第十話 最強の陰陽師、捕まえる
翌朝。
短い休暇も終わり、再び学園ヘ発つ日がやって来た。
「えーっと。これで荷物は全部かい、セイカ」
馬車の列を眺め、ルフトが言う。
帰りは、ぼくたちだけではない。フィオナの一行や、それを護衛するグライの小隊も一緒だった。物々しいほど並んでいる馬車以外にも、軽装で馬に騎乗する兵の姿も見える。
アスティリアへ行った時以上の安全な旅路になりそうだ。
「そうだね。ありがとう、兄さん」
「学園に戻っても元気でやれよ」
「わかってるって」
「それと、初等部を卒業したらどうするかも、早く決めるんだぞ。父上としては進学してほしいと思ってるだろうけど……」
「あー、わ、わかってるって……」
ぼくは引きつった笑みと共に答える。
冒険者になることは、ブレーズにもルフトにも言ってなかった。
ギリギリまで黙っているつもりだ。学費出さないとか言い出されたら困るからね……。
「イーファも元気で。ずっと働いてたけど、ちゃんと休めたかい?」
「えへ、大丈夫ですよ。ルフト様もお体には気をつけて」
イーファがはにかんで言う。
屋敷にいる間、イーファはずっと使用人や奴隷たちに混じって家の仕事をしていた。もうそんな必要はないのだけれど、他にすることもないから、と言って。
もしかすると、仲の良かった者たちと話をする時間が欲しかったのかもしれない。次に会える時は、来るとしてもまただいぶ先になるだろうから。
「メイベル嬢も。機会があればぜひまたいらしてください」
「……はい」
メイベルが、名残惜しそうにこくりとうなずいた。
ぼくはその様子を半眼で眺める。
メイベルは滞在中、もうずっと、ひたすらにだらけていた。
客人だから別にいいんだけど、さすがに小言を言いたくなるほどに。
「うう……ずっとここにいたかった……」
「君なぁ……実家でもあんな感じなのか?」
「あの人たちの前では、猫かぶってる……だから、ちょっと疲れる」
「ここでこそ被れよ。なんであそこまでくつろいでたんだよ」
「貴族と結婚したいって言ってる子の気持ちが、わかった……私も、ずっとこんな生活送りたい」
「あのな、そう言ってる連中も、子供産んだり社交界に出たり夫の仕事を支えたり、それくらいの覚悟はしてるからな。君みたいにひたすらだらけたいと思ってるわけじゃないから!」
「なんでそんな、ひどいこと言うの……」
「みんな自分の力で生きてるんだよ。そのためにも、学園に戻ったらまた勉強をがんばろうな」
「うう……やだぁ……」
涙目になるメイベルを呆れつつ見下ろす。
この子、こういう性格だったんだなぁ。イーファやアミュはほっといても動き出すタイプだから対照的だ。
「おいセイカ! 何やってんだそんなところで!」
唐突に、グライの声が響き渡る。
小隊の馬車から戻ってきていた次兄が、腰に手を当ててぼくを睨んでいた。
「もう時間だぞ、何もたもたしてるんだッ!」
「うるさいなぁ……」
「悪いなグライ。僕が引き留めていたんだ」
「ふん……ならいい。じゃあな、兄貴も」
「グライ……」
「なんだよ……どうせたまに帝都に来るんだろ? これからはその時に顔を合わせられるだろーが」
「そうですわ」
グライの後ろから、フィオナがひょっこり現れて言う。
「グライが、わたくしに差し向けられた刺客と相打ちにならなければ、ですけれど。うふふ」
「……おい。こんな時に不吉なこと言うんじゃねーよ」
「うふふふ、冗談ですわ……わたくしが、それは冗談だと言うのです。だから安心なさい」
「お、おう……」
フィオナは笑っている。
あるいはそれは、グライが刺客に討たれるような未来は来ないという、フィオナなりの気遣いだったのかもしれない。
「皇女殿下……」
「ルフト卿。
「恐れ入ります、殿下。ご滞在に我が領地を選んでくださり、大変光栄にございました。視察の休養となったのならば何より。今後も帝国のため、領地の振興と魔法学の発展に励んで参ります」
「うふふ。卿の優秀な
「愚弟でよろしければ存分に使ってやってください」
「けっ!」
その時、近くの馬車の窓から、赤い髪の少女が顔をのぞかせた。
「あれ? みんなまだ乗らないの? あたしも降りた方がいい?」
ぼくは少し笑って、ルフトへと軽く手を上げて言う。
「じゃあね、兄さん。元気で」
次に会うのは、いつになるだろうか。
この兄を家族と思ったことはないが……またその機会が来ればいいと、なんとなく思う。
****
帰りも、馬車に乗る面々は行きと同じ……とはならなかった。
フィオナが、自分の馬車にぼくを乗せると言って聞かなかったからだ。
例の侍女二人にまた烈火のごとく反対されていたが、フィオナも相変わらず頑固だった。
そういうわけで、今ぼくの正面にはにこにこ顔のフィオナが座っている。
さらにはグライもついでに指名していたので、隣に座るのは次兄だ。
なんだよこの面子。
「お前、馬車に乗るとほんと喋んねーな」
グライが呆れたように言った。
ぼくは渋い表情で答える。
「……余計なことをして酔うのが嫌なんだよ」
「馬車が苦手というのは本当でしたのね。出立して二日、ずっとこんな調子ですもの。これでも揺れはかなり少ない方なのですけれど」
「お話し相手にもなれずすみませんね。汚い話は避けますが、迷惑だけはかけませんので」
「うふふ、お気になさらず」
「しっかし、お前に苦手なものがあったとはな」
「それ、二年前にイーファにも言われたよ」
苦手なものくらいある。人間だからね。
と、そこで――――ぼくは、外を飛ばしていた式に注意を向けた。
馬車の隊列は、両脇を木々に囲われた道に差しかかっている。
「グライ兄」
「あ?」
「そういえばグライ兄はこんなところにいていいの? 小隊の隊長なのに」
「いいんだよ。もう大体のところはローレンに任せてある。いずれにせよ、駐屯地への帰りはおれが指揮できねぇんだ。それに皇女殿下のご命令とあっちゃ、おれも逆らえねぇからな」
「うふふ、なんだか不本意そうですわね」
「そうは言ってねぇ」
「でも、もしもの時はどうするのさ」
「もしもの時を来させねぇためにこんな大人数率いてるんだろうが。戦闘じゃねぇ、この護衛は威圧が目的だ」
「だけどもし来たら?」
「しつけぇな。その時はここで殿下を守りながら指揮を執るさ。別にそれくらいわけねぇ」
「ふうん、じゃあよかった。ところで話は変わるけど、この国の野盗ってどのくらいの人数が普通なの?」
「野盗だぁ? そんなもん数人から百人規模までばらばらだが……ただ、ここらで大きな集団は聞かねぇな」
「へぇ、そうなんだ」
ぼくは呟く。
「じゃあ、あれはなんだろう?」
その時――――馬車の前方で、轟音が響き渡った。
人間の怒号や叫び声、馬のいななきが上がる。
「なッ!?」
「偽装した空の馬車がやられたようですわね」
一気に張り詰める空気の中、フィオナが穏やかに言う。
ぼくは軽く笑って、馬車の扉を開け放った。
「もしもの時、来ちゃったね」
躍り出ると同時に天井の縁を掴み、床板を蹴って跳躍。宙を逆向きに回るように、馬車の屋根へと着地した。
「ふう。久しぶりにこんな軽業やったな」
おかげで周囲がよく見える。
道の左右に分かれて散開する、粗野な格好をした数十人規模の集団も。
前方を見ると、皇女の馬車に偽装させていた荷馬車が、巨大な岩によって潰されていた。
周囲に高い崖はない。土属性魔法の類だ。
「外れだぁ! “黄玉”は六へ移動ッ、“鋼玉”は八の馬車に矢だ! 左後列は屋根の奴を狙え! 二、一……」
どこからか響く頭目らしき声に、周囲の荒くれ者どもがフィオナの馬車とぼくへ一斉に
それにしても、ずいぶんと装備の
持ち運びを重視しているのか、弩はかつて西洋で見たものよりもずっと小さかった。あれならそこまで威力は出るまい。
これで十分かな。
「放てッ!」
見事なほど同時に、矢が射かけられる。
その瞬間、ぼくは頭上に浮かべたヒトガタを起点にして、術を発動した。
《陽の相――――
迫る矢の群れ。
それらはすべて――――途中でぐにゃりと軌道を曲げ、馬車やぼくを避けてあらぬ方向へ飛び去っていく。
ぼくは口の端を吊り上げて笑った。
「はは、どこを狙っているのやら」
「お……お
「なっ!? “軟玉”は八へ援護に入れ! “鋼玉”予備隊ッ、屋根の奴を殺せ!」
控えていた数人の弩が、ぼくへと向けられる。
だが同じことだった。矢はすべて逸れ、空や森へと虚しく飛んでいく。
「な……なんだこれはっ、魔法なのか!?」
「ふふ、そうだよ」
弩兵の驚愕の声に、ぼくは笑いながら呟く。
陽の気で生み出した強力な磁界に金属が近づくと、その金属は磁石へと変わり、必ず最初の磁界に対し反発するようになる、そんな法則がある。
「お頭! 六、七も偽装です!」
「敵小隊の反撃を受け始めています、お頭ぁ!」
「八だぁッ! 護衛の魔術師がいる! “黄玉”隊、魔法で潰せっ!」
こちらへ駆けてくる一団の中に、杖を手にする者の姿があった。
その口が、
「
魔術師のはるか頭上に現れた巨大な岩が、ぼくへと斜めに降ってくる。最初に馬車を潰したやつだろう。
だがそれは――――こちらに届く寸前に、空中であっけなく消失した。
「なんっ!? け、結界だと!?」
「魔法相手は楽でいいなぁ」
こんな初歩の結界でなんでも無効化できちゃうよ。
敵の頭目が焦ったように目を剥き、一団を見回して叫ぶ。
「お前たち、剣を抜けッ! 護衛の魔術師には構うな! 全員でかかって中の目標を……」
その時――――馬車の中から、轟風が吹いた。
それは正面にいた野盗の数人をまとめて弾き飛ばし、敵の集団を一瞬のうちに黙らせる。
「弩弓は打ち止めか? ったく、ようやく暴れられるぜ」
馬車から出てきたグライが、杖剣をかつぎながら一際大きく声を張り上げる。
「お前らぁ!! 聖皇女を助ける絶好の機会だぞ! 詩人にその武勇を歌われたいやつはいるかぁッ!!」
野盗と剣を交えていた兵たちの中から、勇ましい
敵の気勢は、反対に目に見えて削がれていく。
へぇ。ちゃんと隊長らしいこともできるんだな。
「セイカ様」
感心していると、下の馬車からフィオナの声が聞こえてきた。
「敵を生け捕りにはできますか?」
「どれほど」
「多い方が。頭目がいればさらに助かります」
「かしこまりました」
《木の相――――蔓縛りの術》
辺り一帯の地面から、緑の蔓が噴出した。
それは敵の全員に巻き付くと、木化して締め上げ拘束していく。
野盗一味が植物に捕らえられる光景を、グライは唖然とした表情で見つめていた。
気勢を上げ、剣戟を交わしていた兵たちも、突然のことに皆呆気にとられている。
戦いの場だった街道は、今やシーンと静まりかえってしまった。
ぼくは、同じく馬車の中で沈黙しているフィオナへと言う。
「どうでしょう。とりあえず、全員捕まえましたが」
――――――――――――――――――
※磁流雲の術
レンツの法則を利用した矢避けの術。陽の気で生み出した磁界内に矢が侵入すると、鏃の金属部に渦電流と呼ばれる特殊な誘導電流が生じ、鏃自体が磁場を生むようになる。この磁場は、必ず最初の磁界と反発する形で発生するため、矢は磁界の発生源から逸れるように飛んでいく。これはレンツの法則と呼ばれるもので、現代では鉄道車両のブレーキシステムなどに利用されている。
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