第四話 最強の陰陽師、会合する


 市庁舎最上階の一室。

 ぼくらの目の前にいる髭面の大男が、三人掛けの長椅子にふんぞり返って言った。


「それにしても、本当にガキばかりとはなぁ」


 ぼくは顔を引きつらせながら答える。


「そうですか。これでも今年、成人なんですがね」

「ふん、十五なぞガキでなくて何だ。パーティーでも小間使いにしかならんわ」

「……まあ、あなたにとってみればそうでしょうね。サイラス議長」


 聞いた髭面の大男――――サイラスが顔をしかめる。


 ラカナは自由都市、つまり治める領主のいない都市だ。

 ダンジョンを攻略する冒険者たちの宿営地から発展したここラカナは、その成り立ちと住民の気質――――つまり、揃いも揃ってモンスターを狩る荒くれ者共という特殊性ゆえに、長きにわたって封建制からの自由を保ってきた。


 街の運営はラカナ自由市民会議という名の議会が担っており、サイラスはそこの議長で、同時に行政府の長でもあった。

 つまり――――フィオナの言っていた協力者である首長というのが、この目の前の髭男というわけだ。


「その議長というのはやめんか。どうにも物々しくてかなわん。そんな呼び方、議場での議員以外はせんぞ」

「なら、どう呼べば?」

「議長でなければなんでもいい。親父オヤジでも旦那でも、市長でもな。そんな役職はないが」

「では……市長で」


 たぶん、だいたいの人間にそう呼ばれていることだろう。


 サイラスが鼻を鳴らして言う。


「それで? 事実なのか? 貴様が帝都を派手に破壊し、ここまで逃げ延びてきた国賊というのは」


 隣に座るアミュたちが、緊張したように身を強ばらせる。


 どうやらフィオナは、ぼくたちのことを特に隠すことなく伝えていたようだ。

 もしかしたら、アミュが攫われるよりも前に。


 ぼくは小さく嘆息し、告げる。


「もちろん、そんな事実はありませんよ……壊したのは帝城だけです。しかも、ちゃんと元に戻してから逃げてきました」

「カッカ!」


 突然、サイラスが大口を開けて笑った。


「面白い小僧だ! あの姫さんもとんでもないやつを送りつけてきおった。こりゃあ、ラカナでも何かしでかされる前に、帝国軍に突き出した方がいいかもしれんのぉ! そこの、勇者の嬢ちゃんと一緒に」


 聞いたアミュが、微かに顔をうつむける。

 ぼくは静かに言う。


「あまりおすすめはしませんね……ここラカナを、歴史の中でのみ語られる街にされたくなければ」

「カッカ! 大言を吐く!」

「それと、あまり連れを不安にさせるような、趣味の悪い冗談は控えてもらいたい」

「ふん……連れを? 貴様自身を、の間違いではないのか?」


 見透かしたようなサイラスの物言いに、ぼくは溜息をつく。

 このような手合いは、どうにも苦手だ。


「そうですね。ならば、率直に訊きましょう。あなたは本当にフィオナの陣営に属していて……ぼくたちを匿う気があるのですか?」

「ふん、なんだそれは? ないのぉ、そんな気など」


 サイラスはそう言って、葉巻をくゆらせる。


「まず、ワシもこのラカナも、どこぞの陣営になど属しておらん。ここは自由を愛する冒険者の街よ。自分らのことはすべて自分らで決める。何者かの思惑に揺さぶられることなどあってはならない。あの姫さんとは、利用し合っているだけのことよ」

「……」

「さて、小僧。この意味はわかるか?」

「試すような物言いはやめてもらいたい。そんなもの知る由もありませんが……勘でいいならば、そうですね。聖皇女だけが・・・・・・ラカナを・・・・欲していない・・・・・・。その辺りが理由でしょうか」

「カッカ! 聡いのぉ、小僧! その通りよ」


 サイラスは言う。


「今の皇子どもは皆、この街を見て涎を垂らしておる。戦争もなく、新たな土地が手に入らなければ、支援者への褒美にも当然困る。だが陣営を維持するためには、帝位争いを制した際の見返りは、必ず約束しなければならない」

「……」

「誰のものでもないここラカナは、その見返りとしては絶好だろうの。この街の帝属を、どの皇子も支援者へ約束していることだろう。当然、ダンジョンが生む富の分配も。だが……姫さんだけは、事情が違う。ごくごく単純な話、あの聖皇女は金を持っているからのぉ。見返りには困らんのよ」


 やはりか、とぼくは思う。

 未来視の力があれば、あらゆる投資がうまくいく。後ろ盾がない状態から成り上がるには、少なくとも金は必須だったことだろう。

 市井にそんな話は出回っていないが、相当な資産を持っていることは想像がついた。


 加えて言えば、民の力を何よりも大きく見るフィオナにとって、封建制はその力学に反する制度でしかないはずだ。

 わざわざラカナを手に入れる理由が、彼女には乏しい。


「そのような事情で、緩い協力関係を結んでいるだけのことよ。姫さんが遠くの商会にも顔を繋いでくれるおかげで、ダンジョンの資源がいい値で売れる。向こうも傘下の商会が潤えば、出資金を回収できて助かる。互いに益があるというわけよ。もっとも……不都合が起きれば、互いにいつ裏切ってもおかしくないがな」

「……そうですか」


 想像していたよりは、実利的な繋がりであるようだった。

 だが……これでよかったかもしれない。

 もし、サイラスがフィオナの信奉者のような人物だったら、その内心はとても読み切れなかっただろう。


 政治には時に、愛憎や名誉が絡む。前世の最後に巻き込まれた皇位争いもそうだった。

 あんなものはとても手に負えない。

 利益で繋がっているだけの関係なら、破滅の予兆もまだわかりやすいはずだ。


 サイラスは目を剥いて笑い、続けて言う。


「どうだ、小僧。この馬鹿正直な回答で満足か?」

「ええ。本当に馬鹿正直かどうかは、後で裏を取ることにしますが。しかし……」


 ぼくは、ここで少しばかりの反撃を試みる。


「そんな答えをもらってしまっては、こちらとしてはどうにも不安でなりませんね。このままでは――――あなたを始末して議会を脅し、この街を掌握でもしなければ、とても安心して眠ることなどできそうにない」

「カッカッカ!!」


 サイラスは葉巻を吐き出すと、ぼくへと大きく身を乗り出す。


「おう。やってみぃ、小僧」

「……」

「だがな、この街は、そう簡単に貴様の思うとおりにはならんぞ」


 ……ダメだな。この程度の脅しで揺さぶれる人物ではなさそうだ。

 本物の為政者は、時に自らの生死すらも政策の一部に組み込む。この男もそういった、異常者の一人なのだろう。

 駆け引きの相手としては、どうにも分が悪い。


 ぼくが黙っていると、サイラスは何事もなかったかのように上体を引いて、長椅子の背にもたれかかる。


「それに、貴様としてもあの姫さんを敵に回したくはあるまい。追っ手に聖騎士どもが加われば、いくら貴様とて荷が重かろう」

「そっ……そう、ですか。いえ、そうですね」


 ぼくは一瞬だけ目を見開き、短く答えた。

 そうか。

 この男は、ぼくをその程度だと思っているのか。


 考えてみれば無理もない。

 まだ成人もしていない子供が、まさかこの街を一夜で更地にできるなどとは思わないだろう。


 それならば、都合がいい。

 聖騎士程度で抑えられると思っているのなら、それで。

 恐れられていないということは、ぼくにとって何よりもありがたい。


「……ええ、もちろん」


 ぼくはうなずいて言う。


「ぼくとしても……フィオナ殿下と敵対したくはありません。大人しくしていると約束しましょう。それで? ぼくたちはこの街で、これからどう過ごせば?」

「ふん、そんなもの好きにしろ。何も大人しくしている必要もない」


 サイラスが、再び葉巻をくわえる。


「貴様らを特別匿う気はないが、この街は誰も拒絶せん。無論、犯罪者は別だ。貴様らの追っ手とやらがこの街で狼藉を働けば、他の犯罪者と同じように引っ捕らえ、金目の物を取り上げ、城壁の外へ放り出す。やんちゃが過ぎれば当然、奴隷落ちだ」

「……」

「だから貴様らは、この街の住人として好きに過ごせばいい。その自由を、ワシらは誰も妨げん」

「……」


 なるほど。

 この男が協力者というのは、結局のところ事実だったようだ。

 わざわざこんな回りくどい言い方をするのは、帝国の権力者へ便宜を図るような真似はしないという、自由都市の首長としての矜持なのかもしれない。


 それはそれとして、ぼくは言うだけ言ってみる。


「ええと、生活の面倒を見てもらえないかと、実はちょっと期待していたんですが……」

「甘ったれが、自分らの面倒くらい自分らで見んか! あの姫さんからも、そんな言付けは受け取っておらん。まあ、言外に期待されていたふしがないでもないが……知らんな。金が必要なら、自分らで姫さんに無心せい。でなければ、稼ぐことだ。商人の小間使いでも、鍛冶職人の弟子でも、冒険者でもなんでもすればいい」

「……」


 まあ、そううまい話はないか。

 ぼくたちを養う程度、この男にとっては大した出費でもないだろうが……やはり貴族を接待するような真似を、個人的に許せないのかもしれない。


 それに……ある意味では予定通りだ。


 ぼくは小さく息を吐いて、言う。


「ではせっかくなので、冒険者にでもなるとしましょう」

「おう。それはいい」


 サイラスが大きく笑って言う。


「力ある者ならば、やはりそう言うと思っておった。なに、帝城を破壊できる実力があるならば、女三人を囲う程度は稼げよう」

「ばかにしないで」


 その時、メイベルが口を開いた。

 サイラスを真っ直ぐ見据えて言う。


「自分の食い扶持くらい、自分で稼げる」

「ほう」


 サイラスが感心したように、メイベルを見据える。


「いい目をするな、娘っ子。その戦斧も、どうやら飾りではないようだ……。そういえば、勇者もおったな。どうだ、嬢ちゃんは戦えそうか?」

「……あたしが初めてモンスターを倒したのは、十歳の頃よ」


 アミュが顔を上げて、その若草色の瞳でサイラスを睨む。


「ダンジョンにも森にも、何度行ったかわからないわ。レッサーデーモンや、ダンジョンボスの黒ナーガだって倒した。この街に来るずっと前から、あたしはもう冒険者よ」

「カッカ! いいのぉ!」


 サイラスが、大口を開けて笑う。


「貴様らはいい住人になりそうだ! せいぜい励み、稼ぐがいい。この街は欲望と暴力でこそ潤う」


 とはいえ、と、そこでサイラスは語調をゆるめる。


「この周辺にあるダンジョンのことは、まだ何も知らんだろう。まさかないとは思うが……ここ最近、一部のダンジョンの難易度が上がっていると聞くからのぉ。早々に死なれでもしたらかなわん。最初くらいは多少の便宜を図ってやろう」

「便宜……?」

「呼んでいるはずだが……」


 と、その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「いい時に来おった。入れぃ!」


 扉が開き、人影が入室してくる。


 背の高い、どこか理知的な顔をした男だった。

 細身だが、おそらくはよく鍛えられている。服装と提げた剣を見るに、冒険者のようだ。


「おう、ロイド。待っとったぞ」


 ロイドと呼ばれた冒険者が、ややすまなそうな顔で言う。


「遅れてすみません、市長。それで、用とは……」

「こいつだ」


 と言って、サイラスがぼくの肩を叩いた。

 勢いが強かったせいで、体が揺れる。


「ワシの伝手で今日からこの街に住むことになったガキどもだ。冒険者になるそうだから、ギルドやダンジョンのことを軽く教えてやれ」

「またずいぶん急な話ですね……」

「なんだ、嫌か」

「まさか、そんなわけありませんよ。ちなみに市長の伝手とのことですが、彼らを私のパーティに勧誘しても?」

「無論、それは貴様の自由だ。好きにせい」

「ならば喜んで」


 と、ロイドと呼ばれた冒険者が、ぼくへ手を差しだしてくる。


「初めまして。私はロイド。『連樹同盟』というパーティーのリーダーをしている者だ。えーっと……」

「……セイカ・ランプローグです。どうも」


 ぼくはその手を握り返す。


「ランプローグ……たしか、遠方の伯爵家だったかな」

「ええ、まあ」

「詳しい事情は訊かないことにしよう。それが、この街のマナーだからね。君たちも他の冒険者と親しくなる機会があったら、このことを思い出してほしい」


 と言って、ロイドは柔和な笑みを浮かべる。

 あまり、冒険者らしくない笑みだった。


 サイラスが大きな声で言う。


「セイカ・ランプローグよ。この街で暮らしていくには、何よりこの街に受け入れられることだ」

「……それは、郷に入っては郷に従え、という意味ですか?」

「いんや、従う必要などない。貴様がこの街を変えてしまってもいい。ラカナは、そうやってこれまで続いてきたのだからのぉ」

「……」

「ま、意味はいずれ覚ろう。他にわからないことがあれば、そいつに訊け。なんでも喜んで教えてくれるぞ。素材の剥ぎ取り方に、掏摸スリを半殺しにするコツ、それと、具合のいい娼館とかな。カッカ!」

「その冗談、妻の前ではやめてくださいよ」


 二人のやり取りに、ぼくは小さく嘆息して、口を開く。


「なら、早速一つ訊きたいのですが」


 せっかくだ、この機会に教えてもらおう。


「どこか、いい宿は知りませんか?」

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