第五話 最強の陰陽師、説得する


 市庁舎を出て、ぼくら四人は街を歩いていた。

 夕暮れ時が近づく時間帯だが、開いている店が多く、街路は人で賑わっている。

 住民の気質なのか、ロドネアや帝都やランプローグ領と比べても、飛び交う言葉は荒っぽい。


「はぁ~、でも、なんとかなりそうでよかったね! あの冒険者の人も、いい人そうだったし」


 歩きながら、イーファが言う。


「ふん……ダンジョンのことなら、あたしだって詳しいのに。ギルドのことだってよくわかってるわよ、ママが支部の幹部なんだから! あの男に教えてもらうことなんてなにもないわよ、まったく!」

「でも、アミュに教えてもらうのは、なんか不安」

「なによ」


 アミュとメイベルが言い合っている。


 ぼくらは三日後、あのロイドという冒険者に、ダンジョンの一つとギルドを案内してもらうことになっていた。

 悪くない展開だった。まだ右も左もわからない中、街の冒険者にいろいろと訊けるのはありがたい。


 裏切られそうな気配も、今はまだない。


 案内を三日後にしてもらったのは、こちらからの提案だった。

 街に慣れると共に、必要なものを買いそろえておきたい。幸い、手持ちにはその程度の余裕はある。


 それと……もう一つ、済ませておきたいことがあった。


「イーファ、メイベル」


 ぼくは足を止め、先を行く二人を呼び止めた。

 二人と、それから並んで歩いていたアミュも、こちらを不思議そうに振り返る。


 ぼくは告げる。


「君たちはロドネアに帰れ」

「えっ……」

「……どうして、セイカ」


 戸惑うイーファと、睨むような視線を向けてくるメイベルに、ぼくはずっと考えていたことを告げる。


「君ら二人まで、こんな場所にいる必要はない」


 街を見ていればわかる。

 ここは治安がよくない。住んでいるのはその日暮らしの冒険者ばかり。余所で居られなくなった者が、流れ着いては死んでいく、そんな街。

 どこにも行けなくなった者たちの、最後の地だった。

 若者がここに居ても、未来はない。


「学園に戻るんだ。あそこにいた方が、君たちはずっといい暮らしが送れる。フィオナや学園長が、きっと便宜を図ってくれるはずだ。ぼくとアミュの事情に……無闇に付き合うことはない」

「嫌」


 そうきっぱりと言ったのは、メイベルだった。


「セイカ。約束、忘れたの」

「約束……?」

「私を、商会の刺客から守ってくれるって、約束」

「それは……だが、君はもう、本当はそんな心配なんて……」

「私は、忘れてない。だから、そばにいる。私を助けた責任を、ちゃんと取って」

「メイベル……」

「それに」


 メイベルは、付け加えるように言う。


「まだあなたに、恩を返してない」


 沈黙の後、ぼくは、小さく息を吐いた。


「わかったよ……。だが、イーファ。君だけでも帰れ。せっかく成績がいいんだ、学園を卒業すれば、君は何にでもなれる。秋には、ぼくが後見人になって、自由身分をあげるよ。だから……ぼくらに無理に付き合って、人生を無駄にするな」

「ね、セイカくん、覚えてる?」


 静かに聞いていたイーファが、不意に小さく笑って言った。


「学園に行く、一年くらい前だったかな。お屋敷の庭で、怪我をしたカーバンクルを見つけて、セイカくんから炎の幽霊をもらった日のこと。あの時、セイカくんにここから出て行きたいか、って訊かれて……わたし、答えたよね。出て行きたい、って。いろんなところに行って、いろんなものを見てみたいんだって」

「……ああ、覚えてるよ」


 忘れるはずもない。

 長く生きたぼくにとっては、つい最近の出来事だ。


 あの答えを聞いたからこそ、この子を連れ出してみようと思った。仲間が欲しいという事情ももちろんあったが……かつての弟子たちと同じように、きっと何かを成せる人物になるだろうと。

 イーファは言う。


「旦那様の領地を出てわかったよ。わたし、けっこう恵まれてたんだね。お仕事もあんまり大変じゃなかったし、お腹いっぱい食事ももらえたし、部屋もあったかかった。だけど……それをちゃんとわかってても、たぶんあの時、セイカくんに同じこと答えたと思う」

「……」

「お屋敷での生活よりずっと大変になるかもしれないけど、それでも……自分自身で、生きる場所を選んでみたかったの。ずっと自由になってみたかった。この街は好きだよ。ちょっと怖いけど、みんな自由に見えるから。だからね、セイカくん……わたしも、冒険者になってみたい」

「……君が思っているほど、いいものでは絶対にないぞ。彼らに自由なんて、実際のところほとんどない。他に方法がないから、やむをえず暴力の世界でその日暮らしをしているだけだ。学園にいた方が、本当の意味で自由になれる」

「ううん、そうじゃなくて」


 イーファが、首を横に振る。


「えっとね。たぶん、セイカくんは知らなかったと思うけど……わたしのお父さんとお母さん、それと旦那さまは、昔冒険者をやってたんだって。三人で、パーティーを組んで」

「へっ、何それ!?」


 思わず素で驚く。

 完全に初耳だった。


「ほ、本当にか?」

「うん。昔、お母さんから聞いたの。お父さんが前衛で剣士で、お母さんと旦那さまが後衛だったって」

「ブレーズ……いや父上は、当然魔術師だよな。イーファのお母さんは、なんの職業だったんだ……?」

「弓手だって」

「嘘だろ……」


 全然イメージできなかった。

 イーファの母親のことは病気で死ぬ前に知っていたが、美人でおっとりした人で、とても弓を引いていたようには見えなかった。

 エディスはまあ、ギリギリわからなくもないが……ブレーズがそんな野蛮なことをしている姿も、今ではまったく想像できない。


「本当に短い間だけだったみたい。旦那さまがお屋敷から、お父さんが奴隷主のところから、お母さんが人攫いのところから逃げ出して……三人が出会って、最後に旦那さまのお屋敷にみんなで帰るまでの、短い間。でも……話してるお母さんは、すごく楽しそうだった。ね、セイカくん。あの日、わたしが広い世界を知りたいって言ったのはね……冒険してみたい、って意味だったんだよ」

「イーファ……」

「あと、セイカくんは忘れてると思うけど」


 イーファが、はにかむように笑う。


「わたし、セイカくんの従者だから! 一緒にいるよ。それがお仕事だもん」


 ぼくが、言葉をなくして立ち尽くしていると……最後に、アミュが口を開く。


「セイカ。あたしがこんなこと言うのは、違うかもしれないけど……本当はセイカだって、学園に戻れるのよ」

「……何言ってるんだ、そんなことできるわけないだろ」

「できるわよ。あんたのことは、フィオナが隠してくれてるんだから。追っ手がつくのは、勇者のあたしだけ。そうでしょ? あんたは学園の生徒に戻って、普通に生活できる。でも、あんたのことだから……あたしがどんなに帰れって言っても、ここに残るつもりなのよね」

「……当たり前だ。自分の始末は自分でつける」

「それなら、みんなでがんばりましょうよ」


 アミュが、そう諭すように言う。


「あんただけの世話になるっていうのも、なんだか不公平な気がして収まりが悪いわ。それに二人がいた方が、やっぱり心強いし」

「そうだよ、セイカくん。みんなでがんばろ?」

「セイカ」


 三人に見つめられ、ぼくは……目を閉じ、それから小さく息を吐いて答えた。


「……わかった」


 さすがに、そうまで言われてしまっては止められない。

 ただ喜ぶ彼女らに、一応釘を刺しておく。


「だが、無理はするなよ」

「そんなの、みんなわかってるわよ!」


 と言われ、アミュに肩の辺りを叩かれる。

 正直、不安だったが……久しぶりに見たこの子の屈託のない笑顔を見て、とりあえずは、これでいいかと思った。

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