第九話 最強の陰陽師、相手になる
「セイカ様。お茶をどうですか? うふふ」
「セイカ様。こちらにいらっしゃったのですか。お話でもしませんか?」
「セイカ様ー? どこにいらっしゃいますかー? セイカ様ー……」
****
「はぁ……」
ぼくは納屋の壁に背を預けて溜息をついた。
屋敷からは死角になっている場所で、日も当たらないのでひんやりとしている。
あの日以降、どうもかなり気に入られてしまったらしく、ぼくはずっとフィオナにつきまとわれていた。
関わらないと決めた矢先に……。下手に親切になどしなければよかったか。
ただ、そんな日々も今日で最後。
明日は出発の日だ。
帝都へ送り届けた後は、もうフィオナと関わることもあるまい。
そんなことを思っていると、近くに人影が通りかかる。
「うわっ、セイカ!? あんたなにしてんのよそんなとこで……」
ぼくに気づいたアミュが、びっくりしたように言った。
手には模擬剣を持ち、少し汗をかいているようだ。
ぼくは訊ねる。
「君の方こそ。稽古でもしてたのか?」
「ちょっとね。あんたの兄貴に相手になってもらってたのよ」
「え!? 兄貴って、グライか?」
「そうに決まってるでしょ」
「なんでそんなことに……」
「なんでって……成り行き? 朝外に出たら庭で剣振ってたから」
「へー……」
あいつ、夜も剣振って朝も剣振ってるのか。ずいぶん熱心だな。
目的がぼくを叩きのめすためというのがアレだけど。
ただ……ぼくは一応訊く。
「……大丈夫か? あいつ、下心あるかもしれないから気をつけろよ? 体触られたりしなかったか?」
「はああ? 気持ち悪いこと訊くわね。ないわよ、別に。ただ模擬戦しただけだし」
アミュがはぁ、と溜息をつく。
「さっぱり勝てなかったけどね。さすが、あんたの兄なだけあるわ……うわなにその嫌そうな顔」
あれと兄弟とは思われたくない。
いや……だけど、グライも昔に比べれば立派になったか。
真面目になり、気遣いも覚え、実力も伴うようになった。
ぼくへの敵愾心を異様に燃やしていたり、そういえば女嫌いにもなっていたりと、相変わらずおかしなところはあるが。
ただ、その一方で。
ぼくの脳裏には、それとは異なる思いも浮かんでいた。
彼女は勇者だ。才も間違いなくある。
グライが強すぎる、という様子でもない。
普通に考えれば……アミュが弱いのだ。少なくとも、今の段階では。世間的にはともかく、伝説に語られる強さにははるかにおよばない。
年齢的にももうすぐ十五になるというのに。いったいなぜ……、
と、そこで、黙り込むぼくへ、アミュが呆れたように口を開く。
「まーた考え事してる……。ねえ、というか、あんたこそなにやってたのよ。こんな物置の陰で」
「……殿下から隠れてたんだよ」
「あー……」
思考を中断して答えると、アミュが理解したような声を出す。
「あんた、ずいぶん気に入られてたものね」
「勘弁してほしいよまったく……ぼくはお偉いさんの相手とか死ぬほど苦手なんだ」
「そう? その割に慣れてなかった? まあ、だけど……これから冒険者になろうって奴が、そんなの得意なわけないわね」
アミュが苦笑して、それから、少し口調を緩めて言う。
「でも……今日で最後よ? 明日は出発なんだから」
「……」
「最後くらい、話し相手になってあげたら?」
「……アミュ」
「さっき屋敷の窓際で、戦棋の駒を一人で動かしてたわよ。寂しそうにね。それだけ伝えておくから。じゃ」
言い残して去って行くアミュの後ろ姿を眺めながら、ぼくは嘆息した。
仕方ない、行ってみるか。
それに……少し話してみるのも、いいかもしれない。
****
この世界にも、前世の将棋や大将棋、
ランプローグ邸二階の窓際。
卓に置かれた戦棋用の遊戯盤を見下ろして、フィオナは一人、『歩兵』の駒を前に進める。
対面には誰もいない。反対側の手も、フィオナが進めているようだった。
「誰かに相手を頼まないのですか?」
話しかけると、フィオナは顔を上げ、ぼくを見て微笑んだ。
「誰ももう、わたくしの前には座ってくださいませんの。相手にならないから、と。セイカ様、戦棋はわかりまして?」
「駒の動かし方くらいなら」
「では、できますね」
そう言うと、フィオナは盤面の駒を初期位置に戻していく。
ぼくはフィオナの対面に座りながらも、渋い表情で言う。
「誰も殿下の相手にならないなら、初心者のぼくが務まる道理がないのですが」
「うふふ。無論、駒は落としてさしあげますよ」
と言って、フィオナは自陣の駒を取り除いていく。
『魔術師』に『賢者』……そればかりか『竜騎士』に『戦車』といった強力な駒まで落としていき、最終的にフィオナの盤面には『歩兵』と『騎士』、それと自身である『王』しかいなくなってしまった。
「……そんなに落として勝負になるんですか? 戦棋は取った駒を使えないのだから、ぼくは一対一で交換していくだけで勝ててしまうんですが」
「うふふふ、そうですわね、理屈の上では。ですが戦棋の勝利条件は、相手の全滅ではありませんから……でも、取った駒を使える、というのはおもしろいですわね。そういうルールを加えてみるのもいいかもしれません……先攻をどうぞ、セイカ様」
言われたとおり、ぼくは『歩兵』の駒を一つ前に進める。
それから小さく呟く。
「譲るからには、きっと先攻の方が有利なんでしょうね……いいんですか? ぼくは手加減できるほどの実力もないので、本当に勝ってしまいますよ」
「うふふ、どうぞ。できるものならば。……そうだ。そこまでおっしゃるのなら、賭けませんか?」
「賭け?」
「ええ。負けた方は、勝った方の言うことをなんでも一つ聞くのです」
「結構きついの賭けますね!?」
「うふふ。もちろん遊びですから、どうしても無理な事柄なら拒否して構いません。いかがでしょう」
「……わかりました。いいですよ」
「うふふふっ、セイカ様の言質を取ってしまいました」
「怖いなぁ」
「言っておきますが、わたくしは勝ちますよ」
フィオナは自陣の『騎士』を動かしながら、機嫌良さそうに言う。
「意外に思われるかもしれませんが、わたくしはこれでも、けっこう強いのです」
「いえ……別に、意外ではないですよ」
ぼくは言う。
「
「まあ。それは、買いかぶりすぎというものです」
フィオナは『王』を動かす。
「これはただの趣味ですわ。自由のなかった頃は、娯楽も限られていましたから。それに……わたくしの戦場は、このような血生臭い場所ではありませんもの」
「では、どこなのでしょうか。政治家の戦場とは」
「うふふ……」
ぼくの問いには答えず、フィオナは駒を進めながら微笑む。
「セイカ様。この世で最強の駒とは、何だと思われますか?」
「……それは、戦棋の話ではないですよね」
「いえ、そうですね。せっかくですから、この場でどこにあるのかを指し示してみてください。なければないで構いませんが」
「いいですよ」
そう答えて――――ぼくは、フィオナを指し示す。
「この場で表すならば……最強の駒とはぼくであり、あなただ、フィオナ殿下。兵ばかりか王までもを背後から操り、決して戦場で討ち取ることはできない。政治家こそが、この世で最強の駒でしょう」
「まあ。気持ちのいい答えをくださいますわね、セイカ様」
フィオナが晴れやかに笑う。
「おそらく常人ならば、『竜騎士』や『王』と答えたことでしょう。先のような回答をこそ、わたくしは求めていました」
「ならば、正解ですか?」
「正解は誰にもわかりません。ですが……わたくしの考えは異なります」
「では、殿下はどの駒が最強であると?」
「うふふ……この世の最強とは、ここにいる者たちのことですわ」
そう言って、フィオナは自陣の背後を、指で大きく丸く指し示した。
そこには、何もない。
遊戯盤の置かれた卓の天板が、ただ広がるだけだ。
「今ここにはなにもありません。ですが現実には、兵や王や政治家の周りには、たくさんの者たちがいます――――この国に住む、民という者たちが」
「名もなき民衆こそが最強であると?」
「ええ」
フィオナが迷うことなくうなずいた。
しかしぼくは、今ひとつ納得がいかない。
「たしかに、民衆の反乱によって体制が倒れることはありますが……それは例外でしょう。ほとんどの場合、民はただ奪われるばかりの力ない者たちです」
「ええ、その通りですわ。しかしそれでも、民こそが最強なのです」
眉をひそめるぼくに、フィオナは微笑む。
「王や政治家は、なにも生み出しません。民の生産する作物や資源を、税という名目でただくすねるばかり。その実態は、獣に寄生して暮らす
「仮にも皇女というお立場で、ずいぶんなことをおっしゃいますね」
「うふふ、蚤も馬鹿にはできませんわ。まずジャンプ力がすごいです」
「馬鹿にしてるようにしか聞こえないんですが」
「それと、血を吸い、病を媒介することで、自分の何倍も大きい宿主を苦しめることができます。もしかすると、本当は殺すことすら容易なのかもしれません。王にとって民が、そうであるように」
「……」
「ですが、うふふ。蚤は決して、宿主を殺すことはできません。その選択肢は初めから存在しないのです。なぜなら……それは同時に、自らの破滅をも意味するから。蚤は宿主なしでは生きられない」
「……」
「税収がなければ、政治家は存在できません。兵站がなければ、軍は維持できません。民とはまさしく我々にとっての生命線、巨大な宿主なのです。我々は彼らを滅ぼすことができない、決して」
ぼくの駒を取りながら、フィオナは続ける。
「加えて彼らは、莫大な力を持っています。圧倒的な、多数という力を。もしも彼らが一致団結できたならば……その物量差を前に、帝国軍など為す術がないでしょう。それはとても難しいことですが、彼らの機嫌を損ねれば、いつかは起こり得てしまう。決して滅ぼされない、不死という属性を持っている限りは……わかりますか、セイカ様」
ぼくは、フィオナの説明にただ聞き入る。
「民とは不死であり、途方もない力を持つ巨獣なのです。ひとたびまどろみから醒めて牙を剥けば、我々蚤などはひとたまりもない。彼らこそが、この世で最強の駒なのです」
それは、ぼくには思いもよらない考え方だった。
前世での民とは、野盗や貴族に奪われ、飢えや寒さや流行病で死んでいくだけの弱い者たちでしかなかった。日本でも宋でも、イスラムでも西洋でも。
だけどフィオナの主張には、前世でも通じる理屈が通っている。
あるいは、お国柄もあるのかもしれない。
民衆から立った英雄が初代皇帝となった逸話を持つウルドワイト帝国では、今でも皇位継承の折、帝都の広場で人々が新たな皇帝を承認する儀式がある。
為政者としても、民は無視できないのだろう。
ぼくは言う。
「だから殿下は……民衆へ、積極的に自分の存在を広めているのですか?」
「ええ。わたくしの手駒には、『王』も『竜騎士』もありません。ですから、誰も注目しない駒だって使います。それが最強であるなら、なおさらのこと」
フィオナは、そこで小さく笑う。
「今はこのようなこと、ただの搦め手に過ぎないでしょうね。ですが、きっと遠い未来では……政治家は皆、民におもねるようになるはずです。いつかはすべての国で、民衆が王権を手中に収めるでしょうから」
「民衆が王権を? まさか」
「うふふ、おかしいですか? 最も強き者の手に、最も大きな権限が収まるのは自然なことでしょう。水が低きに流れるがごとく、いつかきっと訪れるはずです。民が為政者を選び、民が彼らの不正を糾弾する、そんな世が」
まるで夢見がちな少女のように語るフィオナを見て、ぼくは思う。
やはり、この皇女は政治家なのだ。
後ろ盾や実権がなくとも。まだ年若い少女に過ぎないとしても。
ぼくには見えない力学や景色が、その目に見えている。
静かに口を開く。
「きっと、ね……さすがに殿下の未来視であっても、そこまで先の未来は視えませんか」
「まあ。グライかしら」
ぼくがうなずくと、フィオナは意外にもほっとしたような口調で言う。
「感謝しなければなりませんね。セイカ様にどうお話しするか、ずっと悩んでおりましたから」
「では、やはり事実なのですね」
「うふふ」
フィオナは、盤外に落とした駒を弄びながら言う。
「幼い頃、わたくしはこの力がなんなのかわかっておりませんでした。視える未来もそれに伴う記憶も、すべてはうつろう可能性のようなもの。ともすれば、蝶の羽ばたき一つで変わってしまうものです。実現したりしなかったりするこの白昼夢の正体に思い至ったのは、羽ばたき程度では変えることのできない、暴風のごとき運命の流れがあると気づいた時でした。そしてお母様が何者だったのかを聞かされた時、それは確信に変わり、同時に……わたくしの生まれた意味も、覚ったのです」
「生まれた意味、ですか。それは未来視の力をもって、帝国に利するというような?」
「うふふふふ……いいえ、違いますわ」
フィオナは、どこか儚げな笑みと共に告げる。
「人の生には意味などなかったのです、セイカ様」
押し黙るぼくに、フィオナは続ける。
「未来はうつろい、容易に変わりうるもの。運命の流れも、ただそれが確率的に最も実現しやすい未来というだけでしかありません。人の生には、天より定められた意味などない……それに気づいた時、わたくしは好きに生きようと決めました。大人しく軟禁されるのではなく、それどころか誰の思惑にも依らない、わたくし自身の意思で生きようと」
ぼくが沈黙していると、手番を終えたフィオナがにやりとしながら言ってくる。
「だいぶ劣勢になってきたようですわね。まだ続けますか、セイカ様?」
「……最後まであきらめませんよ。駒の数ならばまだ互角です」
「まあ、素敵。でもこの盤面、実は七手詰めですの」
「…………投了します。ちなみに、ここからどう詰まされるんですか?」
「うふふふっ。ここがこうなると……」
フィオナの白く細い指が、駒を動かしていく。
どうやら本当に詰みの盤面だったようで、ぼくは重たい息と共に言葉を吐き出した。
「完敗です。本当に強かったんですね、殿下」
「うふふふ……未来が視えるのは
「そこまで都合よく使える力ではないでしょう」
ぼくは言う。
「それに仮に視えていたとしても、戦棋は駒の位置も動かし方もすべて公開されている遊戯です。未来の予測なんて、やろうと思えば誰でもできることですよ。戦棋に未来視は関係ない。殿下は、間違いなくこの遊戯がお強いのだと思います」
「うふふっ、なんだかうれしいですわ。セイカ様にそう言っていただけると」
フィオナはにこにこと、機嫌良さそうに言う。
「でも欲を言うならば……わたくしがそんな卑怯な真似をするはずがない、とおっしゃってほしかったところですわ」
「はは、さすがにそこまでは断言できかねますね。殿下に今のお人柄とは別の腹黒い一面がないとも、まだぼくには言い切れませんからね」
「……ならば、どうすれば信用していただけるのでしょう」
ふと、ぼくは口をつぐんだ。
微笑んではいるものの、フィオナの口調や表情からは、真剣さがにじみ出ている。
これはひょっとすると……ぼく個人に対してではなく、政局で味方をどう増やせばいいのかとか、そういう類の悩みなのかもしれない。
最初に冗談で返したのは間違いだったかな……。そんなことを思いつつ、ぼくも真面目な口調を作って言う。
「一般論ですが……本音を話したり、弱みを見せると良い、とは言いますね」
「本音に弱み、ですか」
「先に相手を信用して、自分のことを打ち明けるのです。そうすれば、相手も自ずと心を開いてくれる……らしいですよ。もっとも殿下のお立場では、なかなか難しいかもしれませんが」
「うーん……」
フィオナが渋い表情で唸る。
「ええと、わかりました。では……いきますよ?」
「……? はい」
「わたくしは鳩が苦手です」
「へ? 鳩……? どうしてまた。何か嫌な思い出でも?」
「いえ、そういうのはないのですが……とにかく怖いのです。特にあの目。セイカ様は、鳩の目を間近で見たことはありますか?」
「たぶんないかな……」
「ならば機会があれば見てみるといいでしょう。白目が赤くて黒目が小さくてとにかくまん丸で、なにを考えているのかまったくわからない異常者の目をしていますから。動物の中でも、鳩だけは絶対に心がないでしょうね。虫に近いと思います。昔はよく、窓の外に鳩がいると大泣きしていました」
「結構語りますね。というかそこまで鳩を恐れる人を初めて見ましたよ」
「あとは、小さい頃シチューが怖かったです」
「シ、シチュー? 料理の? 嫌いだったということですか?」
「いえ、好きでした。でも怖かったのです。特に冬、暖炉のある部屋で食べるのが」
「どういうことですか……」
「シチューには小麦が使われていることを、わたくしはある時知りまして」
「は、はい」
「幼いながらも博識だったわたくしは、パンも小麦から作られることを知っていたのです」
「はい……」
「パンは、小麦を焼いて作ります。シチューを食べると、お腹の中に小麦がある状態になりますね? だから……そのまま暖炉にあたってしまうと、お腹の中で小麦が膨らんでパンになって、口からあふれ出てしまうと考えたのですわ」
「あっはははは! え? ほっ、本気で言ってます?」
「本気です。だから幼いわたくしは、シチューを食べ終わると一目散に寒い部屋へ逃げて毛布を被り、お付きの者たちを困惑させていました」
「あっはははははは!」
ぼくは笑った。
笑うわ、こんなもん。
「んぐっ、ふふっ、い、いや失礼。殿下も、し、真剣に悩まれていたことでしょうね……っふふふ」
「皇族を笑いものにするとは、セイカ様にはきっと恐ろしい罪が科せられてしまうのでしょうね。悲しいことです……」
「いやいやいや! どんな忠臣でも今のは笑いますって!」
「うふふっ、そうでしょうか。なんだかとても気分がいいですわ。わたくしの身の上話で笑っていただけることなんて、今まで一度もありませんでしたから……ああ、そうそう。もう一つありましたわ。こちらは、弱みではなく本音の方なのですが」
フィオナが、穏やかな笑みで静かに語る。
「わたくしは……例えるならば、助けたいのです」
「助ける?」
「子供が、草原で遊んでいるとします。でもその近くには大きな穴が開いていて、その子はそれに気づいていない。このままでは、いずれ転げ落ちてしまうことでしょう……わたくしは、それを助けたいのです。穴に気づいているのはわたくしだけで、これはわたくしにしかできないことだから」
ぼくは、少し考えて口を開く。
「その子供とは、帝国のことですか?」
ぼくの問いに、フィオナは曖昧に笑うのみ。
「ごめんなさい、詳しくは教えられませんの。未来が予期せぬ方に変わってしまうかもしれませんから」
「アミュに会ったのも、その一環だったと?」
「それは……ええ、そう思っていただいてかまいませんわ」
「それらはすべて、殿下がご自分の意思で望むことなのですか?」
今度はしっかりとうなずくフィオナに、ぼくは笑い返した。
「ならば、応援しますよ。ぼくに手伝えることならなんでもお申し付けください」
「うふふ。うれしいですわ」
言ってから、また余計なことに首を突っ込みかけていることに気づいたが……今さらもう遅い。
あとでまたユキに小言を言われそうだ。今は考えないようにしよう。
「そうだ。ぼくは、馬車が苦手ですね」
「馬車が? 意外ですわ」
「どうも酔ってしまって。もっとも、最近はだいぶ平気になりましたが」
「わたくしもシチューはもう平気ですわ」
「そこ張り合います?」
「うふふっ……楽しかったですわ、セイカ様」
フィオナが席を立つ。
思えば、だいぶ話し込んでいた。
「声をかけてくださって、ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ」
「うふふっ」
フィオナがぼくを見下ろして言う。
「どんなお願いを聞いてもらうかは、よく考えておきますわ」
「あー、はは……」
ぼくはフィオナから目を逸らし、乾いた笑いをこぼした。
くそっ……忘れてなかったか……。
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