同行しつつな。さすがにこれは、ぼくが手を出さないとまずい状況だ」

「おお、しかしながらそれは、いいお考えだと思います! して、どのように?」

「まあ見てろ。ぼくに妙案がある」

「セイカさまの案ならば、きっと間違いないでしょう!」


 ユキが弾んだ声でそう言った。



****



 ちなみに……それから数刻後。

 アミュたちは、本当にぼくの部屋に突撃してきた。


「セイカー、お願ーい。涼しいやつやって」


 部屋に入るなりすぐさまベッドに倒れ込み、ゴロゴロしながらのたまうアミュに、ぼくは半眼で言う。


「帰れ」

「そう言わずに! ほら、あんたたちも」


 アミュに促されたイーファとメイベルが、彼女に続く。


「う、うん。セイカくん……だめ?」

「ぐっ……」

「なんでもする」

「か、軽々しくなんでもするとか言うな」

「あたしたちの部屋、風の通りが悪くて暑いのよ。だから最近寝苦しくって。ね、お願い」


 と言って、片目を閉じるアミュ。

 しばしの沈黙の後……ぼくは盛大に溜息をついた。


「仕方ないな」

「やった! ありがと、セイカ!」


 アミュが嬉しそうな声を上げる。


「やはり甘々ですねぇ……セイカさま」


 髪の中でユキが呆れたようにささやくが、何も言い返せない。


 やがて浮かべたヒトガタが室内の熱を奪い始めると、元気になった三人がはしゃぎ始めた。


「あはは、最高! こんな贅沢お貴族様でも味わえないでしょうねー!」

「はぁー……涼しいね、メイベルちゃん」

「ん。生きててよかった」


 それは何よりだよ。


「今日はこっちで寝るわよ!」

「おい、そのベッドで三人寝るつもりなのか? 一応一人用なんだけど」

「大きいから詰めれば大丈夫よ。メイベル、こっちに寝てみなさい。どう?」

「大丈夫そう」

「それじゃあ、イーファはこっち側ね」

「う、うん……」


 ベッドを三人で使って、彼女らはもう寝る気満々なようだった。


「はぁ、久々に気持ちよく寝られそうね」

「毛布はちゃんと掛けとけよ。あと夜中になったら術は止めるからな。眠っている体を冷やすとよくないから……」

「わかったわよ……あんた、なんか時々じじ臭いわよね……」

「じっ……!」

「ふわぁ……」


 それから灯りも消さないうちに、ベッドからは寝息が聞こえてきた。


「……」


 寝苦しくて本当に寝不足だったのか、あるいは日中、子供と遊んで疲れたのかもしれない。

 まあ今日くらいはいいだろう。


「……というか、ぼくはどこで寝ればいいんだ」


 すでにいっぱいのベッドを見て途方に暮れる。

 とはいえ、一度許したものは仕方がない。

 外套でも敷いて床で寝るかと、ぼくは荷物を漁る。前世の幼少期や大陸を渡る旅を思えば、そんな寝床でも十分上等だ。


「セイカくん……ごめんね」


 申し訳なさそうな、小さな声に振り返ると、イーファが横を向いてこちらを見ていた。

 続けて言う。


「セイカくんのベッド、とっちゃうみたいになって……」

「なんだ、起きてたのか。みたいというか、それ以外の何者でもないけど」


 ベッド強盗だよ、君ら。


「……ここ、代わろっか? わたしは向こうの部屋でも平気だから……」


 そんなことを言うイーファに、ぼくは苦笑して、手を伸ばして頭を撫でてやる。


「遠慮しなくていい。それに、朝ぼくがそこで寝てたらアミュに殴られそうだ」

「うーん……そう? でも……」

「いいから。三人で仲良く寝なさい」

「……はぁい」


 返事をしたイーファが、口元まで毛布をたぐり寄せる。

 ふと。


「……イーファ」

「? なに、セイカくん」

「今、辛くないか?」


 ぼくの問いに、数度瞬きしたイーファが、明るい声で答える。


「ううん、大丈夫。楽しいよ。自分の力で、みんなの役に立てるんだもん。それに……最初は少し怖かったけど、街の人たちもいい人ばっかりだし。今日もあの後エイクさんに果物もらったんだよ。お礼だって」

「そうか」


 ぼくはその時、自然に笑うことができた。


「それなら、よかった」

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